ニッポンのブーランジェ

個性を活かし日本のパン屋として新境地を切り拓く
vol.10 ル・ルソール 清水 宣光氏

東京・渋谷から京王井の頭線に乗って2つ目の駒場東大前駅に降り立つ。溢れる緑に感動しながら駅から歩くこと3分、駒場小学校の近くに、「ル・ルソール」が見えてくる。日本の「メゾン・カイザー」に立ち上げから加わった清水宣光シェフがこの地にオープンして10年。しっかりと根付き、地元の人々の自慢のベーカリーとしてその存在価値を増している。

丁寧な仕事が光るベーカリー 

ル・ルソールの店内に足を踏みいれると、まず目に飛び込んでくるのは、洗練されたオシャレな店内に並ぶ美しいパンの数々だ。「なんてキレイなパンだろう!」思わず叫びたくなる。バゲット、ヴィエノワズリー、菓子パン、惣菜パン、サンドイッチ、焼き菓子など約50種が揃う。この作品を見ているだけで、清水シェフが只者でないことがわかる。「全種類買いたい!」そんな衝動を抑えながらどれを買おうかと選ぶ楽しさは格別だ。

中でも美しいクープのパンブリエ(500円)は、見ているだけでもワクワクする。水を加えていないリッチな生地は、ミルクの風味とほんのりした甘さが上品。そのままでもいいが、軽くトーストすると軽やかな食感がやみつきになる。バックヤードを覗くと、ちょうど清水シェフがパンブリエを仕込中だった。息を飲むほどの美しいクープを素早く丁寧に刻んでいく。そのプロのワザは思わず見とれてしまうほどだ。

プチバゲットでフランスパンを身近に

人気はプチバゲットシリーズだ。中でも一番人気は「ミルクフランス」140円。長さ12cmほどの小型のバゲットに北海道産の練乳と低水分バターでつくったミルククリームがぎっしり。バゲットとこのミルククリームのマッチングがクセになる人が続出という。そして「ショコラ55」はプチバゲットにベルギー産カカオ55パーセントのチョコとバターをサンドした逸品。「ジンジャーフランス」140円、「ガーリックフランス」140円もここにしかない味わいだ。

「バゲットを小さくすることで子供にも食べてもらうきっかけをつくりたい。フランスパンをもっと身近に感じてもらいたい」そんな考えから思いついたという。

イチジクの形がかわいい「パンオフィグ」280円はトルコ産の白イチジクを練り込んでいる。メロン風味のシュトロイゼルとバニラシュガーを乗せて焼いた「メロンパン」220円も独特だ。平台中ほどにはタルティーヌ(420円)各種が並ぶ。そのどれもが具材たっぷりで一度食べたら忘れられない味わいだ。

そしてレジ横の大きなショーケースには自慢のバゲットサンドが並ぶ。こだわりの具材をしっかり挟んだサンドイッチは売れ筋商品という。

ここは平日でも客層は幅広い。近隣の学校や研究所関連で働く人たちであろうか、男性客が多いのも特長だ。こうしたお客様に満足いただけるよう、パンの一つひとつに、清水シェフのパン職人としての情熱とワザが光る。

原材料にこだわり

清水シェフの原材料へのこだわりは半端ではない。この店はいい材料を使っていると思ってもらえることが、次に繋がると清水シェフ。価値に見合う金額を支払っていただける習慣をつくりたい。そうしないと何も始まらないという。確かにル・ルソールのパンは決して安くはない。しかしそこにはいい材料をきっちり使って、それをお客様に認めていただいているという自信がみてとれる。

子供たちにきちんとしたパンを食べて欲しい。子供が選ぶのではなく、親が子供に食べさせたいと思えるパンを揃えたいと原材料にもこだわる。

そんなパンを創りたいと考えてつくったのがプチパンシリーズだ。小さいから子供でも食べきれる。「子供のうちからいいものに触れて欲しい」と真剣な眼差しを向ける清水シェフ。妥協は一切ない。ストイックに良いものを追求していく。そこがこの店の魅力といえる。

ルーツはメゾン・カイザー

もともとモノづくりが好きだったという清水シェフ。料理専門学校で製パンコースを選んだところからパン職人としての道がスタートした。その後、横浜の洋菓子店のパン部門を経て、メゾンカイザー・ジャパンの立ち上げに加わることになる。当時はオーナーの木村周一郎氏と2人、高輪の一号店の物件探しから始まったという。清水氏21歳の時である。

「パン職人としてのベースはメゾン・カイザー」と語る清水シェフ。この体験が今のル・ルソールの原点となっている。高輪の一号店で2年間修業後、退社して渡仏。パリのメゾン・カイザーモンジュ通りの本店で働くこととなる。ここでは「こんなやりかたがあるんだ」と、新たな発見や学ぶことが多かったと当時を振り返る。
「エリック・カイザーさんは当時40歳ぐらいでしたが、恐ろしく頭が切れる人で、技術と理論、経営者としてもスゴイ人」とその印象を語る。

