ニッポンのブーランジェ

地元の人々に愛されるパン屋に vol.27 ベッカライサカツジ 阪辻 広明氏

JR武蔵野線の新三郷駅から駅前の広い通りをまっすぐに歩いて15分、三郷団地の真ん中に可愛いパン屋さんがある。松戸の「Zopf」(以下ツオップ)で修業した阪辻広明シェフが、2013年にオープンした「ベッカライサカツジ」である。種類豊富なパン屋さんとして、地元の人々に親しまれている。

130アイテムが揃う店

山小屋風の外観が印象的な「ベッカライサカツジ」、可愛い木のドアを開けて中に足を踏み入れると、5坪ほどの小さな店内に、ところ狭しと並ぶパンの数々に驚かされる。いったい何種類あるのだろうと思われるほどたくさんの種類の中から、今日は何を買おうかと迷うのは、贅沢なひとときだ。

入って右の陳列台には、あんぱんや、チョココロネ、メロンパンなどの菓子パン類が、奥にはバゲットや食パン、ベーグル、カンパーニュなどの食事パン類、そして左の平台には、自慢の惣菜パンや、見た目も鮮やかなフルーツのブリオッシュやデニッシュ類がズラリと並ぶ。「約130種類ぐらいを取り揃えているのでお気に入りを見つけて欲しい」という。

修業先のツオップのメニューを土台に、阪辻シェフが自分流にアレンジしたという商品が数多く並ぶ。昼時ともなれば、近隣の人々で店内は溢れる。よく見ると男性客も多い。店の前に5台ほどの駐車スペースがあるためか、近隣の団地の人々はもとより、遠方からのクルマで来店するお客様も多いという。

11時頃に訪れたが、この日は既にサンドイッチは完売という。30数種類はあると思われる惣菜パンにも圧倒される。「ホウレン草とベーコンのキッシュ」なども取り揃えている。またフルーツを使った色鮮やかなブリオッシュやデニッシュにも目を奪われる。そのどれもがリーズナブルで、思わずトレイに次々と取ってしまう。

駅前には巨大ショッピングセンター「ららぽーと新三郷」があるが、この「ベッカライサカツジ」は負けてはいない。近隣の人々にとっては、美味しくてお手頃で、種類豊富な日常の食に欠かせないパン屋さんとして愛されている。

ツオップを土台にサカツジ流をプラス

人気ナンバーワンを伺うと「カレーパン」190円(税抜)と阪辻シェフ。こんがりと茶色になるまでしっかりと揚げた大きなカレーパンは、修業先のツオップ譲りだ。一番の売れ筋だが、ツオップ同様、フライヤーは使わない。鍋を使い少量ずつ丁寧に揚げている。かなりのボリュームだが、サックリした食感と自家製の味わい深いカレーがマッチして、一個ペロリと食べられる。まさにナンバーワンの味といえそうだ。また、自家製カスタードを入れた「クリームパン」160円(税抜)も人気という。

5種類揃えている食パンも売れ筋商品だ。プレーンの「角型食パン」230円(税抜)に加え、「オレンジ食パン」380円(税抜)は、オレンジピールの爽やかな味わいがたまらない。これもツオップのレシピをサカツジ流にアレンジしたものだ。

店頭に並んでいるパンをよく見ると、確かにツオップで見たようなパンがいくつかある。「ツオップのレシピを基に自分流にアレンジしています」と阪辻シェフ。お客さんにしてみれば、ツオップの人気商品を再現したパンを、地元で買えるのだから幸せだ。 ツオップの人気商品のミニあんぱんも、阪辻流にアレンジしたレシピで8種類を提供している。バックヤードを覗くとちょうど、翌日用の「ピーナッツ」75円(税抜)や「ごまあんぱん」75円(税抜)をつくっていた。

まるでおだんごのような小さな生地玉が並ぶ。生地量15gに対し、中のフィリングは35gと、そのたっぷり度合いに驚かされる。この分量はツオップを踏襲しているという。阪辻シェフとスタッフの根本さんが、リズミカルに素早く包んでいく。よく見ると根本さんの前には量りが置いてある。「シェフは感覚で35gがわかりますが、私にはまだ量りが必要なんです」と根本さん。職人芸を少しずつ伝授しながら弟子を育成しているようだ。

ツオップで全てを学ぶ

阪辻シェフがパンの道に進んだのは26歳の時だ。それまでは建設業など全く違う分野で働いていたが、パンが好きだったこともあり、将来を考えてパン屋になることを決意した。まずは専門学校に入り1年間基礎を学ぶ。その後、友人からツオップの話を聞き、ツオップに入社することとなる。

当時のツオップは、今ほど有名ではなかった時代、伊原夫妻が懸命に頑張っていた。ちょうど2階のカフェが立ち上がるときで、「パーラー江古田」を営む原田浩次氏が、カフェの立ち上げで修業にきていたという。このツオップでパンづくりと店づくりの全てを学んだという阪辻シェフ。「伊原夫妻がいなければ今の私はありません」と感謝する。

