ニッポンのブーランジェ

個性的なパンで我が道をいく
vol.06 TOLO PAN TOKYO(トロパン・トウキョウ) 田中真司氏

東京・目黒区。田園都市線で渋谷からたった一駅ながら、昔ながらの商店街が残る池尻大橋。商店街を少し進むと、右手に白い小さな店が見えてくる。ここがこの町の人気ベーカリー「TOLO PAN TOKYO」(以下トロパン)である。店内には田中真司シェフ渾身のパン約70アイテムが揃う。それはまさに独創的なパンばかり。このパンに魅了され、客が次々と訪れる。


個性が光るパン

店内に足を踏み入れると、田中シェフのワザが光る個性的なパンがズラリと並ぶ。

一番人気の「カレーパン」(210円)は、一度食べたら病みつきになる。隠し味にチーズを入れたザクザクの生地、スパイスが効いたカレールー。中には赤ワインで煮込んだ牛肉の塊が入っている。このバランス、味わいはまさに料理パンとして完成している。

またガチョウの油を塗って焼き上げた「世田谷バゲット」(220円)もここにしかない逸品だ。なぜガチョウの油?と思いながら手にとる。スティック状にねじった個性的な姿が目を惹く。口に入れると、なんともいえぬ香ばしさと、塩味のバランスが絶妙だ。

「ガチョウの油は前の職場でよく使っていましたし、塩はローズソルトを使用、均一に溶かしすぎないことで味を際立たせています」と田中シェフ。この世田谷バゲットだけではない、カンパーニュ、アップルパインここには“ザッツ田中”と叫びたくなるほど、新感覚のパンが溢れている。

生地量120グラムという大振りの「クロワッサン」(270円)の外側はあくまでサクサク・ハラハラ。持ち帰ってもシナッとならずしっかりしている。「パン・オ・ショコラ」(240円)のパリパリの食感。この層はどうやってつくるんだろう?そう思った瞬間、誰もがトロパンのファンに陥る。一つひとつのパンが完成され個性を放つ。料理に合うパンではなく、一つひとつがパンとして完結している。だからこそいくらでも食べられる。止まらなくなる。 

お客様の半歩先をいく

この独創的なパンをつくり出しているのが、デュヌラルテ出身の田中真司シェフである。
2009年に旧友上野将人氏と共にここ池尻大橋に出店した。デュヌラルテがお客様の『1、2歩先をいく』のがモットーだったのに対し、トロパンでは『半歩先』をいくと決めた。 

店に入って目を惹く「世田谷あんぱん」(190円)と「モダアン」(190円)の2種類の円柱形のアンパンを見れば、田中シェフがただものでないことがわかる。

中でもモダアンはユニークだ。焦がしバターと黒糖を入れたブリオッシュ生地で、マテ茶で炊いた粒あんを包み、洋風大判焼きとした。その形、味ともに田中流。チェ・ゲバラが好きでマテ茶を愛飲、その渋みと餡とのマッチングを思いついたという。中に餡が入っていることを想定しやすいよう、大判焼きの形にした。アンパン一つでもどこまでも個性的だ。

ぜひ食べて欲しいという「シュトーレン」(1400円1/2)も食べたことのない味わいに驚く。クリームチーズを使用した重すぎない生地は、ミリン漬けのアプリコット、ラム酒とブランデーで漬けたレーズン、柚子、林檎とよく合う。しっとりとまろやかな酸味が絶妙のバランスで「こんなシュトーレン初めて!」と叫びたくなる。 

「自由さ」を大切に

商品だけではない。アメリカのロフトガレージをイメージしたという店内は「自由さ」を表現。古いトランクを陳列棚に活用したカジュアルな設えが面白い。店づくりはアパレルに造詣が深くオシャレな上野社長の担当という。

通常ベーカリーではコックコートが当たり前だが、ここでは“つなぎ”を制服にしている。このつなぎが田中シェフにはよく似合う。 

「パン職人として、美味しさ最優先でパンづくりに没頭できるのは上野社長のおかげ。ありがたいです」と田中シェフ。上野社長と田中シェフのコンビが創りだす「自由な食の世界」が今、注目を浴びている。2009年にトロパン・トウキョウを、そして2010年には世田谷代田に「トロコーヒー&ベーカリー」を出店、そして2015年11月にはトロパンの2軒隣に「トロサンドハウス」をオープンさせた。

ここの「サーモン&ラペ」はまるで料理、その厳選された材料とバンズの味わいは各別だ。サンドイッチなどの調理パンはこちらでつくり、トロパンの店舗で販売。「トロサンドハウスができて、少しは厨房での仕事が楽になった」と田中シェフ。狭い厨房、完備されていない設備で、なんとか最高のパンを生みだそうという工夫から、独創的なパンが生まれている。

デュヌラルテで修行

田中シェフがパン職人を志したのは20歳のころだ。ボクシングで減量に苦しんでいたころ、パンの温かさに触れ、「パンっていいな!」と思ったのがきっかけという。そして神戸のホテルをスタートに、さまざまなところでパンづくりを学んだ。しかし本格的にパン職人として修行したのは、東京・青山のデュヌラルテである。

「デュヌラルテ」“類まれな”と言う意味を持つこの店が、2001年に青山に出現した時、当時パン業界の人々は驚嘆した。バーを併設した洗練された店づくり、それまで見たことがない個性的なパン。まさに“類まれな”パン屋だった。

