ニッポンのブーランジェ

素材を吟味し手づくりの美味しさで勝負したい vol.20 boulangerie nukumuku(ブーランジェリー・ヌクムク) 与儀 高志氏

田園都市線三軒茶屋駅から茶沢通りを歩くこと8分。ベーカリーカフェ「nukumuku」(以下ヌクムク)が見えてくる。練馬で超人気店「ヌクムク」を展開していた与儀高志シェフが、この地に移転して1年。美味しいパンと、カフェメニューが味わえる店として親しまれている。

個性溢れるパンが買える店

看板には「nukumuku」と書いてあり、夏季限定のかき氷の旗がひらめくここは、パン屋というよりハンバーガー店かと思う外観だ。中に入ると1階はベーカリー、2階はカフェで、料理とパンそしてお酒も楽しめる。
1階をのぞくと平台と陳列棚には、与儀シェフ自慢のパンがズラリと並ぶ。夏場は春、秋と比べたらアイテム数は半分ぐらいというが、それでも70~80アイテムが揃う。
平台には人気の「奥久慈卵のクリームパン」210円(税別)や、「フランスパンドーナツ」230円(税別)。福岡のかねふくの明太子を使った「明太フランス」170円(税別)など、こだわりのパンが並び、お客様の眼を惹き付ける。

中村橋の店でも大人気だったもちもちの食パンや「長時間熟成バゲット」300円(税別)、こだわりの具材をたっぷりのせたタルティーヌは道路側の陳列棚に、そして人気のコッペパンサンドやバゲットサンドは奥の棚に並ぶ。そこにはボリュームたっぷりの「焼きそばパン」330円(税別)もある。そのどれもが個性的で完成度が高く、三軒茶屋のパン好きたちをうならせる。

パン生地はもとより、フィリングも全て素材を厳選し、一から手づくりしているという与儀シェフ。その自慢のパンを見ながら、「今日は何を買おうか」と迷うのも、至福のひとときだ。

こだわりの逸品が勢揃い

人気メニューベスト3を挙げてもらうと、1位は「奥久慈卵のクリームパン」という。コクがあって濃厚な味わいの、奥久慈卵を使った自家製カスタードの美味しさは格別だ。

2位は「世田谷もちもち食パンスペシャル」380円(税別)だ。「こんなモチモチ食感は初めて!」というぐらいモチモチ、プルプルした食感は、他では味わえない。多加水で、湯種、自家製酵母を使い、長時間発酵で試行錯誤を重ねて創り出した与儀シェフのスペシャリテだ。

そして3位は「フランスパンドーナツ」という。フランスパン生地を3日間熟成させ、粉の旨みを引き出したというドーナツは、しっかりとした噛み応えとモチモチした食感が、一度食べたらクセになる。お土産にとたくさん買い求めるお客様もいるほどで、この食感と味に多くのファンがついているようだ。「まだ誰もつくってないパンをつくりたかった」と与儀シェフ。「これをドーナツのスタンダードにしたい」と語る。

「魚介の自家製カレーパン」280円(税別)も自慢の一品だ。香味野菜と魚介類を煮込み、10種類のスパイスを入れたカレーパンは、まさに料理そのもの。その風味豊かな味わいはここにしかない。

与儀シェフに、ぜひ食べてもらいたいお薦めを伺うと「全商品です」ときっぱり。どの商品にも、生み出されたストーリーがあり、絞ることはできないと。材料選びから、発酵・製法と、最良のマッチングで手づくりするからこそ、その作品には全て与儀シェフの想いが込められているというわけだ。

アメリカンアンティークが溢れるカフェ

ヌクムクの特長は、本格的な肉料理とパンが味わえるカフェを併設していることだ。2階はアメリカンアンティークで溢れ、まるでおもちゃ箱の中に迷い込んだようだ。天井近くまで飾られたグッズ類の数に驚くが、これらは全て与儀シェフが趣味で集めたのだという。眺めているだけでどこかなつかしく、癒される。

「パンだけが目当てではなく、お店に来ること自体にワクワクしてもらいたいし、ゆっくりくつろいでもらいたい」と与儀シェフ。
そのサービス精神はメニューにも表れている。特に「パン盛り合わせセット」は、パンが7、8種類に、トッピング3種とドリンクが付いて900円という破格の値段だ。「これって天国ですよね」と常連客らしい2人連れ。食べきれないものはお持ち帰りOKだ。
「なぜあんなに盛りだくさんに?」との問いに、「中途半端にやっても面白く無い。やるならとことんやらないと」と笑顔を向けた。

ドリンク類も北海道十勝の無農薬有機栽培ハーブティや有機栽培の紅茶、クラフトビールやナチュラルワインなど、そのこだわりは半端ではない。夏はかき氷を提供しているが、そのシロップも全て手づくりという。
こうしたバール的な店をずっとやりたかったと与儀シェフ。「これからはパンを追求するだけではダメ、いろんな引き出しを持っていないと生き残れない」。そこには並々ならぬチャレンジ魂がみてとれる。

独立を目指して数カ所で修業

与儀シェフがパン屋を志したのは、20歳の頃だ。食べることが好きで飲食業を目指していたが、パン屋もいいなと。そしてまずは「ドンク青山店」に就職、昼はドンクで働き、夜間の専門学校に通った。その後「ミクニ丸の内」に転職、料理やケーキをつくる環境で刺激を受けた。しかし独立するには個人店で修業したいと選んだのが、中目黒の「ナイーフ」だった。「厳しかったが谷上さんのパンを学びたいという気持ちが強かった」と当時を語る。

