ニッポンのブーランジェ

シリコンバレーで絶賛されたパンを東京から発信す vol.34 Boulangerie MAISON NOBU(ブーランジェリーメゾンノブ) 保要 信勝氏

都営新宿線森下駅、菊川駅、地下鉄半蔵門線清澄白川駅から徒歩7分。下町情緒とモダンなカフェなど、新しさが同居する街、東京・深川に2018年2月、オシャレなパン屋が出現した。「Boulangerie MAISON NOBU(ブーランジェリーメゾンノブ)」である。オーナーシェフの保要(ホヨウ)信勝氏は、この地に根差し、地元に愛されるパン屋になりたいと意欲を燃やす。

ハード系パンが買える店

昔ながらの商店街が広がる東京・深川、人気アニメ「のらくろ」にちなんだ「のらくろード」の一角に、「Boulangerie MAISON NOBU(以下メゾンノブ)がオープンして1年4か月、ハード系のパンが美味しい店として親しまれている。

「こんにちわ!」保要夫妻の笑顔に導かれて店内に入る。3人も入れば満員というコンパクトな店内には大きなショーケースが一つ。その中には保要シェフ自慢のパンが並ぶ。
クロワッサン、美しいデニッシュ、キューブ型のオシャレな「あんぱん」280円、星の形の「スターリング」280円、そしてバゲットやチーズクッペなど食事パンも揃う。

「食パンはないの?」「あと20分ぐらいで焼き上がります」「それじゃ待ってるわ」 奥の厨房が見渡せ、保要シェフが熱心にパンづくりに励んでいる姿が見えるのは嬉しい限りだ。
「食パンが焼き上がりました」の掛け声とともに、熱々の食パンが店頭に運び込まれる。お店が活気づきお客様の目が光る。

次から次へとお客さまが訪れ、ショーケースのパンがどんどん少なくなっていく。そして奥からは次々と焼き立てのパンが運ばれる。ショーケースの顔ぶれは時間によって変化する。人気の「フランス産発酵バター入り食パン」420円が焼き上がるのは15時頃だ。

シリコンバレーの重鎮に愛されたパン

この店の一番人気は「クロワッサン」300円だ。フランスのイズニーのバターを使ったクロワッサンは美しく、まるで芸術作品のようだ。口に入れるとジュワッと芳醇なバターの香りが広がりその美味しさに圧倒される。

この味がシリコンバレーの有名IT企業の重鎮たちをうならせ、「ノブさん今日も美味しいクロワッサンをありがとう」と、チップとしてオープンキッチンのガラスに100ドル札を貼り付けてくれたというエピソードもある。
チェリーやキウイなど季節のフルーツを使ったデニッシュ類も、かの地の人々を虜にした。「ノブのつくるデニッシュはまるでケーキのようだね」

保要シェフのパンづくりへの情熱とその高い技術力は、人々を魅了し、週末はサンフランシスコから1時間もドライブし、買いに来てくれるお客様もいたという。
「保要シェフって何者?」と気になる方に、そのパン職人としての歴史をお伝えしよう。

サッカー選手のマネージャーからパン職人に

子供の頃からパンが好きだったという保要シェフはサッカー少年で、試合の前には必ずパンを食べていた。高校卒業後は現役の日本代表選手の専属マネージャー兼トレーニングパートナーとして活躍。その後、ミラノの街で偶然出会ったパン屋に感銘を受けた。そこは自分が好きな葉山の「ブレドール」に雰囲気が似ていて、対面販売でマダムが常連さんと気さくに会話していて・・・。その情景に感動し「パン屋になろう!」と決心した。26歳のころだ。

思い立ったら即行動するのが保要流、帰国後パン屋でアルバイトを重ねた。やるなら自分が好きなパン屋で働きたいと「ブレドール」の門をたたいた。パンに関する知識も経験もゼロ。しかし橋本オーナーが想いを聞き入れ、雇ってくれた。
ここでパンづくりの基礎から全てを学ぶこととなる。自らを「努力の天才」と語る保要シェフ、悔しい思いを努力で跳ね返し、腕を上げていった。

そして2006年、カルフォルニア・レーズン協会のレシピコンテストに応募、審査員特別賞を受賞した。そのときの作品が「ラムレーズンフレンチブレッド」600円だ。ラム酒に漬けたレーズンがたっぷり入っていて、レーズン好きにはたまらない味だ。

シリコンバレーでパン屋を

入賞者へのご褒美で行ったカリフォルニア研修旅行で転機が訪れた。現地で一番おいしいと評判のパンを食べてみたが、満足できる味ではなかった。「これなら勝てる。ここに店を出そう!」と決意した。

とは言えカネもコネもない。しかし「自分はサンフランシスコにパン屋を出す!」と宣言、皆に言いふらし作戦を続けた。
何年かしてシリコンバレーの投資家から、声がかかった。

「目標を立ててそこに向かって努力すれば夢は叶う」と保要シェフ。2013年、シリコンバレーに念願のベーカリーカフェを出店することになる。70席のカフェを併設した大型店だ。そこはAppleやGoogleなど有名IT企業の集積地。その重鎮たちに「ノブがつくるパンは美味しい」とたちまた評判となった。1個5ドルもするクロワッサンは一日200個を完売した。

朝はコーヒー+シナモンを使った「モーニングバン」が、定番の食スタイルとして人気となった。ここ深川はコーヒーの街でもあるのでもっと食べて欲しいと保要シェフ。

東京・深川から世界へ発信!

