ニッポンのブーランジェ

「パン屋は楽しくていい仕事!」を証明したい
vol.07 ボンヴィボン 児玉 圭介氏

東京・渋谷から東急田園都市線で30分、青葉台で下車、北に向かってゆるやかな坂を登ること15分。住宅街の中にオシャレな3階建ての建物が見えてくる。児玉圭介氏率いる「ボンヴィボン」である。2004年にオープンして12年、ベーカリー激戦地区のこの地にしっかりと根付き、地元のお客様に支持されている。

地元で愛されるパン屋

竈をイメージしたという8坪の店内は、すっきりと大人のイメージ。バゲットなどのハード系、食パンなど食事パンを中心に、美しいデニッシュや、あんぱん、クリームパンなどの菓子パン、具材たっぷりのサンドイッチなど、約80アイテムが揃う。そのどれもが児玉シェフのこだわりに溢れている。

昼どきともなれば近隣の常連客が次から次と訪れる。真っ赤なイチゴが目を惹く「苺のペストリー」(350円)、バレンタインを意識した「デリ・ショコラ」(300円)。スペインが発祥の「エンサイマダ」(160円)、子供向けのキャラクターパンなど、ズラリと並ぶパンを前にして、「今日はどれにしよう!」と迷うお客様も楽しそうだ。

特に種類豊富なサンドイッチは、昼食として常食にしているお客様も多く、次々と売れていく。そんなお客様の様子を眺める児玉シェフにも自然と笑みがこぼれる。そしてお客様を喜ばせるパンづくりへの情熱が、沸沸と湧き上がる。

売れ筋トップ3を聞くと、1番の人気は「生クリームあんぱん」(140円)という。某テレビ番組の"おめざ"で年間グランプリに輝いたパンだ。放映された時は大変な行列が続いたと語る児玉シェフ。それ以降、この店の看板商品として売れ筋トップを誇る。  一見小ぶりのあんぱんだが、中には自家製の甘すぎない粒あんと、生クリームがたっぷり。あんと、生クリーム、パン生地がベストマッチ、食べるとあっという間に消えてしまう。そして、もう一個食べたくなる。かくして店頭用の100個はあっという間に売り切れる。看板商品だけに予約注文が多く、多い日には一日400個売れる時もあるという。

2番目はバゲットである。特にフランス産小麦粉を使った「バゲットレトロ」(300円)は、その深い香りと味わいにファンが多いという。そして3番目はサンドイッチの「イタリアン」(420円)である。

パンが美味しいサンドイッチで勝負

「パン屋のサンドイッチだからパン生地が美味しいものでなければ」と、語る児玉シェフ。中の具材は勿論だが、パンの美味しさに、とことんこだわっている。中でも人気の「イタリアン」(420円)は、児玉シェフ渾身の、生地にこだわったBLTである。ロールパンの生地を天板いっぱいに薄く伸ばし、パルメザンチーズをたっぷりふりかけて焼いたパンを使用しているが、チーズの香りとコク、サクッとした食感が絶品。これだけでオーダーがあるため、「チーズパン」(180円)として販売しているほどだ。このパンに大山ハムの乾塩ベーコン、レタス、そして水分が出ないようきっちり下処理をしたトマトを挟んでいる。こうした一つひとつの丁寧な仕事が、他にない「美味しさ」を創り出している。

厨房にサンドイッチ専用の製造スペースを5坪とって、「三元豚のロースカツサンド」(340円)など、毎日10数種をつくっているが、パンが美味しいサンドイッチとして評判となっている。

商品構成に工夫

ここ青葉台は近隣に、競合ベーカリーがひしめく激戦地区だ。それだけに何を売るか、商品構成にも気遣う。青葉台店の商品構成はハード系を中心とした食事パン40%、菓子パン30%、サンドイッチ15%、敢えて焼き込み調理パン を控えている。その代わりサンドイッチを充実させている。

「焼き込み調理パンを増やせば、もっと売れることはわかっているが、ここは敢えて少しオシャレにいきたい。但し新百合ケ丘店は年配のお客様も多いので、焼き込み調理パンを充実させている」。それぞれの客層を考慮して、異なる戦略をとっているのだ。  

お薦めのパンを聞くと「パンドロデヴ」(900円)(以下ロデヴ)との答えが返ってきた。昨今、ロデヴが人気だが、ここでは開店当初から 焼いていたという。昼過ぎ厨房を覗くと、ちょうど2種類のロデヴが発酵中であった。焼きあがったロデヴはずっしりと重く、その深い香りと柔らかな酸味、外はバリッと中はしっとりとした味わいは絶品だ。「私のロデヴはあまり気泡を出しすぎないで、中身をしっかり味わってもらえるよう工夫している」。10年間、毎日つくり続けているからこその、児玉シェフ特製のロデヴといえる。

そしてもう一つのお薦めは「チョココロネ」(160円)という。「一般的なチョココロネは生地が硬く、中のチョコクリームと合っていない。ウチのは生地を柔らかくし、自家製チョコクリームも自慢」と。見た目は変わらないが、一口食べればわかる。自家製の濃厚なチョコクリームは、甘すぎず大人の味わい。何よりも生地が柔らかく、チョコクリームと最後までいいハーモニーで味わえる。納得の味なのである。

パン屋ファミリーの一員として

祖父の代からパン屋を営み、自分は3代目と語る児玉シェフ。「赤ん坊の時は厨房の番重が揺りかごだった」。叔父叔母6人兄弟の内、4人がパン屋というパン屋ファミリーの一員だ。川口を中心に「デイジイ」7店舗を展開、業界でもその名が知られている、倉田博和氏は従兄弟にあたる。