パンだけでなく最初からカフェも併設したいと思っていた与儀シェフ、次は練馬・氷川台の「アンジェリーナ」で修業。惣菜やケーキ、カフェメニューについても学ぶこととなる。さらに、「ペルティエ」では、志賀勝栄シェフのパンづくりも学んだ。
今のヌクムクのパンはこうした修業先で学んだことと、シェフのチャレンジングな情熱が組み合わされて生まれたものだ。だから誰にも真似できない。

「ヌクムク」オープン

さまざまな経験を積み重ね2006年、満を持して「ヌクムク」をオープンすることとなる。練馬の中村橋を選んだのは、奥様の実家に近かったからという。
「ヌクムク」という店名について伺うと、お客様にゆっくり、パンやお店の温もりを感じてもらいたい。と思ってつけた造語なのだという。

与儀シェフの個性あふれる店はたちまち話題となり、「練馬にヌクムクあり」と、マスコミにも取り上げられ、繁盛店としてその地位を築いていった。その店を閉店し、2016年9月、世田谷の三軒茶屋に移転したのだから、皆驚いた。「なぜ三軒茶屋に移転?」その疑問をぶつけてみた。
「三軒茶屋は以前住んだことがあり土地勘があったこと、そしてパンを食べる人も多く、街としてのブランド力がある。ここでより多くの人に自分のパンを食べてもらいたかった」。
「パンの激戦区にオープン!と、多くの人に言われるが、自分はなんとも思っていない。確かにパン屋は多いが、僕は近所ではなく世界中の人々を唸らせたいと思ってますから」と自信を見せる。
この店のコンセプトを伺うと、「やりたいことをやる店」と即答。自分の想い、実力を思いっきりぶつけたいということなのであろう。

信頼できる材料で美味しくつくるのがパン屋の仕事

ヌクムクで使っている材料は、全て吟味を重ねて選んだものだ。「その生産者の生き方や思いに共感し、選ぶことが多い」と与儀シェフ。その年の気象条件で出来不出来があっても、それを美味しくつくるのがパン屋としての私の仕事」と熱く語る。生産者の想いに共感し、それをパンとして表現し、お客様に届けたいという情熱が、ヌクムクの美味しさの原動力となっている。

心を込めて一から手づくり

「きちんとしたものを安心して食べてもらいたい、特に自分の子供が生まれてから、より一層その想いが強くなった」と与儀シェフ。カスタードはもとより、北海道の小豆を使った餡、ホワイトソース、ミートソースも全て手づくり、化学調味料無添加だ。

「自家製くんせいチキンとポテトとモッツァレラチーズのパン」330円(税別)は、鶏肉の燻製からトマトソースも自家製だ。その徹底ぶりが与儀流といえる。

もちろん発酵種にもこだわっている。サワー種、ルヴァン種はもとより、味噌種なども使用、個性的なパンづくりに力を入れる。この日焼いていた「九州麦麹みそとトウモロコシのリュスティック」280円(税別)は、味噌種を使ったものだ。その香ばしさともっちりした風味はまさに絶品だ。

2階のカフェメニューもほとんどが自家製だ。ソーセージやベーコンなどのシャルキュトリや、スモークサーモンも自家製という。
「前菜の盛り合わせ」1100円(税別)に盛りつけられた料理も、全て手づくりだ。その一品一品のチャレンジングな味わいが、訪れる人を魅了する。ここにはパン屋の理想的な姿があるようだ。

三軒茶屋でも一番を目指す

「中村橋の時のお客様がここまで買いにきてくれる」と与儀シェフ。まさにファンがヌクムクを成長させている。

様々なお店のシェフ達が時間をつくってお店に訪れると言う。皆個性的で元気印のパン職人たちだ。こうした同世代の仲間と切磋琢磨しながら、さらなる高みを目指していくのであろう。
「練馬で成長させて頂いたので、次は三軒茶屋でも一番を目指したい。まずはしっかり地盤固めをし、もっと多くの人に自分のパンを食べてもらいたい」と与儀シェフ。そのシェフを支えているのが、パティシエでもある奥様だ。販売から2階のカフェ、そして製造と奥様の役割は大きい。研究熱心でチャレンジ精神にあふれる与儀シェフの今後の活躍が楽しみだ。

与儀 高志

1976年神奈川県生まれ。アパレル関係を経験後、バンタン製菓学院の夜学に通いながらドンク青山店でパン修業を始める。その後ミクニ丸の内、中目黒のラ・ブランジェ・ナイーフ、氷川台のアンジェリーナ、赤坂と銀座のペルティエで修業。2006年練馬・中村橋に「nukumuku」をオープン、繁盛店として知られる。2016年現在の三軒茶屋に移転、新たなスタートを切る。

boulangerie nukumuku(ブーランジェリー・ヌクムク)

郵便番号/154-0004
住所/東京都世田谷区太子堂5丁目29-3
最寄駅/田園都市線三軒茶屋駅から徒歩8分
電話/03-6805-5411
営業時間/ショップ 8時~20時、カフェ 8時30分~ 金曜・土曜 20時、その他 18時閉店
定休日/月曜・第1、3、5火曜・祝日営業

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2017年9月)のものです

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