そんな保要シェフがなぜ、日本でパン屋を始めることになったのか?
その理由は2つという。一つは2020年に東京で開催されるオリンピックである。50年ぶりに開催される自国でのオリンピックに、元アスリートとしての血が騒ぐのだと。もう一つはパン職人として「東京で勝負したい」という想い。一定の成功を収めたものの、そろそろライバルが欲しいということであろう。これもアスリート魂といえる。

思い立ったら即行動の保要シェフ。綿密な事業計画書をつくり、深川でひと勝負しようというのだ。この地を選んだのには理由がある。成田空港と羽田空港の中間地点にあり、銀座や東京駅からも近いので、アクセス抜群だ。そして昔ながらの江戸の文化が残る東京の下町から、世界に発信したいという強い想いもある。

「メゾンノブ」でひと勝負

出店にあたり綿密な事業計画書を作成した。立地については半径1km以内にどのぐらいの人口がいて、どんな人が居住しているか。実際に地下鉄の駅前に立ち自ら調査した。そして一日いくらの売上なら商売が成り立つか。客単価、客数をきっちり予測し、パンの価格を決定した。やや高めの価格設定も事業計画書に則ったものだ。

店のコンセプトは「パリの路地裏のパン屋さん」。売り場面積2.5坪、厨房5坪の小さなパン屋さんだ。お客様と会話ができるよう対面販売にした。
ダンナがパンをつくり奥さんが売る、夫婦二人なればこそ、人件費を心配しないで、自分たちの思い通りにやれるという。なかなかの戦略家である。オープン日は大雪の悪天候だったが、大行列ができ、全て完売したという。
「こんなに美味しいハード系のパンが、近くで買えるなんて・・・」と、地元の人々に喜ばれている。客層も幅広く「メゾンノブ」は今や着実にファンを広げている。

こだわりは「技術」と「知識」+愛

「レーズンウォルナッツ」800円は自慢の逸品だ。自家製のぶどう酵母で作った生地に、レーズンとクルミをたっぷり入れている。1個800円だが、風味が損なわれるのでカット売りはしない。「オリーブ&トマトのリュスティック」350円は、「日清製粉リスドオル40周年記念パンレシピコンクール」で受賞した作品だ。

原料については「国産にはこだわっておらず、美味しいパンをつくるための素材選びが大切」という。種はレーズン種とルヴァンリキッドの2種類の自家製酵母と、ホシノ天然酵母を使用。そしてバターはフランスのイズニーのバターにこだわっている。このバターを使ったクロワッサンは開店30分で売り切れることもあるという。お店の2階にはクロワッサンをつくる専用の部屋も完備している。

パンづくりの一切は保要シェフ一人でこなしているが、連日45アイテムをつくるのは並大抵のことではない。パンづくりへのこだわりを伺うと、「『技術』と『知識』+愛」と語ってくれた。「こうしてパン職人を続けているのはパンを愛しているから」。そしてそのことを恥ずかしがらずに表現することが大切なのだと。

夫婦二人三脚で我が道を行く

「僕は思い立ったらすぐ行動する人間なので、何も言わずついてきてくれた妻と家族には本当に感謝しています」。
奥様の未来さんが販売一切を取り仕切るが、対面販売だけに、9時のオープンから待ったなしの真剣勝負だ。その仕事ぶりには見ていて感心する。

最後に夢を伺うと、「いろいろあるが、まずはこの店を計画通りきちんと回すこと。そして将来は若い人がパン業界で活躍できる環境づくりに携わっていきたい」と語る。
保要シェフのとびっきりの笑顔が、全ての原点であろう。「大切なのはまず笑顔、だからお客様がきてくれるんです」と、カメラを向けると弾けるような笑顔を見せた。ここまでくるには幾多の困難があったろう。それをポジティブ思考で乗り越えてきたからこその今がある。異色の経歴のパン職人、保要シェフの今後の活躍に期待したい。

保要 信勝氏

1974年神奈川県生まれ。サッカー元日本代表選手のマネージャーからパン職人へ転身。神奈川・葉山の人気店「ブレドール」で修業。パリ、ブリュッセル、ミュンヘンでパン菓子、チョコレートを学ぶ。後にアメリカの起業家から投資を受け、シリコンバレーでベーカリーカフェを立ち上げ、共同経営者として活躍。現地のIT企業の重鎮達を唸らせる。2018年2月、東京・深川に「Boulangerie MAISON NOBU」をオープン、ハード系が美味しいパン屋として親しまれている。

Boulangerie MAISON NOBU(ブーランジェリーメゾンノブ)

郵便番号/135‐0004
住所/東京都江東区森下3-14-1
最寄駅/都営新宿線森下駅、菊川駅、半蔵門線清澄白河駅
アクセス/都営新宿線森下駅、菊川駅、半蔵門線清澄白河駅から徒歩7分
電話/03-6875-2253
営業時間/9:00~18:00
定休日/月曜・火曜



※店舗情報及び商品価格は取材時点(2019年7月)のものです

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