ニッポンのブーランジェ

日々研鑽、町のパン屋さんを貫く
vol.05 カタネベーカリー 片根 大輔氏

東京・渋谷区。小田急線代々木上原駅の小さな商店街を抜け、閑静な住宅地を歩くこと10分。隠れ家のような小さなパン屋さんが見えてくる。美味しそうな香りに誘われ、行列の後ろに並ぶこと15分、ようやく店内に足を踏み入れる。3人入れば満杯の小さな売り場には約80種のパンがズラリと並ぶ。今日は何を買おうかと迷うだけで楽しい。ここが地元の人々に大人気のカタネベーカリーである。


3坪のパンのパラダイス

オーナーの片根大輔、智子夫妻が、住み慣れたこの地にパン屋をオープンしたのが2002年。以来、近隣の人には「なくてはならないわが町のパン屋さん」として親しまれている。売り場面積3坪という対面販売の小さな店は、老若男女、行列が途切れることはない。

その日は小雨混じりの生憎の天気だったが、お客様は当たり前のように行列に並び、静かに自分の番を待つ。「お決まりですか?」スタッフの笑顔に促され、ショーケースを覗き込む客はどの顔も真剣そのもの。「オープン当初から独立するなら絶対対面販売にしたいと思っていました。その方がお客様と会話できるし、きちんとした状態でお渡しできますから」と片根シェフ。

バゲット、食パン、クロワッサン、あんパン、カレーパンなど毎日食べるパンが並ぶが、片根シェフの想いが詰まったパンはどれもが完成度が高く、ケース丸ごと買いたい気分になる。丁寧につくられたパン一つひとつを眺めているだけで至福のひととき、まさに3坪のパンのパラダイスである。

音楽活動をしていた片根シェフがパン屋を目指したのは22歳のときだ。智子夫人の「パン屋がいいんじゃない」の言葉に促され、大手リテイルベーカリーチェーン、ドンクの門を叩くことになる。そしてドンクで修行すること6年。パンづくりの基礎を学び、28歳の時に今の代々木上原にパン屋を開店した。それからは独学でコツコツ学び、今の繁盛店を築きあげてきた。

町に寄り添う普段着のパン屋さん

朝7時からオープンしているカタネベーカリーの客層は幅広い。小さな子供連れや、シニア、そして男性客も多い。その様子を見ていると皆、カタネベーカリーのファンなのだと実感する。「何年経っても町のパン屋さんであり続けたい」と語る片根夫妻。オープンして13年、この町になくてはならないパン屋さんとして愛されている。

ちょうど取材の時、小さな丸パンがたくさん焼きあがった。近くの保育園に依頼されて焼いているのだという。「前からやりたかったんです。町のパン屋として子供たちが自分のパンを食べて育ってくれるって嬉しいですね」と片根シェフ。それだけに材料選びには気遣っている。

人気の食パン「パンアングレ」1斤270円、バゲット250円。あんぱん120円。クロワッサン160円とカタネベーカリーのパンは、極めてリーズナブルだ。この味だったら食パンは300円台後半でもいいのでは?との問いに「そんなに高かったら日常使いで買えないでしょう、パン屋って薄利多売でいいと思っているんです」。人気店になっても住宅地価格を貫く。これも地元に寄り添うパン屋としての生き方といえる。

お客様の顔を見ながら、会話をするのが好きという片根シェフ。スタッフの接客も自然で心地よい。まさに「近所にこんなパン屋さんがあったらいいな」を実現しているのである。

片根シェフの朝は早い。毎朝2時に起床、2時半には仕込みにとりかかる。そしてノンストップで約100種のパンや焼き菓子づくりに集中、15時30分には終了する。毎日全力投球なのだ。

一番売れるのはバゲット。次が食パン、そしてクロワッサンだという。バゲットはクラストがカリッと香ばしく、噛み締めると粉の味わいがなんとも旨い。いくらでも食べられる。食パン「パンアングレ」のしっかりした噛みごたえと味わいはクセになる。季節のカレーパンは2種。11月のこの日は、かぼちゃとブロッコリーだ。あんぱんの餡もクリームもフィリングはすべて自家製で、料理好きの智子さんの担当だ。パン屋さんのシュークリームは注文を受けてからクリームを絞る。サンドイッチも注文を受けてからつくってくれる。こうした丁寧な仕事にファンが集まってくる。

日々研鑽しアップデート

カタネベーカリーのパンを眺めみると、奇をてらったものは一つもない。形、味、香り、全てが毎日食べたい日常のパンだ。しかし、その一つひとつの美味しさの追求にかける情熱はただものではない。どうしたらもっと美味しくできるか、日々研鑽、進化させている。

曜日限定や焼き菓子を入れると150アイテムをつくりあげる片根シェフだが、特に決まったレシピは書いていない。レシピは頭の中にあるという。従って材料の計量や仕込みは片根シェフ自身が手がけている。「粉の配合を変えたり、発酵種の量を変えたり、自家製ルヴァン種に塩を入れてみたり、毎日変えています。どうしたらもっと美味しくできるか、毎日ノートに記録、日々アップデートします」

