ニッポンのブーランジェ

3業態で切磋琢磨し、お客様に感動を! vol.26 ブーランジュリー&パティスリーCALVA(カルヴァ) 田中 聡氏

JR東海道線の大船駅から徒歩3分、駅前の商店街沿いに、パンとケーキが同居するオシャレな店がある。田中聡、二朗兄弟が経営する「カルヴァ」である。2009年にオープン以来、本格的なパンと洋菓子が買える店として地元の人々に親しまれている。

本格的なパンと洋菓子が揃う

薄いグリーンの扉を開けて中に入ると、オシャレな店内には、バゲットやクロワッサンなどの多彩なパンや焼き菓子、そして美しいケーキが目に飛び込んでくる。ここは兄の田中聡氏がパンを、そして弟の二朗氏が洋菓子を担当する、パンと菓子が共演する店だ。といっても兄と弟は2人共、独立独歩、経営は別という。

今回の主人公はパン屋を経営する兄の聡氏である。店内左に設えた特注の4段の陳列棚がパンのコーナーだ。バゲット、カンパーニュなどのハード系を中心に、食事パン、惣菜パン、そしてあんぱんやメロンパンなどの菓子パンまで、ざっと80アイテムが揃う。反対側には弟の二朗氏が手掛ける焼き菓子の数々、そして奥には色とりどりのケーキ類が並ぶ。地元の人々にはカルヴァに来れば、本格的なパンと洋菓子が一カ所で揃うとして定評がある。

昼時ともなれば近隣の人々が次々と訪れ、具材たっぷりのタルティーヌ類やサンドイッチ類を買っていく。人気の食パンの焼き上がりを待って店内に行列ができる。とその時、焼きたての食パンがエレベータで降りてきた。手狭になり4階にパンの厨房を移したと語る田中シェフ、フロアは違っても不便はないという。

パンで勝負

人気商品ベスト3を挙げてもらうと、「クロワッサンと食パンとカレーパン」との答えが返ってきた。バターをしっかり使い丁寧に焼き上げた「クロワッサン」(165円)は、バターの香りとサックリした食感がたまらない。このクロワッサンは店頭販売だけでなく、焼成前冷凍クロワッサンの形でネット通販も実施しているが、人気商品という。

カレーパンが店内に見当たらないので尋ねると、1個からでも注文に応じて揚げてくれるという。「一日数十回揚げています」という店はあるが、その都度揚げるという店は初めてだ。注文すると数分で揚げたてが届けられた。少し甘めの生地でカリカリの食感、カレーフィリングの深い味わいは食べた人を虜にする。

店名にちなんでりんごをテーマにしているカルヴァでは、見た目も美しいアップルパイやタルトトタタンが目を惹くが、「それは弟の二朗の領域」と田中シェフ。その分、食事パンや多彩な惣菜パン、菓子パンに力を入れている。そのどれもが丁寧な仕上がりで完成度が高い。

渡仏し、世界を体験

田中シェフの経歴はユニークだ。元々父親がこの場所でケーキ屋を営んでいたというが、ケーキは嫌いだったと打ち明ける。高校卒業後東京プリンスホテルに入社、ここでパンの基礎を学ぶ。その後23歳の若さで渡仏、ノルマンディー地方でフランス語を学びながら欧州各国を旅して回った。
「若かったので東欧や中欧など、メジャーでないところも回りました。いろんな国を旅してみると、どこの国にもパンがあって、生活の糧として人々の日常を支えている。地味だけどそこにスゴイ魅力を感じました」
こうした体験からパン職人を志したという。ノルマンディーのパン学校で、本格的にパンを勉強する予定だったが、一時帰国した際、丸の内の「ミクニマルノウチ」の立ち上げの話が舞い込んだ。

「ミクニマルノウチ」のパン職人として

フレンチシェフとして名高い三國清三氏が、レストランとパンを合体した新業態をつくるということに惹かれ、参戦することとなる。そこには料理人やソムリエらさまざまなプロが集結。パン職人として飛び込んだ田中シェフは、毎日が大変だったという。「あの時の大変さを思えば、どんなことでも乗り越えられる」と当時を語る。6年間ミクニマルノウチで修業、その後四谷の「オテル・ド・ミクニ」で活躍。通算8年間ミクニに勤務したが、特に四谷の店は、お客様も料理人も超一流、こうしたプロたちの身近で多くを学んだと語る。
その後、インドネシアのパン屋の立ち上げ支援などの経験を重ね、2009年、地元大船に「カルヴァ」をオープンすることとなる。

3人の異才が競演

「カルヴァ」という店名は、兄弟共に修業したフランス・ノルマンディー地方の名産、りんごの酒のカルヴァドスに由来する。「パンも菓子も料理もある、ここに来ればなんでもある」それがコンセプトと語る田中シェフ。独立に当たり、1人より2人、2人より3人いた方が面白いと、パティシエの道に進んだ弟の二朗氏を説得。またミクニ時代の仲間だった料理人の鈴木謙太郎氏を巻き込み、レストランを出店させた。そして1つのビルにパン、菓子、料理が同居するというユニークな店がスタートした。3人共その道のプロであり、経営は独立採算だ。

