パン屋さんで活躍する女性たち
パンとお店と“私”のストーリー

みんなが笑顔になる
パンをつくっていきたいです
Bäckerei W+haus オーナーシェフ 渡邉 幸子さん

Bäckerei W+haus オーナーシェフ 渡邉 幸子さん

JRと小田急線が乗り入れる町田駅、にぎやかな北口とは対照的な南口から歩いて10分ほど、のどかな住宅地の中に「ベッカライ ダブルハウス」があります。
私は、20才で桑沢デザイン研究所を卒業し、インテリアデザイナーを目指して建築設計事務所に就職しました。夢中で仕事をして数年が過ぎたころ、休暇を取ってヨーロッパへぶらり1人旅に。ドイツのホテルで朝食に出されたパンのおいしさに感動し、いくつかのベーカリーを巡り、「パン屋になりたい!」という気持ちが唐突に沸き起こりました。そのころの私は、「組織の中で雇われて働くことが自分には向いていないのでは?」と感じてもいたのです。ドイツのあちこちの街で見かける、暮らしと仕事がひと続きのパン屋さんの営みは、とても魅力的に映りました。

「一国一城の主として、パン屋をやる!」と決めたものの、具体的に何をどうしたらいいか見当もつかず、とりあえず家庭向けのパン教室に通っていたら、恵比寿のベーカリーを紹介されました。早朝バイトでパン屋の仕事、昼前からは設計事務所で図面を引く仕事を1年間続け、28才の時に四谷のブランジェ浅野屋に転職しました。面接で社長に「いずれは自分の店を持ちたい」と訴え、常にその気持ちで仕事に取り組み、パンづくりの基本を身に着けることができました。

大手リテイルベーカリーで商品開発の仕事をしていた夫にも、もちろん結婚前に「店持つ宣言」! 長男誕生を機に退職し、パートで図面を引く仕事をしながら自分のパン屋を開くための準備を進めました。長男と3才違いの次男を出産後、店舗もほぼできあがってきた矢先、おなかに長女がいることが判明。 ようやく2003年に、1才半、3才、6才の3人の子どもを抱えて「ベッカライ ダブルハウス」をオープンしました。  

パンへのこだわり

パン生地は、イーストを減らして低温・長時間発酵でつくっているものがほとんどです。香料、改良剤などの合成添加物やマーガリンは使わず、材料はびっくりするほどシンプルなものだけ。中種を前日から仕込み、パンの種類によっては、一晩寝かせた生地を使うなど、時間をかけることで生地の味と風味はグンとよくなります。ミキサーと窯以外はほぼ手仕事で、麺棒でガス抜きして手で成形しています。

余計なものに頼らないでつくっていますから、生地の顔色を見ながら調節しています。常に同じようにおいしく焼きあげるため、厨房内の温度・湿度や仕込みに使う水の温度を調整して、捏ね上げ温度も常に一定に。それでも不思議なことに、いくらこまやかに配慮しても、生地は外の気温に合わせて発酵します。「今日は暑いね~」「木枯らしが冷たい!!」なんていう私たちの会話を聞いているのかと思うくらい。そこがまた、かわいいんです!

夫もパン職人ですが、うちのパンを食べて「口どけがいいし、おいしい。店の環境がイーストに合っているのかな」なんて言います。オープンまで時間がかかった分、イーストもこの店を気に入ってくれているのだとしたら、とてもうれしいですね。

品揃えは、菓子パンや総菜パン類は少なく、シンプルな食事パンが中心です。パンに何かをはさんだり、塗ったりは、お客様にお任せして、「このパンに何を合わせようかな?」と楽しむ余白のある、そんなパンづくりをモットーにしています。

スペシャリテの「レザン」には、大らかな格子のクープを入れて 「カイザー」の王冠模様を入れる道具は長年愛用しているもの
発酵も窯もパンの顔色を見ながら仕上げていきます 「レザン」は
大きく焼いて、量り売りに

女性ならではの苦労

女の人は子どもが生まれると母としての役割は切り離せません。すでに2人の子持ちでしたから、店舗兼自宅の物件選びも、駅近で小・中学校にも近いことが必須の条件でした。子どもが小さいうちは、月曜に仕込んで火~金曜日に営業する平日型。保育園の送り迎えや降園後のお世話などは近くに住む両親に助けてもらいました。早朝から仕込みをして、朝は住まいと店舗の間を何度も往復して、朝食をつくり子どもたちの送り出し。夫が一般の会社員だったら難しかったかもしれませんが、「バゲットをここまで仕込んだら上がって来るから」と言うだけで伝わり、その間の家のことをサポートしてくれます。

