ニッポンのブーランジェ

「たま木亭」の名に恥じぬパンを vol.19 みやび亭 新井 雅也氏

東武伊勢崎線の羽生駅から市役所方向に歩いて15分、広い道路沿いにモダンな四角い店が見えてくる。「みやび亭」である。行列で名高い京都の人気ベーカリー「たま木亭」で修業した新井雅也シェフが、この地にパン屋をオープンして約3年半。美味しいパンが買える店として近隣の人々に親しまれている。

本格的なパンが買える店

「みやび亭」とは一見、日本料理の料亭を思わせる店名だが、「美味しいパン屋さん」として地元で評判だ。中に入ると、前後左右の陳列棚にズラリと並ぶ本格的なパンが目に飛び込んでくる。このパンこそが京都の人気ベーカリー「たま木亭」で修業した新井シェフが、同店で習得した技術をふんだんに取り入れたレシピで焼き上げる渾身のパンである。

あの「硬焼きバター」180円(税別)や「洋風あんぱん」200円(税別)や「クリームクロワッサン」230円(税別)など、人気メニューがここで買える。カナダ産小麦を使った「マニトバ」220円(税別)などの食事パン、クルミやアーモンドなどをふんだんに盛りつけた「木の実のクロワッサン」240円(税別)などが勢揃い。お客様の目を引き寄せる。

そして自慢のパンを使った具材たっぷりのサンドイッチ類も揃う。昼時ともなれば、美味しいパンを求めて近隣の人々が押し寄せる。

しっかり焼かれた美味しいパンを見ていると、修業先の玉木潤シェフのパンに対する情熱をきっちりと継承していることを感じさせる。

食感と口溶けが自慢

人気メニューベスト3を挙げてもらうと、1位は「洋風あんぱん」という。表面に上新粉のアパレイユをかけた独特の姿、噛んだ時のパリッとした食感がたまらない。

2位は「食パン」300円(税別)だ。多加水で湯種を使い、じっくり焼き上げた食パンは、でんぷんが艶やかに輝き、口に含むと粉の甘みが感じられる。しっとりやわらかく、軽くトーストするとサックリとした食感とその口どけの良さに驚く。まさに一度食べたら虜になる味わいだ。

そして3位は「硬焼きバター」という。バゲット生地にバターを包んで焼いたものだが、焼きたてをちぎるとバターがジワッと溢れ、クラストのパリパリの食感がパン好きをうならせる。
「シンプルだがありそうで無かったパン」と新井シェフ。「こんなにバターを贅沢に使うなんて他ではできないでしょうね」と苦笑する。確かに焼成後の鉄板にはバターが溢れ、思わず「贅沢!」と叫びたくなるほどだ。

最近は「焼きカレー」200円(税別)も人気という。牛スジ入り自家製のカレーフィリングをたっぷり包んだカレーパンは、サックリした食感と大人の味わいのカレーがよく合う。

新井シェフに、ぜひ食べてもらいたいお薦めを伺うと「オランジュ」180円(税別)との答えが返ってきた。食パン生地にオレンジピールとクルミをふんだんに入れたものだが、ムチッとした生地とオレンジピールとクルミがおもしろい食感を生み出している。

また「レザンノア」330円(税別)もお薦めという。「マニトバ」と同じ生地に、サルタナレーズンとクルミを入れたものだが、ごつごつした見た目と異なる食感と口どけの良さに驚く。

修業するならここしかない!

地元羽生のパン屋の息子として生まれた新井シェフだが、最初からパン職人を目指したわけではない。クルマ好きということもあり、クルマ販売の営業マンを数年経験したが、自営業の方が自分に向いていると、ベーカリーを志す。当時埼玉でパンの移動販売を手掛けていたパン屋で3年間経験を積み、実家に戻る。しかし卸のパン屋を営む実家に飽き足らず、「リテイルベーカリーをやりたい」との思いが強くなったという。

全国のパン屋を訪ね歩き、パンを食べ歩いた。その後「たま木亭」のパンに出会い、食パンと硬焼きバターを食べた瞬間、その食感、口どけの良さに感動。「修業するならここしかない!」と、「働かせてほしい」と申し出たが、空きがないと断られることに。しかしパンの美味しさが忘れられず、たまたま専門紙で求人広告を見つけ、再び修業を申し出、念願の「たま木亭」にワラジを脱ぐこととなる。

免許皆伝第一号

入って半年は叱られてばかりで、辞めようかと思ったことも何度もあったと新井シェフ。「玉木さんは感覚の人で天才肌、厳しかった」と当時を振り返る。しかし次第に師匠の動きや考えがわかってきてスムーズに動けるようになった。当時4坪の店にはお客様が溢れ、9坪の厨房では7人の職人が黙々とパンづくりに没頭していた。ここでパンづくりの全てを身体にたたき込んだ。
5年間の修業を経て、独立したいと申し出ると「いいよ!」と。師匠から独立を許された弟子は新井シェフが初めてという。まさに「免許皆伝」第一号なのである。

