「こんなパン屋さん、今まで見たことがない!」 2013年12月、東京・代々木にパン屋「365日」がオープンしたとき、訪れた人は、誰もが叫んだ。オーナーシェフである杉窪章匡氏が目指すのは、ただのパン屋ではない「食のセレクトショップ」。パン屋というより老舗の和菓子店を思わせる店構え、店名の「365日」も斬新だ。まさに常識破りのパン屋が出現したと話題を呼んだ。
あれから約2年、日本の食材に徹底してこだわり、日本のパンに特化、独自の境地を切り拓く365日は、認知度が高まり、新しい日本のパン屋として注目されている。
店に入るとまずは、3種の食パンやライ麦のカンパーニュなどの食事パンが出迎えてくれる。ブティックのようなすっきりとしたショーケースには、小ぶりのパンがズラリと並ぶ。そのどれもが洗練されており、他にはない形、味わいを持つ。
反対側には、6席のカウンターがあり、ここで焼きたてのパンとコーヒーを味わうことができる。そのコーヒーも一杯ずつ豆を挽くところからバリスタが淹れてくれる。ここではワインのソムリエをも揃え、細部にいたるまでホンモノを貫いている。
「パン屋という括りでは見ていない。従って朝食には焼き魚など和食も提供する」と杉窪氏。パン職人ではなく食の職人なのである。
店内には、食にまつわる道具や器、コーヒー、紅茶、オリーブオイル、野菜、果物、そして米も並んでいるが、これらは食のセレクトショップに相応しく、杉窪氏が全国から選び集めた逸品ばかりである。「1年目から売上げ1億円を確保できた」と自信を見せる杉窪氏。2年目の今年も絶好調で、店にはファンが押し寄せている。
店内には杉窪氏のオリジナリティ溢れるパン約50アイテムが並ぶ。中でも存在感を放つのが、「ソンプルサン」(240円税込)で、加水100%ということから名付けられた。国産小麦キタノカオリの特長を生かしたいと考えて創り出したという。カットすると半透明の気泡膜が艶やかで、しっとりもっちりした食感と優しい味わいに圧倒される。まさに365日、毎日食べたいパンである。
小ぶりの3種の食パンも杉窪流だ。
「北海道×食ぱん」(1本430円税込)は、北海道産の小麦粉に北海道産の牛乳とバターを使用したもので、しっとりとした食感と甘いバターの香りがリッチな味わいだ。「福岡×食ぱん」(1本360円税込)は、福岡県産の小麦に福岡県産の生クリームを使用。甘さを抑えた上品な味わいが特長だ。「365日×食ぱん」(1本290円税込)は、小ぶりの食べきりサイズで、しっとりとほんのり甘く毎日食べても飽きない味だ。いずれも素材の香りと、優しい味わいが印象的である。
ライ麦のカンパーニュ「セイグル40」は、今の日本の食卓に合わせてつくられている。
ブランド豚のひき肉に7種のスパイスで作り上げたカレーにセミドライトマトを包みオリーブオイルで焼き上げた「カレーぱん」は絶品。独特の三角形をした「365日×クロワッサン」はサクサクの食感とバターの香りがたまらない。畑から採れた野菜をそのままパンに仕上げた、その名も「ハタケ」はまるで野菜料理を食べているようだ。
お薦めのパンを聞くと、「全部がシングル盤として完成されたイメージ」との答えが返ってきた。ここにある1つひとつが、杉窪氏渾身の作品なのだ。
「パンづくりで一番重視していることは、いつ・どこで・誰と・どのように食べるのかということ。お客様の状況に応じて提案できるようラインナップしているんです」
杉窪氏が創りだすパンは優しい味がする。ストイックなまでに素材にこだわり、味への追求に妥協はない。一つひとつの素材を吟味、納得のいくものだけを使い、パンに表現している。よけいなものは一切使っていない真っ正直な味がする。だからこそ毎日食べても飽きることはない。
自分の想いを具現化し、独創的なパンを提案し続ける杉窪氏は、従来製法のパンづくりに疑問を投げかける。日本の食材を使った日本人のためのパンを創りだす。だからバゲットもクロワッサンもフランスに傾倒するものではなく、あくまで日本のお客様に喜んでいだたくためのパンなのだ。
