ニッポンのブーランジェ

丁寧な仕事で美味しさを届けたい vol.22 BOULANGERIE E.S.(ブーランジェリー エス) 島田 英治氏

JR横須賀線で東京駅から約1時間。逗子駅に降り立つ。駅前の商店街を歩くこと5分。池田通りにオシャレなパン屋さんが見えてくる。岐阜高山の「トラン・ブルー」で修業した島田英治オーナーシェフが、この地にBOULANGERIE E.S.(以下ブーランジェリー エス)をオープンして10年。美味しいパンが買える店として地元の人々に愛されている。

トラン・ブルー仕込みのパンが買える店

海の香りがする湘南・逗子。鎌倉に抜ける池田通り沿いに「ブーランジェリー エス」がある。ここは飛騨高山の名店「トラン・ブルー」成瀬正氏の元で修業した島田英治シェフが、弟子としては初めて関東地区に出店した店だ。黒を基調としたオシャレなエントランス。中に入ると、シックで落ち着いた店内には、さまざまなパンが並び、島田夫妻の「いらっしゃいませ」の明るい笑顔が出迎えてくれる。

陳列棚には、自慢のクロワッサンや、ヴィエノワズリ、惣菜パン、菓子パンなどがズラリと並ぶ。正面の平台にはバゲット類が。そして入口横の冷蔵ケースにはデニッシュ類やサンドイッチが並び、昼時ともなれば、近隣の人々が次々と訪れ、お目当てのパンを買っていく。

取材した12月、店頭を飾るのは「シュトーレン」である。「昨年、修業先のトラン・ブルーのシュトーレンが、日本経済新聞で美味しいシュトーレン1位に選ばれて以来、ウチの店でも一段と人気になりました」と島田シェフ。大3,500円(税別)と小1,850円(税別)の2種類を用意しているが、既に予約でいっぱい。店頭に並ぶのはわずかという。大小合わせて500個はつくるというが、今やこの店の名物になっている。

フルーツやナッツをふんだんに使ったトラン・ブルー仕込みのシュトーレンは、しっとりとして奥深く、まるで和菓子の味わいを思い起こさせる。

完成度の高い商品

クロワッサンやバゲット、フルーツのデニッシュなど、この店の人気商品はほとんどがトラン・ブルーの味を受け継いでいると語る島田シェフ。つくりだすパンはそのどれもが完成度が高く、「ここでこんなに本格的なパンが買えるなんて」と地元のパン好きをうならせる。
ここの一番人気はなんといっても「クロワッサン」160円(税別)だ。10年前から一度も値上げしていないというが、その形、サックリと軽い食感、バターの香り豊かな味わいは絶品で、食べた人を虜にする。

季節限定の「紅玉のデニッシュ」は、紅玉を贅沢に使いタルトタタン風に仕上げた逸品。島田シェフオリジナルの作品で、丁寧な仕事ぶりがうかがえる。

外側はサクッと中はもっちりした「バタール」280円(税別)は口溶けがよく、近隣のレストランでも使ってもらっているという。そのフランスパン生地を使った「オリーブ」210円(税別)は、アンチョビオリーブがたっぷりでワインなどのお酒にもよく合う。

トランブルーでパンの奥深さを学ぶ

服部栄養学院を卒業後、料理人として都内のレストランで働いていた島田シェフ。パンを任されて焼いているうちに、パンの面白さに目覚め、浦安のシェラトン・グラン・デ・東京ベイでパンを学ぶこととなる。6~7年修業した頃、幸運にもトラン・ブル一で修業する機会を得た。
当時のトラン・ブルーは、成瀬正氏がクープ・ド・モンドの日本代表に選ばれた頃。今ほど有名ではなかったが、独立志望の仲間が6、7人修業していた。子供の頃からパンは好きだったという島田シェフ、水を得た魚のように成瀬師匠のパンづくりに没頭した。
「ただパンを焼くだけでなく、パンの奥深さを学びました。講習会の助手としてよく同行したが大変勉強になった」。
一見強面の成瀬師匠だが、スタッフには大変丁寧に教えてくれたという。どんな質問にも丁寧に答えてくれ、まるで「毎日が講習会」のようだったと当時を振り返る。

独立は逗子で

4年間成瀬師匠のもとで修業を重ねた島田シェフ、2007年、逗子に「ブーランジェリー エス」をオープンすることとなる。1年ぐらい出店場所を探したが、「逗子の土地柄、上質を求める人たちが住んでいそうなところがいいなと。外国人も多いし、初老の男性がバゲットを買いにこられる町ってそうないでしょう」。今や本格的なハード系のパンが買える店として、すっかりこの町に溶け込んでいる。

