ニッポンのブーランジェ

小麦も野菜も農産物。ストーリーのあるパンづくり vol.24 Boulangerie goût(ブーランジュリー グゥ) 東野 篤氏

ブーランジュリー グゥ 谷六本店は、地下鉄・谷町六町目駅から徒歩1分。オフィス街でも住宅街でもあるこのエリアには、昔ながらの商店街や木造の長屋、高層マンションが混在。こだわりやコンセプトを理解してくれる人たちが多く住んでいる街だ。
そこに大きなガラス張りの外観、明るく清潔感あふれるブーランジュリー グゥの店舗がある。市内を東西に走る長堀通に面しているので、車で市内中心部へ通勤する客が朝食やランチ用のパンを買っていく。近所の若い主婦たちも自転車でやってくる。
季節ごとにメニューを変えながら、毎日150種類以上の焼きたてパンが並ぶ。焼きたて、つくりたての美味しさを届けるため、開店前から閉店まで休みなくパンを焼き続けている。東野氏が目指すのは、飽きずに毎日食べてもらえるパンづくり。そして他にはない個性のある店づくりだ。

畑の恵みを生かすパンづくり

東野氏は最初につくりたいパンの味や香り、食感をイメージする。そこから、同氏がいちばん大切にしている素材選びが始まる。産地・品種によって、個性や特徴がまったくちがう小麦の中から、イメージに合うものを見つけ、独自の配合でブレンドするのだ。小麦は農産物。同じ畑で育てても、その年の気候によって出来が変わる。だからこそ、農家のこと、流通のこと、製粉のことまで、きちんと理解した上でのパンづくりを目指している。

ブーランジュリー グゥで一番人気なのが「春よ恋100 300円(税抜)」。古くからごはんを食べてきた日本人の好みに合う、やさしい味わいの食パンだ。
味が良くもっちり感が強いが、膨らみにくい国産小麦を使用した「キタノカオリ100 300円(税抜)」は、天然酵母を使った深い風味が自慢。
一方「Goûtバゲット 250円(税抜)」はフランス産の小麦を使用。一晩たっぶりと水分を含ませた生地を、高温で一気に焼き上げる。カリッとした食感と小麦の香ばしさが絶品だ。

コーヒーにも、小麦にもストーリーがある

東野氏が「小麦は農産物」と意識するようになったのは、高校の同級生の影響。アフリカや中南米をまわるコーヒーのバイヤーをしている同級生の話を聞くうちに「小麦と一緒やな」と閃いたという。コーヒー豆にはストーリーがある、それなら小麦にもストーリーがあるはず。それをこだわりのパンづくりに生かしていきたいと考えた。

2013年にオープンした「Boulangerie & Cafe goût (谷町四丁目店)」はベーカリーカフェ。カフェで提供するサラダやスープには、いろいろな野菜を使っている。グゥのパンにも旬の野菜が使われている。
これらの野菜は自家農園で丹精込めて育てたもの。実は東野氏が育ったのは、大阪市平野区で代々続く農家。「若いころは農業には関わってこなかったんですが、農業の勉強をしたいと考えたときに、そうだ家には立派な先生がいた!と父に教わるようになったんです」と東野氏。生産者の情熱やこだわりを理解するために、東野氏はもちろん、スタッフも一緒になって畑で汗を流している。

青い麦での修業時代

東野氏がパン職人を目指すきっかけは、約20年前、弟がテレビで見ていた映画『魔女の宅急便』。当時トラック運転手として働いていたが、遠方へ行くときは1週間ずっとひとりということもあった。あたたかいイメージとお客さまとつながりが深いパン屋の雰囲気に「これやな!」と決意。将来は自分の店を持つことを目標に、豊中の有名店「青い麦」に就職した。
店に初めて行ったとき、入口には石窯があって、多彩なパンが並んでいた。まるでヨーロッパのような店構えに「こんな店で働きたい」と希望に燃えた東野氏。しかし初日から驚きの連続だった。人の3倍努力して3年で一人前になろうと考えていた東野氏だが、それどころではなく、早朝から夜9~10時までの仕事に「パン屋ってこんなにたいへんなのか!」と思った。

毎日叱られてばかりで、たくさんの先輩や仲間が辞めていった。「理不尽なこともありましたが、パンに対するこだわり、譲らない姿勢が私には心地よかったんです。誰より美味しいパンをつくる職人として、福盛社長についていきました」青い麦では入店するとまず、窯の仕事からスタートする。当時は3~4店舗分のパンを本店で焼いていたので、朝から晩まで焼きっぱなし。夏は全身汗だくで、店の外のホースで頭から水をかぶって、また窯前に戻る。「最高のパンをつくろうとしていた店なので、ここまで発酵させないとホイロから出すなとか、今思うとちゃんと教えてもらってたなと思います」
パンづくりの他にも新規オープンの手伝いなどマネジメントも学んだ。パン職人として右に出る者はいない社長だが、経営は苦手で「わしには無理や!おまえらでやれ」と言われ、東野氏を中心に経営会議をしていたそうだ。