そのためには常に自分が現場にいて、触っていなければできないという。もっと美味しいものをと日々いじっていると、どんどんシンプルになってくると片根シェフ。

粉は国産粉を数十種使い分け、ライ麦などは粒そのものを仕入れ、小さなミルで自家製粉している。香りや味が全く違うと片根シェフ。その使い分けやブレンドを楽しんでいるようだ。

昔と違って今は国内産小麦の品質も良くなっている。しかも種類も多いので、どれを選ぶかで美味しさや個性を表現できるという。

「かつて材料は与えられるという感覚だったが、今はどの原材料を選ぶかで、美味しさを表現できる時代。技術力だけでなく、どの原料を選ぶかも美味しさの一つ。そこまでしないとリテイルベーカリーとして個性が出せないのでは」と、材料選びも熱心だ。最近は生産農家の人と会って、話をするのが好きという片根シェフ。粉の特徴を生かし、自分のパンを表現、お客様と生産者を繋ぎたいという。

ブルーボトルコーヒーに選ばれた味

カタネベーカリーといえば、サードウェーブコーヒーとして米国から上陸した、ブルーボトルコーヒーに選ばれたパン屋さんとして注目されている。ブルーボトルコーヒー青山店ではコーヒーに合うフードメニューとして、「ポーチドエッグ&トースト」や各種タルティーヌなど数種のパンメニューを出しているが、そのパンは全てカタネベーカリーのパンである。今は食パン「パンアングレ」、その生地を使ったイングリッシュマフィン、バゲット、カンパーニュ(Bio)の4アイテムを提供している。重すぎず、軽すぎず、バランスの良い味わいはブルーボトルコーヒーが提案するシングルオリジンコーヒーと良く合う。片根シェフが創りだす「シンプルで飽きない味」に魅了されたのであろう。

打診があったのは2014年12月のことだ。「いろいろ食べ比べて、カタネベーカリーのパンが、自分たちの求める味だといわれたら、断れないですよね。素直に嬉しかったし、頑張ろうと思った」と片根シェフ。その確かな味が評価されたといえる。あれから1年、ブルーボトルコーヒーの選び抜かれたコーヒーと共に、カタネベーカリーのパンを味わうことができるのはファンにとって嬉しいことである。

夫婦で二人三脚

小さな店ながら、地下には居心地の良いカフェがある。2007年、子供が小学生になったのをきっかけにオープンした。カフェの担当は奥様の智子さんだ。朝は「パリの朝食セット」、昼は日替わりランチセット、そして各種のタルティーヌなど、その味は本格的だ。

平日でもお店は満杯。若い女性や小さな子供を連れた母親。男性の一人客など、次から次と訪れては皆、想い想いに過ごしている。小さくもアットホームな佇まいは居心地抜群、何時間でも過ごせそうだ。


オープン当初から1ヶ月の夏休みを敢行、フランスのアパートメントで過ごすという片根ファミリー。現地に溶け込み、マルシェを覗いたりして、かの地の日常を楽しむのが恒例という。この体験がメニュー開発や店づくりに活かされている。

2015年11月、初めて本を出版した。その名も『毎日のパン』。近所の人々に毎日のパンを提供したいとオープンして早13年。「自分たちのパンのカタログのような本ができたらいいなと思ってつくりました」と智子さん。それは見ただけで心が和む、毎日眺めていたい本で、そこには片根夫妻の人生が散りばめられている。

真摯なパン職人

主張しすぎない味のバランス、素直に美味しいと感じ、毎日食べたくなるパン、これが片根シェフのパンだ。手間を惜しまず日々研鑽、美味しさの追求に余念がない。

夢を問うと、「このまま町のパン屋さんとして生きていきたい。そしてパンをもっと理解し、いいパンを創り続けたい」と。気取らず、気張らず、日々研鑽。今どきこんなパン職人がいるんだろうかと思わせる、まさに真摯なパン職人なのである。

フランスの街角にあるような何気ない佇まい。パン一つひとつ、フィリング一つひとつに、そしてお店の細部にわたり、誠実さが溢れている。それがカタネベーカリーなのである。だからこそ町に溶け込み、お客様に愛されるベーカリーとして、益々その存在価値が増している。

片根 大輔氏

1974年 茨城県生まれ「ドンク」にて6年勤務。チーフ、店長を務めた後、独立。2002年11月、代々木上原に『カタネベーカリー』オープン。以来、町のパン屋さんとして親しまれる。2015年3月よりブルーボトルコーヒーにパンを提供、注目される。

カタネベーカリー

郵便番号/151-0066
住所/東京都渋谷区西原1-7-5
最寄駅/小田急線代々木上原駅、京王線幡ヶ谷駅
アクセス/代々木上原駅、幡ヶ谷駅から徒歩10分
電話/03-3466-9834
営業時間/7:00~18:30
定休日/月曜・第1、第3、第5日曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2015年12月)のものです

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