ニッポンのブーランジェ

パン職人と経営者の二刀流でお客様に価値を vol.21 トラスパレンテ 森 直史氏

東急東横線中目黒駅から徒歩3分。昔ながらの商店街にオシャレなベーカリーカフェがある。「トラスパレンテ」である。イタリアのレストランで修業した森直史オーナーシェフが、この場所に移転して2年。美味しいパンとカフェメニューが楽しめる店として愛されている。

美味しいパンが揃う日常使いの店

高層ビルと昔ながらの商店街が共存する中目黒。駅から3分の中目黒商店街を入ってすぐのところにトラスパレンテ一号店がある。ここは日本とイタリアのレストランでパンと菓子を学んだ森シェフが、“日常使いの店を”と願い出店した店だ。ハーブの鉢植えを配置したオシャレなエントランスは、一見パン屋とは思えないが、店には次から次とお客様が訪れる。中に入ると、右側の大きな平台にはさまざまなパンや洋菓子が並び、反対側は居心地の良いカフェスペースとなっている。

やや高めの平台には、バゲットやカンパーニュなどの食事パン、そして具材たっぷりの惣菜パン、デニッシュ、菓子パンなどがズラリと並ぶ。サンドイッチも含め約120アイテムが揃う中から、その日のお気に入りを探すのも楽しいひとときだ。
パンだけではなく、ここではケーキ類も充実。パン・菓子、そして焼き菓子やジャムまでが揃い、近隣の人々には日常使いの便利な店として愛されている。

昼前ともなれば、フォカッチャ、ピザ類などの惣菜パンが揃い、そのバラエティに圧倒される。イタリアのレストランで修業していただけに、イタリア名のパンが多いが、そのどれもが具材たっぷりで、まるで料理がパンになったようだ。中でも「ゴルゴンゾーラとはちみつのピザ」397円(税込)は、その独特の香りとはちみつの甘さがマッチし、一度食べたら忘れられない味として人気商品となっている。

奥からレジに向かって進むと、真ん中あたりで目を惹くのが「ガッティ」117円(税込)と呼ばれるミニデニッシュだ。美しく盛りつけられた姿は、見ているだけでワクワクする。
また「この長さはどのくらいあるんだろう?」と目に止まるのは、「コンミエーレ」247円(税込)だ。セージバターとハチミツをトッピンクした50cmほどの棒状のスティックパンで、その甘じょっばさとバターの香りが、リピーターを引き寄せる。ズラリと並ぶパンはどれもが個性的で完成度が高く、中目黒のパン好きたちをとりこにする。

オリジナリティ溢れる商品が充実

人気メニューベスト3を挙げると、1位は角食の「パンカレ」290円(税込)と山型食パンの「プリマベーラ」300円(税込)がある。食パンは日常食べるものだから敢えて200円台にしていると森シェフ。北海道産の小麦粉を使い、ポーリッシュ製法でつくりあげた食パンは、その豊かな風味ともっちりした食感がやみつきになる。

2位は「グラノ」247円(税込)だ。枝豆とベーコンとチーズがたっぷり入った惣菜パンだが、もちもち食感の生地とたっぷり入った具材の味がなんともぜいたくで、食事にもおつまみにもピッタリだ。

そして3位は「ガッティ」117円(税込)である。ガッティとはイタリア語で猫の意味。小さくて可愛らしいミニデニッシュは、イチジク、オレンジ、杏、洋ナシ、チェリーの5種類が揃い、購買意欲がそそられる。買いやすい価格だけに、惣菜パンとともにスイーツ感覚で買っていく人が多い。生地重量20gというミニデニッシュだが、洋菓子も得意とするトラスパレンテだけに、その完成度は高い。

森シェフに、ぜひ食べてもらいたいお薦めを伺うと「自家製酵母の発酵バターのフィセル」347円(税込)を挙げた。上からたっぷりとトッピングした発酵バターと塩味の絶妙な味加減と食感をぜひ味わって欲しいという。

居心地の良いカフェが人気

当初からカフェ併設を意識していた森シェフは、細長い店内ながら15席ほどのカフェスペースを確保。フラットでバギーカーでも入りやすいこともあり、乳幼児を連れた母親や、近隣のOL、お年寄りらの憩いの場として活用されている。
イタリア製のエスプレッソマシンを導入、コーヒーの味にこだわる森シェフ。パンはオーブンで温め、熱々を提供している。
アレンジコーヒーやスープ類も充実。取材日は秋真っ盛りで、「鳴門金時いものポタージュ」を提供していたが、レストラン出身だけに、その味は本格的だ。また子供用のドリンク類は100円と嬉しい価格に設定。ソフトクリームも揃えており、朝食からランチタイム、ティータイムと、使い勝手の良い店として常に近隣の人たちで賑わっている。

イタリアのレストランで修業

高校生の頃から料理人になりたかったという森シェフ、幾つかのレストランでパティシエとして修業していたが、パンがあると扱える食材が増えるし、サンドイッチも提供できていいなと。その後23歳でイタリアに渡り、フィレンツェとボローニャのレストランでパンとケーキ部門の統括として働いた。
帰国後はオーバカナル銀座店で、パンづくりを修業。オーバカナルはカフェ、レストラン、ベーカリーも手掛ける大型店でかなり多忙だった。パン職人として研鑽を積むとともに、店づくりなど、飲食業についても学ぶこととなる。「忙しい店だったのでかえって勉強になった」と当時を語る。
トラスパレンテはパンだけでなく本格的な洋菓子や焼き菓子も充実しているが、森シェフのこうした経験が生かされているといえる。