今でこそ「ベッカライサカツジ」を切り盛りする阪辻シェフだが、「ツオップ時代は出来が悪い劣等生でした」と打ち明ける。だからこそ伊原夫妻にとっては「手がかかる息子」として、ひときわ面倒を見てくれたのであろう。

ツオップのような店をつくりたい

パンの製造、カフェ、売り場をひととおり経験し、6年経ったとき、独立したいと申し出た。場所は阪辻シェフの地元の埼玉県三郷市あたり。いろいろ物件を捜していた時、今の場所を見つけ出店を決意した。

店のコンセプトについては「特に考えてはいなかったが、とにかくツオップのような店をつくりたかった」と阪辻シェフ。気が付いたら山小屋風の外観も、5坪の小さな売り場にたくさんのパンを並べるのも、ツオップに似てしまっていたという。「ハッキリ言って真似しました!」と語る阪辻シェフ、それほどツオップに惚れ込んでいたということであろう。

ツオップを退職後、1年間ドイツのデュッセルドルフで、パンづくりに携わった。その間、一週間経験させてもらった名店「ヒンケル」の小鳥のマークが忘れられず、独立に当たって、トレードマークを小鳥にしたという。

出店に当たっては伊原夫妻に細かく相談にのってもらった。オープン時はもとより、その後も伊原夫妻は何度も訪れてはアドバイスをしてくれた。「伊原夫妻のおかげでここまでこられた」と。

北小金のツオップと三郷市のベッカライサカツジはクルマで30分ほどだ。とはいえ独立した弟子をここまで面倒見るのはなかなかできることではない。「すべてはツオップさんのおかげです。本当にありがたい」と感謝を忘れない。

時間をかけて丁寧につくる

パンづくりへのこだわりを伺うと、「時間をかけて丁寧につくること」と答えてくれた。実際、130アイテムの半分はオーバーナイトで、じっくりと発酵させている。粉については当初はツオップで使っていたものを踏襲していたが、今は自分流に変えているという。そして発酵種については、ホシノ天然酵母、生イースト、ドライイースト、サワー種などを使い分けている。

今はカレーパンをはじめ、30数種ある惣菜パンや菓子パンが人気だが、できればサワー種を使いじっくり焼き上げたライ麦パンの「ベルリーナ」300円(税抜)などもぜひ食べてもらいたいという。

 モッチリ感を出すために粉を吟味したベーグルもお薦めだ。「プレーン」160円(税抜)、「チーズベーグル」200円(税抜)、アールグレイベーグル200円(税抜)など、8種類揃えているが、ずっしり、もっちりした食感は食べ応えがあり、食事パンとして人気という。

もっと学んで美味しいパンを

人手不足で悩むベーカリーが多い中、4人のスタッフがテキパキと仕事をしてくれるのは頼もしいという。厨房には独立する時に頂いたというドイツ製の分割機が据えられていた。「これが活躍しています」と阪辻シェフ。15種類の生地を駆使し、130ものアイテムをつくりだすのは、並大抵ではない。

ツオップで学んだレシピをもとに、自分流にアレンジしていると語る阪辻シェフ。特に他店を視察したときなどに「なるほど」とヒントを得て、新商品を思いつくという。

毎週水曜日の定休日には、仕込み等で出勤することなく完全に休むようにしている。営業日も午後からならスタッフに任せられるので、セミナーなどに積極的に参加し、もっと学びたいと語る。

6月末の水曜日、都内で行われた製パン講習会に、阪辻シェフはじめ3人のスタッフの姿があった。この日の講習メニューの「レーズン種を使った食事パンが美味しい!」と、語る阪辻シェフの顔には、もっともっと学びたいという気合が漲っていた。

今後の目標を伺うと、「そんなに大きな目標はありません。少しずつ良くして皆さんに喜んでいただければ」と語ってくれた。
あくまで自然体で、少しずつ改善しながら、お客様に喜ばれるベーカリーになりたいと語る阪辻シェフ。その想いを理解し支えてくれる仲間たちと共に、今後、ますますその存在価値が高まることを期待したい。

阪辻 広明氏

1978年埼玉県生まれ。26歳の時脱サラし、パン屋を目指し専門学校に入学。卒業後千葉県松戸市の「Zopf」で6年間修業、パンづくり、店づくりを学ぶ。その後ドイツのデュッセルドルフで1年間パンづくりを経験、帰国後2013年、地元の三郷市に「ベッカライサカツジ」をオープン。地元で人気のパン屋さんとして親しまれている。

ベッカライサカツジ

郵便番号/341-0003
住所/埼玉県三郷市彦成3-392-2
最寄駅/JR新三郷駅
アクセス/JR新三郷駅から徒歩15分
電話/048-951-5351
営業時間/7:00~17:00
定休日/水曜



※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年7月)のものです

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