方向性を見直したフランス研修

東野氏がフランスへ渡ったのは青い麦の社員時代。「ただ行けばよいというものではない、フランスでも行くべき店がある」という「パリゴ」のシェフ安倍氏の紹介で、パリ18区にある「デュック・デ・ラ・シャペル」で、MOF(国家最優秀職人章)のティェリー・ムニエ氏に師事した。「海外も初めてで、フランス語もまったくできなかったけど、その店には日本人の従業員がおられたので、なんとか3ヵ月過ごすことができました」
本当においしいバゲットを学びたいと意気込んで来た東野氏が、まず最初にショックを受けたのは、一部の店を除き、ほとんどのバゲットが美味しくなかったこと。「パンについての考え方が、そもそもちがうと気付きました」フランス人は、いちいち「このパンはどう美味しいか」などとは考えない。こだわりもいいが、自己満足ではないか?という思いが頭をよぎり、職人としてどうあるべきかを再認識することとなった。

開店からの半年間

2008年3月に独立した東野氏だが、あの難しい福盛社長にどう切り出そうか随分悩んだ。最初は予想通り激怒されたが、東野氏のそれまでの働きが評価され、独立に協力してくれたという。独立を決意してから約1年半、どこに店を構えるかを考え抜いた。「自分のパンで多くの人に喜んでもらいたい」という思いを実現するためには、たくさんの人の目に触れる、遠くからでも来てもらえる、広く知ってもらえる店舗が必要だと、今の場所を選んだ。

開店してからの苦労を「二度としたくない」という東野氏。通常は客が来なかったら…と心配するが、グゥでは逆に客が来すぎたのだ。職人は東野氏ひとり、製造の助手が1~2人、レジは妻が担当。8時に店がオープンすると、1時間ほどでパンがなくなってしまう。「いつ来てもパンがない店」と言われたくなくて必死に焼き続けた。一日の作業が終わるのが翌朝の4時頃だが、すぐに翌日に向けた作業が始まってしまう。開店から1週間は寝る暇もなかった。
オープンから半年してようやく、未経験を含めた5人の職人を採用した。「誰にも負けないよう、早くきれいなパンがつくれる職人を目指してきたけど、一人では何もできないということを痛感しました」と当時を振り返る東野氏。スタッフの協力を得て店が整い始め、現在は職人約30名、総勢60名の会社になった。

個性的な店を増やしていきたい

これからも店舗は増やしていきたいが「最初に店を出そうと思ったときの原点からは、ぶれたくないんです」と語る東野氏。ものづくりへのこだわりは自分の胸に秘めて、涼しい顔をして美味しいパンを焼き、どうしたらお客さまが喜んでくれるかを考えたいという。
2店舗目の谷町四丁目店には、最高のコーヒーを提供できるカフェを併設。当初はパン以外のものを扱うことに否定的だったが、その瞬間の最高の味を楽しんでもらえるカフェという形態に手応えを感じている。
2017年秋にオープンした「Moulins et Cafe goût(森ノ宮店)」では、毎日必要な分だけ石臼で製粉するという、ヨーロッパの伝統スタイルによるパンづくりに挑戦している。
谷六本店は、もうすぐ10年目。「趣味は何ですか」とたずねると「うーん」と考えて「仕事してるのが好きなんです」と笑う東野氏。法人名の「ドゥリアン」は、フランス語で「どういたしまして」の意味。店内で交わされる「ありがとう」と「どういたしまして」の言葉の暖かさに、原点である映画の中のパン屋のシーンが蘇るようである。

東野 篤氏

1978年大阪市生まれ。トラック運転手として働いていたころ、偶然目にした宮崎駿監督の映画『魔女の宅急便』に登場するパン屋のあたたかい雰囲気に魅了され、自分もそんな店を開きたい!と一念発起し、パンの世界に飛び込む。豊中の名店「青い麦」で腕を磨き、2006年渡仏。帰国後も同店の経営戦略・企画立案に参画。2008年に独立し「ブーランジュリー グゥ」を開業。

Boulangerie goût(ブーランジュリー グゥ)

郵便番号/542-0061
住所/大阪府大阪市中央区安堂寺町1-3-5 キャピトル安堂寺1F
最寄駅/地下鉄谷町線・長堀鶴見緑地線「谷町六丁目」駅
アクセス/谷町六丁目駅より徒歩1分
電話/06-6762-3040
営業時間/8:00~21:00
定休日/木曜、第1・3水曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年2月)のものです

ニッポンのブーランジェ トップに戻る