故郷の羽生に戻った新井シェフは、2013年12月「みやび亭」をオープンした。店名の「みやび亭」は、「たま木亭」から「亭」の文字を1字貰い、自分の名前「雅也」の「雅」と合わせて名づけたという。

「みやび亭」のコンセプトを伺うと、「『たま木亭』のようなパン屋さんをつくりたい』ときっぱり。しかし店や厨房の広さや駐車場については、買いやすく、仕事しやすく、そして駐車しやすさに重点を置いた。もっとも「たま木亭」は、2015年に移転、新井シェフが修業していた頃とは異なり、広いスペースを確保、さらなる繁盛店へと進化している。

美味しさが先 

パンづくりへのこだわりを伺うと「食べて美味しいことが一番」と語ってくれた。「最近国産粉にこだわる人もいるが、どういうパンをつくりたいか、食べて美味しいかが先で、それに合った素材を選ぶことが大切」と。

自慢の「バゲット」260円(税別)は2種類の小麦粉を半々に合わせているが、これもザクッとした食感を出したかったからという。

「玉木さんにとっては、美味しいパンづくりが全て。恐らく原価なんか気にしていないと思う」と新井シェフ。
訪問した時ちょうど、「パンシュー」240円(税別)をつくっていたが、バゲット生地にエスカルゴバター、じゃがいも、上質の角切りベーコンをたっぷりと包んでいた。そのベーコンの量の多さには、こんなに入れて原価は大丈夫かと心配になるほどだ。

素材選びはもとより、発酵種も製法も全て、「美味しいパンづくり」のために徹底しているのが「たま木亭」流なのだ。その心は新井シェフに脈々と受け継がれている。

「玉木さんは昔からの製法に囚われず、どんどんタブーに挑戦していくところがスゴイ」と新井シェフ。そのチャレンジ精神と独創的な発想には感心するという。

働きやすい厨房で最高のパンを

みやび亭のパンはどれもが、その食感、口どけの良さに驚く。バゲットはあくまでクラストはザクッと、クラムはモチモチとやわらかく口の中でスッと溶けていく。だからこそいくらでも食べられる。
「水分を多く入れ、高温でしっかりと焼く。これがザクッとした食感と口どけのポイント」と新井シェフ。従って高温をしっかり保てるオーブンでないと、あの食感はつくりだせないと、ドイツ製の窯を導入している。

製造は新井シェフ一人ということもあり、午前2時には厨房に入る。人を使うのはあまり得意ではないとはいえ、毎日、7種類の生地を駆使し、60種類のパンを焼き上げるのは並大抵のことではない。ダイヤグラムが頭に刷り込まれているからの神ワザといえる。約20坪の広い厨房には、分割機や食洗機を導入、省力化に努めている。冷蔵、冷凍庫も最初から備え付けを設置、働きやすさを重視している。

親子二代ファミリーが結束

日々の多忙さに忙殺される新井シェフにとって、奥様や子供たちの存在は、頑張りの大きな原動力だ。娘を抱き上げる新井シェフは、強面のパン職人から瞬時に優しい父親の顔に変わる。こうした癒しこそが新たなチャレンジへと駆り立てているようだ。

「『たま木亭』のパンは日本一」と確信してやまない新井シェフ。師匠の名に恥じないパンをと、この3年半、走り続けてきた。「正直プレッシャーはあります」と本音を語る。そのプレッシャーを撥ね退け、真摯にパンづくりに向き合う毎日だが、そろそろ自分のオリジナルのパンを開発したいと意欲を燃やす。

その熱い想いを支えるのは父母と妻子、ファミリーの固い絆である。長年パン屋を営んできた両親が、この春から自分たちの店を閉めて、「みやび亭」に加わった。厨房で息子を支える父親と、販売リーダーとして頑張る嫁を支える母親。このファミリーの結束は「みやび亭」の次なる飛躍の大きな力となろう。親子二代、羽生の人気ベーカリーとして、さらなる発展が期待される。

新井 雅也

1974年埼玉県生まれ。サラリーマンを経験、パン屋の道へ。実家はパン屋を営むが、異なるベーカリーを目指し、数軒で経験を重ねる。その後、全国のベーカリーを訪ね歩き、「たま木亭」のパンに感動、修業を申し出る。5年間玉木シェフに師事、2013年独立、「みやび亭」をオープン。

みやび亭

郵便番号/348-0052
住所/埼玉県羽生市東7-11-6
最寄駅/東武伊勢崎線、秩父鉄道羽生駅
アクセス/羽生駅から徒歩15分
電話/048-598-4693
営業時間/7:00~19:00
定休日/月曜、火曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2017年9月)のものです

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