店のコンセプトはただ一つ「美味しいパンを提供すること」。トラン・ブルー出身であることは島田シェフが思っていたより大きく、お客様の期待値が高かったという。上質な雰囲気が漂うファサードやクラシカルなデザインの店のロゴマーク、大人の雰囲気がこの町に良く似合う。

丁寧な仕事は師匠ゆずり

お店の厨房を覗くと、島田シェフが軽快なタッチで生地を扱い、パンづくりを楽しんでいた。清潔感溢れる厨房は、チリひとつ落ちていない。一つひとつの仕事が丁寧で、出来上がった商品にもその丁寧さが表れている。
「成瀬さんは完璧主義者、一つひとつの仕事が丁寧でした。仕事を流すな!もっと生地の状態や焼き具合を見ろ!といつも言われていましたね」と島田シェフ。トラン・ブルーでの経験が身についているので、よく人に丁寧だねと言われるが、自分にとっては当たり前で、特に意識していないと語る。

今は仕込みから焼成まで厨房は全て一人でこなし、60アイテムをつくりだすが、その丁寧な仕事は変わらない。全てがきっちりと完成度が高く、それが島田流となっている。
「国産小麦粉などにこだわる人もいますが、私はそこにはあまりこだわっていない。それよりおいしいものをつくることが一番のこだわり」と、美味しさの追求はゆるがない。
お薦めを伺うと、「カレーパン」 と「かぼちゃのクロックムッシュ」とのこと。物足りなさがないよう油をかけながら焼いたという焼きカレーパンは、サックリとした食感と自家製の本格的なカレーフィリングがやみつきになる。
地元の三浦かぼちゃのレシピ募集に応募したという「かぼちゃのクロックムッシュ」も、甘いかぼちゃとチーズとハムの味わいが、ここにしかないメニューに仕上がっている。いずれも料理人出身の島田シェフならではの商品といえる。

「独立した時に修業した店と異なる粉を、と意識的に変えてみたが、いいものができなかった」と島田シェフ。「成瀬さんはこのパンにはこの粉、このつくり方が一番ということを極めている。その絶妙な配合、つくり方こそがトラン・ブルーの美味しさの秘訣」という。
Tバゲットは3種の粉をブレンドしているが、その香り・食感は絶品で、その配合の妙は天才的と絶賛する。

夫婦二人三脚で

料理学校時代の同級生という朋子夫人は、ずっと島田シェフを支え続けてきた。今は店づくりや販売の一切を引き受けている。店頭のクリスマスリースも朋子夫人のお手製とのことだが、上質でオシャレなディスプレイも、丁寧な接客も朋子夫人の人柄が表れている。
そして入口の赤い看板、この日は「寒い日々が続きますね。体調を崩したりしていませんか・・・・」と書かれていたが、これも朋子夫人がその日の想いを綴っているという。
それだけではない。頻繁に更新される「facebook」も朋子さん渾身の作品だ。「文章を書いたり、写真を撮るのが大好きなんです」と朋子夫人、お店の魅力をお客様に発信している。まさに二人三脚で、地元で評判の店につくり上げてきたといえそうだ。

自由な生き方で楽しく仕事を

「店を大きくしたいとはあまり思っていないんです。それより美味しいものをご提供したい」と島田シェフ。休みの日は夫婦二人で食べ歩くのが趣味というが、その時の体験が商品開発に活かされているという。
「最近は週休2日にしたので、1日はしっかり休めるようになった。海が近いのでよくサーフィンや釣りにも出かけるんです」。今は一人で頑張っているが、忙しくても自分がやりたいようにやれるので、それもいいと。
根を詰めてガリガリやるより、自由な生き方で美味しさを追求していきたいと語る2人。その自由で伸びやか、且つ丁寧で繊細な仕事が、ブーランジェリー エスの魅力となっている。
もう少し余裕ができたら、ハード系を充実させたいと島田シェフ。「トラン・ブルー出身であることに恥じないように頑張ります」と笑顔を向けた。独立して10年、師匠の教えと島田夫妻の伸びやかな個性が響き合い、逗子の名店としてこれからも愛され続けるであろう。

島田 英治氏

1974年神奈川生まれ。料理人を志し専門学校へ。フランス料理店で働くが、パンのおいしさに目覚め、パンの道へ。「シェラトン・グラン・デ・東京ベイ」でパンの修業、その後飛騨高山の「トラン・ブルー」で成瀬シェフに学ぶ。2007年独立、逗子に「ブーランジェリー エス」をオープン。美味しいパンが買える店として地元で愛されている。

BOULANGERIE E.S.(ブーランジェリー エス)

郵便番号/249-0006
住所/逗子市逗子7-6-31
最寄駅/JR横須賀線 逗子駅から徒歩5分
電話/046-872-2206
営業時間/10時~18時
定休日/日曜・月曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2017年12月)のものです

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