子どもの成長に合わせて、火~木を定休にする休日型の営業に。思春期にさしかかると、いろいろ難しいことも出てきて「母親が家で忙しく仕事をしているしわ寄せ?」と悩んだこともあります。学校行事やPTAなどにも積極的に参加するようにしました。働くお母さんとして、小学校で子どもたちにお話をしたり、職場見学を受け入れたりもしています。

最初のころは週末が定休で夏休みも長く、「いつ来ても休み」「趣味でできていいわね」とよく言われたものです。
それでも、めげずに13年間続けていくうちに、子どもたちがいたからこそ、地域とより濃くつながることができた気がします。家も家族もひと続きの、ドイツで出会ったパン屋さんの姿に近づいて来たのかな、とも思います。

どんなお店にしていきたいですか?

オープンして5年目くらいのときは、つくったパンを余さず活かせるように、別な場所でカフェもやりたいと夢を持っていました。そのためには、自分以外にパンをつくる人を育てる必要があり、無理して製造のスタッフを雇ったことも。今は、自分でできる範囲で、いかに長く続けていけるかに考え方をシフトしています。健康には気をつけて、立てなくなるまで、パンをつくって店を続けていきたいです。

奇をてらわず、流行を追わず、ごはんのように飽きが来なくて、みんながおいしいと満足してくれるものをつくり、「やっぱり、ここのパンじゃないとダメ」と言っていただけるようなパン屋でありたいです。 長い夏休み明け、ちゃんと動けるか、寝坊しないか、毎回ドキドキしますけれど、お店を開けると、常連のお客様が「あ~、やっとここのパンが食べられる」と買いに来てくださいます。
これからも、お母さんが子どもに安心して食べさせてあげられる、みんなが笑顔になるような、シンプルだけどおいしいパンをつくっていきたいです。

「お近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さい!」

渡邉 幸子さん お気に入りのパン

あやちゃんのほっぺ 70円(税込)あやちゃんのほっぺ 70円(税込)
食パン生地を手で丸く成形。シンプルな材料ながら、前日から中種を仕込み、発酵をしっかりとってうまみを引き出してあります。上火を切って、下火だけの遠火で6~7分、短時間で焼き上げ。軽くてふわっとして、でももっちりした食感で、しっとり吸いつくような赤ちゃんのほっぺのイメージ。そのままちぎって食べてもおいしいですし、クリームや卵サラダなどやわらかい具との相性がいいです。

クレセントロール 黒糖 140円(税込)クレセントロール 黒糖 140円(税込)
細挽全粒粉を30%配合の三日月形のドイツ風パン。15時間熟成の中種と、前日に熱湯でアルファー化させた小麦粉を合わせて本捏ね。クロワッサンのように薄く三角形に伸ばした生地にバターを塗り、八重山産本黒糖をふって三日月の形にクルクルッと巻いてあります。とがったところはカリッとして、真ん中はむちむちした食感。広島の天然塩を使った「藻塩」(税込130円)もあります。

カイザー 黒ゴマ・金ゴマ 各70円(税込)カイザー 黒ゴマ・金ゴマ 各70円(税込)
ドイツの朝食パンの定番。見た目はハードそうですが、軽くサクッとして、朝から5~6個いけます。現地とは粉も水も違いますが、フランスパン生地の配合にショートニングを加えて歯切れをよくし、ドイツで食べたおいしさを再現しています。シンプルで、何もつけなくてもおいしいですが、クリームチーズ、生ハムとレモンのサンドもおすすめです。

店舗情報

店名/Bäckerei W+haus(ベッカライ ダブルハウス)
郵便番号/〒252-0318
所在地/神奈川県相模原市南区上鶴間本町5-9-19
最寄駅/JR横浜線町田駅
アクセス/町田駅より徒歩10分
電話番号/042-854-8041
営業時間/10:00~18:00
定休日/火曜、水曜、木曜、祝・祭日

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年12月)のものです

<オススメパン>レザン 1.2円/1g(税別)
豆のつえ 260円(税込) ブルーチーズと黒こしょうのリュスティック 2.4円/1g(税別)

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