ニッポンのブーランジェ

効率よりお客様の笑顔を重視したい
vol.08 ブーランジュリークルミ 福井 清史氏

さいたまのターミナル、大宮駅から東武野田線に乗り換えて10分。のんびりとした雰囲気の七里駅から歩くこと15分。県道沿いに小さなパン屋さんが見えてくる。「ブーランジュリークルミ」である。平日でも11時ともなれば、店はお客様で満杯。小さな売り場には、約200種類のパンがズラリと並び、お客様を待ち受けている。

地元に寄り添う人気店

オーナーシェフの福井清史氏が、東京都心から離れたこの場所に「ブーランジュリークルミ」をオープンしたのは2009年10月のことだ。以来、「あそこのパンは美味しい!」というお客様の口コミで、人気店へと成長した。 

「隣町に自宅を購入したので、この辺りでいい場所を探していました。ここは県道沿いで、ドラッグストアの隣と絶好の場所。しかし駅からは遠いので、当初平日の売上は5、6万円程度と思っていた」と福井シェフ。しかしその予想をはるかに超えた人気店へと成長した。

売り場面積4坪に、平日の11時ともなれば、お客様がひっきりなしに訪れ、途切れることはない。客層は幅広く、小さな子供連れの30代と思しき主婦やシニア層、近隣の会社の従業員と男性客も多い。

皆、「昼食はあそこのパンを食べるのが日課」と、決めているかのように、好みのパンを求めて、次々と押し寄せる。平台には続々と焼きたてのパンが並び、厨房も売り場もさながら戦場だ。

ワクワクするようなパン屋を

小さな売り場にぎっしりと並んだパンの種類は、菓子類を入れると約200種類に及ぶ。中でも自慢は50種類の惣菜パンと、40種類のサンドイッチだ。「よくもこんなに!」と思うほど、ズラリと並んだパンの中から、好きなものを選ぶ楽しみは格別。毎日通っても、訪れるたびにワクワクさせられる。

松戸の『ツオップ』や、神戸の西川シェフ時代の『コムシノワ』のように、平台に溢れるほどパンを並べ、お客様をワクワクさせるようなお店にしたかった」と語る。

もともと料理が好きという福井シェフ、商品開発には余念がない。家で作って美味しかったメニューや、外食で食べた味など、日々の食体験が開発のヒントとなっている。だからこそ、ここにしかないアイデア満載のパンが並ぶ。

棚いっぱいにパッチワークのように並べられたパンは、惣菜パンやサンドイッチだけではない。菓子パン、デニッシュ、食事パンも揃う。まさにパンのパラダイスだ。

中でも売れ筋を紹介してもらうと、一番人気商品は「究極のメロンパン」172円という。ブリオッシュ生地に塩味のバタークリームを包み、マカロン生地を乗せたもので、外側がサクサクで中はしっとり、コクのあるバタークリームが印象的だ。

2番目は「ショコラノア」172円だ。フランスパン生地に、これでもかというほどチョコレートとクルミが入り、その絶妙の食感が贅沢な味わいとなっている。

「実は全部が人気です。一つの商品に頼らない戦略にしているんです」と福井シェフ。そこにはこれだけの多品種でありながらも、一つひとつの商品に想いを込めて開発したという自負が表れている。それぞれにファンがついていて、すべての商品に思い入れがあるということなのであろう。

サンドイッチと総菜パンで勝負

サンドイッチメニューの中でも、一見、焼きそばパン風の「豚骨醤油」259円は、食べてびっくり。焼きそばではなく、豚骨醤油ラーメンを和え麺風にして挟んだもので、一日6個のみの限定品だ。

「スモークチキンのプロヴァンス風」280円、「フレンチ仕立てのポークソテー」240円、「帆立と海老とアボカドのフォカッチャサンド」324円、「自家製ハンバーグの絶品バーガー」348円と、ボリュームたっぷりのサンドイッチが並び、お客様を喜ばせる。

具材に合わせてフォカッチャ、バンズ、バゲットなどパンを選んでいるが、そのどれもが食べやすく、具材とのマッチングがここにしかない味をつくり出している。

最近のこだわりは、自家製のパテやローストビーフを使った新メニューとのこと。ちょうど伺ったとき、厨房ではシェフ自慢のパテを挟んだサンドイッチを仕上げていた。今後は様々な具材の手づくりにチャレンジし、これを使った新メニューを増やしていきたいという。

惣菜パンのメニューも充実している。最近巷で人気の塩パンだが、ここのはまさに福井流。数種の発酵種を併用、オーバーナイトで発酵させたハード系の生地を使用し、もっちりとした食感はお年寄りでも食べやすく工夫している。「塩パン」108円をベースに、塩トマト、塩パンきのこ、ラタトゥイユ、塩パンバジル。タルトフランベなど7、8種のバリエーションがある。