パリでは労働時間が一日7時間、週35時間と決まっている。従っていかに効率よく、集中して仕事をするかが勝負となる。ルヴァンリキッドを使用、成形後冷蔵発酵というつくり方を経験、機械を有効に活用する技術を学ぶ。
「毎日2000本以上のバゲットを焼いていた。それはまるでスポーツをしているようでした。その代わり休日はきちんと休めたので、さまざまな体験をすることができた」。
パリのカイザーで一年間みっちり修業、他の人ができないいい経験をさせてもらったと語る。

その後、半年かけて南仏、ドイツ、スペインなど、ヨーロッパ各地を旅行して回るが、スペインの鮮やかな色彩、イタリア各地で出会った地産地消の地元の料理など、全ての体験が、今の清水シェフの糧として生かされている。

26歳で独立

日本に帰国後、さまざまな経験を積みながらも2006年、26歳という若さで、駒場東大前のこの地に「ル・ルソール」をオープンすることとなる。「ここは学校と公園ばかりで商売として成り立たないと反対されました」と苦笑する清水シェフ。店名「ル・ルソール」の意味は「バネ」。さまざまなプレッシャーや環境をバネにしたい、という想いを込めて名付けたという。

パリで修業したといえ、フランスをそのまま真似たのでは面白くないと、国産小麦を使うことを決心。数々の試行錯誤を重ねながら、今の味わいにたどりつく。「10年前の国産小麦は、現在ほどよくはなかったので大変でした。いろいろ失敗を重ねながらなんとか自分の味に仕上げていった」。

今は国産小麦だけにこだわらず、いくつかの小麦粉を合わせているが、粉の甘みが出ても香りがなくては納得できないと研鑽を重ねる日々だ。
「学んだことをそのままやり続けるのではなく、パンを美味しく工夫しなければ意味がない」と、ストイックな探究心は衰えることがない。

料理に合うパン

全体の5割は食事パンと語る清水シェフ。「料理と一緒に食べたときにバランスの良いパン」にこだわる。「パンは本来料理と食べておいしいことが大切。パリでは惣菜パンのようなものはあまりない。あくまでバゲットが中心」。従って清水シェフがつくり出すバゲットは、クラストはザクッとクラムはモチモチ。発酵の香りと粉の香り・旨みがなんともいえない味わいだ。だからこそバゲットサンドにしても、ざっくりと軽やかな食感が具材とよく合う。


料理に合うパンを追求する清水シェフ、実際にレストランにも提供している。東京・青山の人気レストラン「フロリレージュ」にパンを提供。オーナーシェフの川手寛康シェフの要望に応え、料理を引き立てるパンを創りだす。今は蒸しカンパーニュなど、蒸したパンを提供していると清水シェフ。これが川手シェフの軽やかな料理に合うのだという。こうした一流の料理人との交流が、いい刺激となり、パン職人としての技術にも磨きがかっているといえそうだ。この、「レストランにパンを提供するということ」もカイザーで意識させられた。

価値に見合う値段を

「ル・ルソールでは週休2日はしっかりとっています。労働環境を整えて、いい仕事をすることが大切。それには人力に頼るだけでなく、機械ができることは機械に任せる。機械に投資する勇気も必要。ベーカリーだから朝早くから長時間労働が当たり前と思ってはいけない」と清水シェフ。いい環境を整備、優秀な人を雇えれば、突き抜けられるかもしれないと理想を語る。

そして労働環境を守るには、安売りするのではなく、価値に見合うお金をしっかりいただくことが大切と清水シェフ。今のパン業界のあり方にも一石を投じる。

実際、ル・ルソールのサンドイッチは原価率50%を超えるものもあるという。いい材料を使ってお客様を惹きつける。これも清水シェフのやり方だ。

まだ検討中だが、2店舗目は機械に投資、生産性の高い店舗づくりにしたい。そしてサンドイッチも専用の厨房を併設、オーダーを受けてから提供し、もっと高付加価値のものを出したいと夢を描く。ハードとソフトを組み合わせて生産性を上げていけば、成功するベーカリーのビジネスモデルとして輸出産業にもなれると語る清水シェフ。

パン職人としてのストイックさと経営者としてのバランス感覚を併せ持つ清水シェフは未だ36歳、チャレンジ精神と溢れる個性で、どんな新境地を切り拓いていくのか、今後が楽しみだ。

清水 宣光

1979年名古屋生まれ。製菓専門学校卒業後、横浜の洋菓子店のパン部門で修業。「メゾン・カイザー」日本の一号店の立ち上げに携わる。パリの「メゾン・カイザー」本店で修業、2006年、「ル・ルソール」をオープン。個性溢れるパンをつくり続ける。

ル・ルソール

郵便番号/153-0041
住所/東京都目黒区駒場3-11-14 明和ビル1F
最寄駅/京王井の頭線 駒場東大前駅
アクセス/駒場東大前駅西口から徒歩1分
電話/03-3467-1172
営業時間/火曜~金曜 9:00~19:00、土曜・日曜・祝日 9:00~18:00
定休日/月曜(月曜が祝日の場合は翌火曜)

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年8月)のものです

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