ニッポンのブーランジェ

温かみのあるパン屋で地域一番店を目指す
vol.11 ブーランジェリー キシモト 岸本 章氏

東京の山手線高田馬場駅から西武新宿線に乗換え約30分、新所沢駅に降り立つ。西口から徒歩2分、URの巨大な団地の傍に「ブーランジェリー キシモト」がある。「デイジイ」と、「ボンヴィボン」で修業した岸本章シェフが3年前にオープンした。焼きたての美味しいパンが買える店ができたと、地元の人々に愛されている。

パンのパラダイス

夏休みが始まった7月後半、「ブーランジェリー キシモト」に伺った。店内には人気のカレーパン、メロンパンから、カラフルなデニッシュ類、惣菜パン、食パン、バゲットと、岸本シェフ自慢のパンがズラリと並ぶ。そしてチルドケースにはサンドイッチ類も。

約100種類も揃うという、その多彩なラインナップは、見ているだけでワクワクする。ランチタイムとあって、店には次から次とお客様が訪れ、途切れることがない。どの顔も、今日はどのパンを買おうかと、選ぶだけで楽しそうだ。

平日だというのにこの店を訪れる客層は幅広い。バギーカーを引いた若い母親から、OL風、熟年層、シニア世代、そして男性も多い。近所の高校の通学路になっているので、夕方は高校生も訪れるという。そんな多様なお客様に喜んでもらいたいと、岸本シェフのパン職人としての技が光る。

人気は「究極のカレーパン」

人気のパンベスト5を尋ねると1位は「究極のカレーパン」180円という。小まめに揚げたてを提供しているのも人気の秘訣だ。その味とボリューム感、そして180円というリーズナブルな価格は、まさに究極だ。

2位は「焦がしバターのメロンパン」130円だ。3年前のオープン当初はメロンパンが1位だったが、最近はカレーパンに首位を譲っている。夏ということもあろうが、カレーパン人気は不動のようだ。

3位は「コロッケパン」210円という。このコロッケパンのボリュームは半端ではない。コロッケはバックヤードで小まめに揚げて、揚げたてを挟んでいる。どこかなつかしい味わいのコロッケパンのファンは多く、店に並べるとあっという間に無くなってしまう。

4位は「生クリームあんぱん」130円だ。横浜青葉台の「ボンヴィボン」で修業した岸本シェフが免許皆伝を許され、焼いている。小ぶりのあんぱんに、北海道産小豆とたっぷりの生クリームが詰まったこの「生クリームあんぱん」は一度食べたら忘れられない。

そして5位は「食パン」240円である。200円台で焼きたての食パンが買えるのだから、近所の人にはたまらない。王道だが、店自慢の売れ筋商品となっている。

食事パンも得意

「ぜひ食べてもらいたい自慢のパン」を尋ねると、すかさず「バゲットトラディション」との声が返ってきた。これもボンヴィボンゆずりの自慢の逸品だ。噛むとクラストは軽くサックリ、クラムはもちもちで、優しい小麦の香りがなんとも言えず、いくらでも食べられる。

そして棚の奥に並ぶのは、ボンヴィボンで習得した「パン・ド・ロデヴ」である。自家製のルヴァン種を使い、長時間発酵させたロデヴは、しっとりもちもちで、一度食べたらクセになる。「気泡が大きすぎると食べにくい」と、ボンヴィボンの児玉シェフがいう通り、弟子である岸本シェフのロデヴも、気泡が大きすぎず食べやすい。大きなホールで600円、1/2カット300円という価格もリーズナブルだ。

オーツ麦やヒマワリの種など10種類の穀物に発芽玄米を加えた「大地の恵み」300円は、健康的な食パンだとファンも多い。また国産の材料を使った「大和パン」320円など、食パンも数種類取り揃え、近隣のパン好きな人々の要求に応えている。

その他、小ぶりの食事パンも揃えている。幅広い客層に喜ばれるパンを・・・と品揃えには気を遣っている。

また、サンドイッチも欠かせない。ケースには20アイテムほどのサンドイッチが並ぶが、手軽で美味しいランチに便利と、次々に売れていく。1時すぎにはケースは空っぽになってしまうほどだ。


「デイジイ」と「ボンヴィボン」でパンづくりの全てを学ぶ

もともと料理人になりたかったという岸本シェフ、料理専門学校の実習で、たまたまパンづくりと出会い、面白そうだとパンの道に進むことになる。チェーン店を経て倉田シェフが率いる埼玉の「デイジイ」の門を叩く。ちょうどデイジイ東川口店の立ち上げの時で、パンの製造ではなく、レストラン部門に配属された。しかし目指すはパン職人、ということで配置転換を申し出、パン職人として一からスタートすることとなる。「その頃の倉田シェフは怖かった」と岸本シェフ。パンづくりの基本から全てを学んだという。

デイジイでの8年の修業を経て、次に岸本シェフが向かったのは、倉田氏の甥にあたる児玉シェフが率いる「ボンヴィボン」である。

「デイジイは規模が大きすぎて独立をイメージするのが難しい。もっと小規模で頑張っている店」として、児玉シェフに弟子入りを志願した。この2つの人気店での経験、倉田シェフと児玉シェフという2人の師匠の教えが、ブーランジェリー キシモトの原点となっている。