しかし、児玉シェフは子供の頃からパン屋を目指していたわけではない。パン屋になるきっかけは20歳の時、叔父が病気で入院、半年ほど助っ人を頼まれたことだ。特に習ったわけではないが、モノ心ついた時から遊び場は厨房だったという児玉シェフ。丸めや型入れ程度ならできる。叔父のためにパン屋を手伝うことになった児玉氏だが、この経験から「パン屋がおもしろくなった」。パン屋の血筋が目覚めたともいえる。

「青い麦」の福盛氏に教えを請う

自分なりのパン屋を目指そうと思った児玉氏は、全国パンめぐりの旅に出かけることになる。22歳の頃だ。そしていろいろ食べ歩いた結果「ここのパン美味しい!」と、たどり着いたのが、大阪の福盛幸一氏が率いる「青い麦」である。「バゲットもクロワッサンも今まで食べた中で1番美味しかった」と語る児玉シェフ。「どうやってこの美味しさができるんだろう」と店頭で呟いていた。
すると「あんた何してるねん!」と声をかけてくれたのが、福盛シェフその人だった。そこで事情を説明すると「明日から来い!」と。まさに運命の出会いともいえよう。

そして児玉氏は「青い麦」で修行することになる。当時「青い麦」は人気ベーカリー。カリスマシェフ福盛氏の評判も轟いていた。ここでハード系のパンもきっちり学んだ。しかし6年間の修行で1番学んだことは「忍耐」と語る児玉シェフ。6年の修行の後、一旦、埼玉の実家に戻るが、その後独立することになる。

「ボンヴィボン」誕生

デイジイを離れ、自分の実力を試したかったという児玉シェフ、場所は埼玉ではなく、横浜の青葉台に決めた。いろいろ候補地は見て回ったが、ここが1番気に入ったと。そして2004年、住居を併設した3階建ての店舗をつくり、「ボンヴィボン」を立ち上げた。

1億3千万円も投じたというが、29歳にしては大きなチャレンジだったといえる。
店名の「Bon Vivant」(ボン ヴィボン)とは、フランス語で「幸せに生きる」という意味。父親の「幸生」の名前と、お客様に美味しいパンを食べて「幸せ」な気分になって欲しいという想いからこの名前をつけたという。

店づくりのコンセプトは竈をイメージ。知人の鉄のアーティストと一緒に考えた。入口の鉄のオブジェ、ドアノブ、床や陳列台など、鉄のアートがオシャレでシックな店を創りあげている。

「青い麦」でハード系のパンを修行した児玉シェフ。ここ青葉台ならハード系のパンが受け入れられると意気揚々とスタートした。しかし、最初はなかなか売れず、試練の連続だった。しかし徐々に「青葉台のオシャレで美味しいパンさん」として認知され、売上が伸びていった。そして今や人気のパン屋さんとしてその地位を確立している。

そして、わずか5年後の2009年には新百合ケ丘に2店舗目をオープン。「クルマで10分の距離で、駐車場が広くいい場所を確保できた。スタッフのスキルアップにもちょうどよかった」と語る児玉シェフだが、なかなかのチャレンジャーである。

パン屋は楽しくて儲かる仕事

生まれながら、パン職人の血を引き継ぐ児玉シェフ、その舌は繊細だ。パンづくりのこだわりと聞くと、「材料の特徴、性質をよく熟知し、全てにこだわっているが、それを無意識の内にやっていることが大切」と。そして「お客様に美味しいと喜んでもらうためだけにパンをつくっている」ときっぱり。

今や、パン業界で名を馳せる従兄弟の倉田シェフも、いい目標となっているのであろう。「倉田が守ってくれるので自由にやれる」と10歳上の従兄弟に感謝する。

34歳にして2店舗を構えた児玉シェフだが、若手スタッフの育成にも熱心だ。任せて育てているが、時代とともに労働環境には気遣う。
「今の若者はラクして稼ぐことを求めるが、若いうちに死にもの狂いで吸収しないと家族を養えない」と、本気だ。そして「台湾ではパン屋はあこがれの職業だが、日本ではパン屋は若者に人気がない」と危惧する。

「だからこそ、パン屋は楽しくて儲かる仕事であることを証明したい」と意気込む。祖父の代からパン屋のDNAを受け継ぐ児玉シェフにとって、パン屋はまさに天職といえる。パンづくりをこよなく愛する児玉シェフの想いが、パン一つひとつに滲み出ている。だからこそ「ボンヴィボン」は地元に支持されるベーカリーとして、その存在価値が増している。

児玉 圭介氏

1973年東京生まれ。祖父、両親、親戚もパン屋というパン屋ファミリーに生まれる。大阪の「青い麦」で6年間修行。2000年に実家のパン屋「デイジイ」を継ぐ。2004年神奈川青葉台で独立、「ボンヴィボン」をオープン。2009年2号店「新百合ケ丘店」をオープン。生まれながらにしてパン屋のDNAを受け継ぐその実力が注目されている。

ボンヴィボン

郵便番号/227-0062
住所/神奈川県横浜市青葉区青葉台1-32-2
最寄駅/東急田園都市線青葉台駅
アクセス/青葉台駅から徒歩15分
電話/045-983-5554
営業時間/8:00~19:00
定休日/月曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年3月)のものです

ニッポンのブーランジェ トップに戻る