「3人共、良き仲間でありライバル、互いに切磋琢磨することでいい店になれる」と田中シェフ。数々のコンクールで入賞経験のある二朗氏とは共同開発したり、カスタードを共有。菓子のヒット商品である焼きドーナツ「ロンロン」にヒントを得てつくったという「チョコクロ ロンロン」(226円)は、クロワッサン生地でショコラダマンドとチョコチップを包んだユニークな商品だ。


また料理人の鈴木氏からアドバイスを得た「カレーパン」(165円)は絶品で、人気商品となっている。もちろん鈴木氏のレストランでは田中シェフのパンを提供、デザートには二朗氏のケーキが提供される。3人のプロの味が提供されるからお客様には魅力的だ。
パンがマスコミで取り上げられれば、お菓子にもレストランにもお客様がきてくれる。その効果は3倍になると、3業態同居の強みを語る。「僕はなあなあの関係は嫌いなんです。だから3人共真剣勝負、いい関係ですよ」

基本を大切にきちんとつくる

4階の厨房をのぞくと軽快な音楽が流れ、田中シェフやスタッフが楽しそうに仕事をしていた。大音量で音響も抜群、音楽好きの田中シェフらしい仕事場だ。
パンづくりのこだわりは「何よりもきちんとつくること、基本を大切にしています。きちんとやらなければ独立した意味がない」と。だからこそさまざまな具材やフィリングも手づくりすることに力を入れている。

原材料については「小麦粉は特に国産小麦にこだわってはいない。そのパンにとって最もおいしくできる粉を選んでいます」
「こだわりはカルヴァの店名由来のりんごから起こした自家製酵母を使っていること」。パンの棚で目を惹くのが、ミクニ時代にフランス人の料理人ティエリ氏に習った「ティエリ」(大372円、小86円)である。りんごの酵母を使い冷蔵長時間発酵させた自慢の逸品だ。小さいティエリを使った「レーズンバターサンド」(194円)は、洋酒たっぷりのレーズンバターとずっしりとしたティエリの味わいがマッチし、一度食べたらやみつきになる。

ロデヴにも力を入れている。元ドンクで、今はパン・ド・ロデヴ普及委員会技術顧問の仁瓶利夫氏に学んだロデヴを、自分流にアレンジしたという「パン・ド・ロデヴ ショコラ」(475円)は大人の味だ。ザクッとした外側と、中の苦みの効いたチョコ風味のしっとりした食感が抜群のバランスで、ここにしかないスペシャリテとなっている。
最近はパン生地の種類を10種類に減らし、一つの生地で商品のバリエーションを考えるのが楽しいという。

ITを駆使し理想を追求

1階が店舗で厨房が4階、不便はないのかと尋ねると、「これがあれば大丈夫!」と見せてくれたのがスマホである。元々IT関連が好きで自分でプログラミングができるという田中シェフ、グーグルのアプリを駆使し、スタッフとの情報共有に活用している。「口頭や白板に書くより、正しい情報を伝えられるし、良いタイミングでチェックできるので便利。その日の仕事やチェックリストを入れておけば、やり忘れもフォローできる。こんな便利なツール、使わない手はないですね」
自分でつくったというコックピットのような執務室に設置されたパソコンの画面を見せてもらうと、1階の店の様子やスタッフが映し出されている。4階にいても1階の店と繋がっているので不自由ないという。

厨房には分割機や食洗器が揃い、仕事の効率化に熱心だ。「今の時代はより良い環境を整えることが重要」と田中シェフ、完全週休2日を実現している。今は人手不足の時代、将来は発注もロボットを活用できるようになればいいと。

今後の目標は、「ITを使いこなしもっとコンパクトに、もっとシンプルに仕事をしたい。便利な道具を使いこなし、人としてやるべきところに力を注ぎたい」と仕事の改善に熱心だ。
そして「人生には遊ぶことも大切、僕は多趣味です」と。趣味を伺うと「音楽、クルマ、パソコン、ダイビング、映画、DIY」といろいろ挙げてくれた。そこで異業種の人々と交わることが、ヒントになるのだという。「ここはパン職人とパティシエ、そして料理人が集ういわば『3本の矢』、3人切磋琢磨するから強い」と田中シェフ、その向上心は留まるところを知らない。今後どう変化していくのか楽しみだ。

田中 聡氏

1974年神奈川県生まれ。東京プリンスホテル製パン部、フランス研修を経て、99年「ミクニマルノウチ」のシェフ・ブーランジュに就任。09年弟二朗氏と共にブーランジュリー&パティスリー「カルヴァ」を、3階にはミクニ時代の友人鈴木 謙太郎氏がレストランをオープン、3業態が同居する。現在、鈴木氏は移転、スーシェフだった田口博之氏がレストランを継いでいる。

ブーランジュリー&パティスリーCALVA(カルヴァ)

郵便番号/152-0023
住所/神奈川県鎌倉市大船1-12-18
最寄駅/JR大船駅
アクセス/JR東海道線大船駅から3分
電話/0467-45-6260
営業時間/9:30~20:00
定休日/火曜、水曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年6月)のものです

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