「今のパン屋さんは30年も40年も前のビジネスモデルをそのまま模倣しているように思う。もっと今の時代に合ったパンをつくるべきなのでは」と、パン業界に一石を投じる。それはパンづくりだけに留まらない。労働環境改善にも力を入れ、365日では週休2日を実現している。歯に衣着せぬ物言いは、時には誤解されることもあるが、 杉窪氏は意に介すことはない。まさに戦う食の職人なのである。
「プロである以上、オリジナリティがなければその店に行く価値はない」と杉窪氏。確かに365日の店内に一歩足を踏み入れれば、杉窪氏が有言実行の人であることがわかる。だからこそ、杉窪ファンがジワジワと醸成されている。
杉窪氏のモノづくりには妥協はない。小麦粉は国内産麦のみを使用。使う食材ほとんどを自家製にこだわる。ジャム、クリームなどのフィリングは勿論、ベーコンもハムも自家製というから、そのこだわりは半端ではない。キッシュは、卵フィリングと手作りベーコンの香りと味が絶妙で、まさにここにしかない逸品となっている。
取材中、厨房をのぞくと、杉窪氏自身がジャムづくりに精を出していた。将来はコーヒーの焙煎から自分たちでやりたいと意欲を燃やす。
杉窪氏は元々パティシエからスタートした。20歳のとき、パリ6区のジュラール・ミュロの店を見て、「自分はこれがやりたい!」と思ったと語る。仏のレストランでパティシエとして10年以上修業し、すぐ隣に料理人がいる環境で育った。だからこそ杉窪氏にとってはパンも、菓子も料理も大差はないという。
「パンは23歳の時に1年間修業しただけで、あとはデュヌラルテでいきなりシェフを務めた。通算してもパン職人としての経験は10年もないんです」と語るが、デュヌラルテを繁盛店に押し上げたのは、まさしく杉窪氏の実力といえる。
「パティシエなのになぜパン屋を?とよく聞かれるが、私にとってはパンも菓子も料理も差はない。美味しいものをつくるという味覚的要素と理論の2つの軸があれば、明日からつくれる。垣根はないんです!」
「究極の目標は世界平和です」。真顔で語る杉窪氏。その目はまっすぐで、まさに職人としての誇りに満ちている。「今は日本のパン職人が日本の小麦を使って日本のパンを焼く時代であるべきと考えています。従ってプロである我々が職人としての良心に従い、厳選したものをお客様に提供するべき。生産者が丹精込めてつくってくれる味をお客様に届けたい。生産者がつくってくれたものを継続して使用し続けることによって、生産者が安心してモノづくりができる世の中になることを応援したい」と杉窪氏は語る。
農業の未来に関わると世界平和にたどり着くのだという。そのまっすぐな志、熱い想いは、まさに日本のサムライを思わせる。
両祖父が輪島塗の職人という杉窪氏には生粋の職人魂が息づいている。日本の食材を使い、その魅力を最大限に生かした日本人のためのパンを創りだす。その熱い想いが沸々とたぎる。業界で活躍してきた人間から見ると、まさに異端児にみえる。しかし杉窪氏が創りだすパンを、お客様が受け入れるのなら、それは今の時代に合った新しい価値ということになろう。杉窪氏が次なる日本の食の未来にどのように関わり、提案していくのか楽しみだ。
杉窪 章匡氏
1972年石川県生まれ。両祖父が輪島塗職人という職人家系の血統。自身もパティシエとして職人人生を歩む。24歳でシェフパティシェに就任。2000年渡仏。2つ星「ジャマン」1つ星「ペトロシアン」を経て2002年に帰国。帰国後、数軒のパティスリーでシェフを務める。その後ディヌラルテで7年間シェフを務め、2013年12月に独立、「365日」をオープン。名古屋、福岡、東京・向ケ丘遊園などの店をプロデュース。革新的なパン職人として注目を浴びている。
365日
郵便番号/151-0063
住所/東京都渋谷区富ヶ谷1-6-12
最寄駅/小田急線代々木八幡駅、地下鉄千代田線代々木公園
アクセス/代々木八幡駅、代々木公園より徒歩2分
電話/03-6804-7357
営業時間/7:00~19:00
定休日/年中無休
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2015年9月)のものです