28歳で「トラスパレンテ」のシェフに

日本、そしてイタリアでさまざまな経験を積み重ね、2008年、中目黒にトラスパレンテをオープンすることとなる。「トラスパレンテ」とはイタリア語でクリア、透明という意味。「トラスパレンテという音の響きがいいのと、お客様にクリアな気持ちでモノづくりをしたい」との思いが込められているという。この店名を20歳の頃から決めていたという森シェフ、12年にはオーナーシェフとなる。
当初は中目黒商店街の奥の方にあったが、もっと駅近くでカフェを本格的にできるところをと物件を探し、2015年9月に現在の場所に移転した。

店づくりについてのコンセプトを伺うと、「オープンキッチンにすることと、焼きたてを提供すること」という。中目黒店は厨房でスタッフが忙しく働いているところが見えるが、次々とパンやケーキが出来あがる様子が見えるのはワクワクする。
「常に熱々を提供するために小まめに何度も焼いている」と森シェフ。こうした細かい気遣いが繁盛店を創りあげているといえそうだ。

スタッフを育て6店舗を経営

森シェフのすごさはこの中目黒店だけでなく、学芸大学店や、都立大学店と次々とトラスパレンテをオープンし、また別ブランドで飯田橋、立川などにも出店していることだ。まだ38歳の若さだが、6店舗を運営するオーナーとして活躍している。細身の体に秘められたそのパワーに驚く。

「店づくりには立地が重要な要件」と森シェフ。住宅地と商業地が重なるところで、駅から2、3分の場所が理想的という。地元の主婦だけでなく、OLなどのランチ需要があるところで良い物件を探し続けている。そのためにはマネージャーを配置、常に物件を探し続けるとともに、店舗運営を強化している。

6店舗はすべて森シェフが経営、支店方式で出店している。「ベーカリーは初期費用がかかるため、独立するにはリスクが大きすぎる」と。頑張れば店長として店を任されるとあって、スタッフのモチベーションが上がる。そのためにアルバイト時代から店長候補の育成に余念がない。

中目黒店では店内に4人、厨房では4人のスタッフが生き生きと働いている。そのフレンドリーな接客、てきぱきとした働きぶりに感心する。このスタッフたちの力が店繁盛の源泉であることを森シェフは承知している。だからこそ頑張るスタッフに報いたいという熱い想いがあるのであろう。

商品開発については森シェフを中心に行うが、全店共通アイテムは6割程度で、あとは各店舗のニーズに合わせて任せているという。但し「食は嗜好品なので流行をはずさないよう常にマークしている」と森シェフ。6店舗を経営する敏腕経営者としての顔を覗かせる。

パン職人と経営者の二刀流

「普段はここ中目黒店で毎日パンを焼いています」と語る森シェフ。取材した日も大きな3段のオーブンの前に陣取り、多品種のパンを次々と焼きあげていた。「できるだけ焼きたてを提供したい」という。複数のパンを同時進行で仕上げていくそのスピードには目を見張る。ダイアグラムがきっちり頭に埋め込まれていればこそと感心する。

そしてそれは森シェフだけではない。厨房にいるスタッフも皆、すごいスピードで作業を行っており、そのスキルとモチベーションの高さがはっきりと伝わってくる。
「近隣のお客様の日常生活に密着した店でありたい」と森シェフ。完成度の高いパンとコーヒー。まさに中目黒の人々にとってトラスパレンテは無くてはならない店となっている。

2018年にはさらに2軒を出店する計画だ。今後はパンとケーキを軸に、雑貨を手掛けたいと語る。既に立川店では「パン+雑貨」の店を展開している。パン職人と経営者の二刀流で、あらたな価値を創り続ける森シェフ、今後どんな店ができるのか楽しみだ。

森 直史氏

1979年東京生まれ。高校卒業後専門学校在学中に、フォーシーズンズホテルでイタリア人シェフに出会い、イタリアのパンや菓子に興味を持つ。その後いくつかのレストランを経験、菓子の道を選び、イタリアに行くことを決意する。23歳でイタリアに渡りフィレンツェ、ボローニャのレストランで4年間経験、ボローニャの店ではドルチェ、パンの統括シェフを務める。帰国後オーバカナルでパン職人として修業、2008年中目黒のトラスパレンテのシェフに。2012年オーナーシェフとなる。その後学芸大学店、都立大学店などトラスパレンテのブランドで3店、別のブランドで3店、合計6店を経営。2015年、中目黒店は現在の場所に移転しリニューアルオープン、人気店として愛されている。

トラスパレンテ 中目黒店

郵便番号/153-0051
住所/東京都目黒区上目黒2-12-11
最寄駅/東急東横線、地下鉄日比谷線中目黒駅から徒歩3分
電話/03-3719-1040
営業時間/9時~19時
定休日/火曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2017年12月)のものです

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