「イベリコ豚の焼きもろこしバター醤油」194円、「デミグラきのこハンバーグ」172円、「具だくさんビーフシチュー」172円など、まるで料理がそのまま焼き込まれたような惣菜パンのオンパレードに、お客様の笑顔が広がる。

人気店で修行、実力をつける

今や人気ベーカリーを率いる福井シェフだが、パン屋を目指したのは予備校生時代という。もっともそこには、神戸の学校に通っていたころの美味しいパンの思い出が交差する。「西宮にいた頃よく買っていたパンが美味しくて・・・。今考えるとそれが「ビゴの店」のパンだったんです」。その美味しい体験が、福井シェフをパン職人の道へと導いたといえそうだ。

東京製菓学校に進み、マルジュウ、ダロワイヨで修行。その後ドンクに6年間勤務した。ジョアン池袋三越店に配属されたが、その時の上司が「ブーランジュリーオーヴェルニュ」のオーナーシェフ、井上克哉氏だった。

井上シェフというと、多くのベーカリーコンテストで輝かしい受賞歴を持つ、チャレンジ精神旺盛なシェフとして有名だ。その愛弟子として、福井シェフも様々なことを学ぶことになる。当然、コンテストにも参加、多くの受賞歴を持つ。店舗には受賞の盾やトロフィー、メダルが飾ってあり、その栄光を感じることができる。

ドンクでの修業の後は当時の伊藤忠ライスで新店立ち上げに加わり、ここで店舗経営をみっちり学ぶこととなる。そして予定通り、2009年35歳で独立、ブーランジュリークルミをオープンした。

店名のクルミはお嬢さんの名前とのこと。ここからもアットホームで親しみやすい店を創りたいという福井シェフの温かさが伝わってくる。

こだわりすぎず味を優先

パンづくりへのこだわりを伺うと「こだわりすぎずおいしさを優先している」ときっぱり。「最近国産粉オンリーなどにこだわる人が多いが、私は特別こだわりはない。美味しいものをつくるのが一番」と。

一番気遣っているのは「食べやすさ」という。「今、キューブ型とか、いろいろなパンがつくられているが、実はパンは丸い形や楕円形が一番食べやすい。コンテスト向けに過去にはとんがったパンをつくったが、パンは食べやすいのが一番。この店ではとにかく地元の人たちに喜んでもらえるパンづくりに徹底しています」

福井シェフの優しさが一つひとつのパンに滲みでている。だからこそ「あそこのパンは美味しくてリーズナブル」と地元客に支持されているのだ。

サンドイッチや惣菜パンなど「こんなに材料使って、丁寧にやっていたら作業効率が悪いことは確か。でも効率よりお客様の笑顔が重要だと思っているんです」

しかもこれだけ材料を使っていたら当然原価率は高くなる。しかしお客様に喜んでもらえれば、それが一番、と意に介さない。だからこそ福井シェフのパンを求めて、お客様が集まってくる。

地元に密着、美味しいパンを届けたい

どんなパン屋さんを目指しているかとの問いには、京都の人気ベーカリー「たま木亭」との答えが返ってきた。「狭い店舗にぎっしりとパンが並び、そのどれもが完成度が高く、その美味しさに感動する。あんな店を目指したい」と熱心に語ってくれた。

将来の夢を聞くと、ウーンと考えながら、「このまま地元でパン屋を続けたい」とポツリ。そしてパン作りだけに没頭するのではなく、家庭や自分の趣味も大切にする生き方をしたいと。

マラソンが趣味という福井シェフ。最近はフルマラソンにも挑戦、地元のマラソン大会への出場を楽しみにしているという。人生設計通り35歳で独立、人気のパン屋を創り上げた福井シェフ。今後も地元の人々に寄り添った、食べやすくてリーズナブルなパンで、お客様に喜んでもらいたいと語る。

真面目で誠実、その人柄がパンづくりに表れているかのようだ。現在パン職人4名、サンドイッチ製造3名、販売2名(ピーク時)で、切り盛りしているが、スタッフのチームワークは抜群。短時間でこれだけの種類の商品をつくるのは並大抵のことではない。各人が互いに気を配り、テキパキと仕事に励む。これも福井シェフの誠実な人柄があればこそともいえる。

「こんなパン屋さんが近くにあったらいいな」と思わせる、まさに地域に愛されるパン屋さんとして、更なる成長が期待される。

福井 清史

東京出身、1974年生まれ。東京製菓学校卒業後、板橋の「マルジュウ製パン」、「ダロワイヨ」で修業。その後、ドンク東京で6年間勤務、製造チーフに従事。その後伊藤忠ライス株式会社にてアンテナショップ「プレーゴ」の立ち上げに参加。2009年10月に「ブーランジュリークルミ」をオープン。製パンコンテスト受賞多数。

ブーランジュリークルミ

郵便番号/337-0008
住所/埼玉県さいたま市見沼区春岡1-22-1
最寄駅/東武野田線七里駅
アクセス/七里駅から徒歩15分
電話/048-685-0444
営業時間/7:00~18:30
定休日/水曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年4月)のものです

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