その「デュヌラルテ」をプロデュースしたのは料理人浅野正己氏で、当時パンを任されていたのが井出則一シェフである。この井出氏のパンに魅せられ、田中シェフの本格的な修行が始まった。24歳の時である。3ヶ月後、井出氏が退職した後は、柴田知実氏に指導を受けることになる。

「井出さんが生みの親50%で、柴田さんが育ての親50%。私のパンづくりはこの2人から学びました。実践だけでなく、理論、料理、食とは?など、 業務時間外でも1日3時間は勉強した」と当時を振り返る。

浅野氏からは、美味しさの徹底追求、微細な味のバランスなど、味へのこだわりを学んだ、今のトロパンの味の原点は浅野氏ゆずりといっても過言ではない。世田谷バゲットのあの絶妙な塩加減は浅野氏から学んだものだ。

プロのパン職人として

浅野氏に認めてもらいたいともがいていた頃、田中氏のスーシェフ誕生のきっかけとなるパンが生まれた。浅野氏が話すことはひと言も聞き漏らすまいと、全てメモしていたという田中シェフ。あるとき「ライ麦とカカオって合うんだよね」のひと言を聞きつけ、翌日にはライとカカオを使ったパンを創り、浅野氏に差し出した。それを口にした瞬間、浅野氏が宣言した、「明日からお前がパンを全てやれ!」。

この出世作といもいえるパンが、今でもトロパンで作られている。「セーグル・カカオ・アメール」(380円)である。カカオというと通常甘い味を想定するが、これはいい意味で期待を裏切るビターな味だ。トーストするとカカオの香りが引き立ち、そのビターな味わいが肉料理によく合う。まさに田中シェフにしかつくれないスペシャリテである。今では珍しくない四角いキューブ型のパンを世に送り出したのも、実はデュヌラルテ時代の田中シェフなのである。

料理人浅野氏、そしてパン職人井出シェフ。当時最高にノっていた2人の師匠のエッセンスを掴みとり、パン職人田中真司氏が誕生した。3年は下積み、後の3年はデュヌラルテの独創的なパンづくりに没頭した。“類まれな”を創り続けるプレッシャーが、田中シェフを更なるプロのパン職人へと押し上げたといえる。

「美味しさ」にしかこだわらない

どういうパン屋を目指すのかとの問いには「美味しさにしかこだわらない。美味しさの先には美味しさしかない」ときっぱり。「丁寧に下準備をする、道具を大切にするなど、美味しさを考えると、全てのことが丁寧になる」と田中シェフ。

生地の使いまわしはしない。「そのパンに最適な生地をつくるので、バリエーションはない。最高の美味しさを追求すれば、塩が0.05%違っても味わいが違う」と。狭い厨房を覗くと冷蔵ストッカーに、30ほどの生地が並んでいた。

「レシピを書くときお金の匂いがしたらダメだと思うんです。あくまで美味しさが先でないと」。

田中シェフの「美味しさ」への追求は半端ではない。材料選びも職人としての技術も全て「美味しさ」に帰結するものでなくてはならない。従って小麦粉や発酵種も、選ぶのはあくまで“美味しさ”が先だ。そのための原材料選びであり、技術であると。

「人マネしたパンでお金はいただけない。あくまで自分が創り出したモノであればこそ、お金をいただける」。ストイックなまでに美味しさにこだわるが、お客様には伸び伸び食べてもらいたいと語る。そのために敢えて軽い接客にこだわっている。デュヌラルテと異なり、ここはトロパン、緊張せずに気楽に自分のパンを味わって欲しいという。

美味しさを追求するには、楽しんで仕事をすることと自覚、パンづくり以外の時間をも大切にする。70年代のジャズや、村上春樹が好きと、まっすぐな目で語る田中シェフ。そんなオフの時間がアイデアの宝庫となっている。

発展途上国でパン職人を育てたい

今、36歳という田中シェフの夢は、南米やアジアなどの発展途上国で、パン職人を育てることだ。チェ・ゲバラのように貧しい人のために役に立ちたいと。そして今の設備不足もいい試練、工夫すればいいパンをつくれると研究熱心だ。あのサクサクのクロワッサンも、ガチョウの油を塗った世田谷バゲットも、設備不足から生まれた逸品なのだ。
「その国の人たちの好きなものを使って、毎日食べるパンを作りたいですね。そして日本人を超えるパン職人を育てたい」とワイルドな夢を語る。

「私の師匠はデュヌラルテの井出さん」と語る田中シェフは、敢えて一匹狼を貫く。しかしそこには上野社長との絶妙なコンビがある。互の力を磨き、今後どんな新感覚の「美味しさ」を創りだすのか楽しみだ。

プロのパン職人であることにこだわり、全霊を込めて美味しさを追求する田中シェフ。こんなパン職人がいるからこそ、日本のパン業界は面白い。

田中 真司氏

1979年神戸市生まれ。「デュヌラルテ」にて6年間修行、スーシェフ務めた後、独立。2009年11月、池尻大橋に上野将人氏と『TOLO PAN TOKYO』を開業。その独創的なパンが注目されている。

TOLO PAN TOKYO(トロパン トウキョウ)

郵便番号/153-0043
住所/東京都目黒区東山3-14-3
最寄駅/東急田園都市線池尻大橋駅
アクセス/池尻大橋駅から徒歩1分
電話/03-3794-7106
営業時間/7:00~20:00
定休日/火曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年1月)のものです

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