ベースはデイジイと語る岸本シェフ。あらゆるところに倉田イズムが浸透しているといえる。「倉田さんは感覚派、発酵具合など一目みただけでこれぐらいというのがわかる人」そして「大胆且つ繊細な人」と語る。元々製菓学校出身の倉田シェフは、汚い仕事は許さない。作業台はワンセクション終わる毎に掃除を徹底させられた。
「倉田さんと風貌は似ているが、児玉さんはああ見えて理論派、どうしてそうなるのか。なぜこれが必要なのか、理論を教わった」という。

温かみのあるパン屋を目指して独立

デイジイで8年、ボンヴィボンで2年、2人の師匠からパンづくり、店づくりをみっちり学んだ岸本シェフが独立したのは、2013年4月、30歳の時である。さまざまな立地、物件を探した末、駅から徒歩2分で、すぐそばに大きな団地を控えるこの場所がベストと決心した。
目指したのは「温かみのあるお客様に愛されるパン屋さん」である。白いペイントの可愛いファサードも、段差のないフラットな床も、お客様の入りやすさ、買いやすさを考えてのことである。

キシモトには至るところにパンをデザインした可愛い“K”のマークがついている。これは名前の頭文字をモチーフに、岸本シェフ自身がデザインしたものだ。メガネをかけたバゲットは岸本シェフ、クロワッサンは奥様をイメージしたという。これも親しみやすさを感じてもらいたいという考えからだ。

お客様の笑顔が励み

パンづくりでこだわっていることは生地づくりという。「最近国産小麦のみ使用などの店が出現しているが、今の自分としては粉へのこだわりはさほどない」と打ち明ける。発酵はセミドライイーストと自家製ルヴァンリキッドを併用、食事パンは生地冷蔵で長時間発酵させるなど工夫には余念がない。

バックヤードをのぞくと若い職人と2人で、パンづくりに集中していた。たった2人で100種類のパンをつくるのは並大抵のことではない。パンづくりの工程表は岸本シェフの頭の中に叩き込まれているから、2人の動きに無駄はない。分割機を活用しながらも、ものすごいスピードでパンをつくっていく。

「デイジイにいる時は毎日が戦場のようでした、手が止まっていたら怒られた」と懐かしそうに語る岸本シェフ。この程度の量なら2人でもまったく問題ないという。

しかし、もう少し余裕ができたら、焼き菓子も手掛けたいという。デイジイはパンだけでなく焼き菓子やケーキも充実している稀有な店である。岸本シェフ自身もデイジイではケーキも担当していた時期があるので、得意である。今は客単価が900円前後だが、菓子が加われば客単価もアップできる。次の飛躍のチャンスとなるであろう。
「お客様に『美味しかったよ』と喜んでいただくことが一番の励み」と笑顔を向ける岸本シェフ。厨房から売り場を見渡しては、お客様への気遣いも忘れない。

所沢でてっぺんを目指す

「ここはデイジイとボンヴィボンの良いとこ取りです」と語る岸本シェフ。確かにここには両店の看板商品である「クロワッサンBC」や「生クリームあんぱん」など、人気商品が並んでいる。逆にいうと「ここであの人気店のパンが買える!」というのは、お客様にとってはラッキーなことだ。2つの店でしっかり学んだ岸本シェフならではの、役得というところであろう。

今後の夢について問うと「まずは所沢でてっぺんを目指す」と豪快に答えてくれた。池袋や新宿から30分のベットタウンとして、成長著しい所沢市。ライバルとなるリテイルベーカリーも多い。そこで一番を取るというのだ。
最近はパンのイベントにも積極的に出店、他流試合にも熱心だ。川越パンまつりでは究極のカレーパンを実演、大変な人気だったという。

群馬県太田市の「マイピア」の大村田氏や、茨城県の「パン工房ぐるぐる」の栗原淳平氏はデイジイ時代の同期である。互いに切磋琢磨し、デイジイファミリーの一員として、次世代を背負っていくことになろう。倉田シェフと児玉シェフ、2人の師匠から薫陶を受けているのだから、パンの品質は間違いない。あとはこれにどう岸本流を付け加えていくのか。これからの成長が楽しみだ。

岸本 章

1982年埼玉生まれ。料理専門学校卒業後、埼玉の人気店「デイジイ」と、横浜の人気店「ボンヴィボン」で修業。2013年4月、「ブーランジェリー キシモト」をオープン。修業した2つの店の良いところを踏襲、食べやすく親しみのあるパンを品揃え、人気店に。地元パンイベントにも多数出店。

ブーランジェリー キシモト

郵便番号/359-1111
住所/埼玉県所沢市緑町1-17-9
最寄駅/西武新所沢駅西口
アクセス/新所沢駅西口から徒歩2分
電話/04-2907-7178
営業時間/8:00~19:00
定休日/火曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年9月)のものです

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