ニッポンのブーランジェ

丁寧な仕事と確かな技術力で地域一番店に vol.30 パッパグラッセン(Pappa Glasen)長岩 崇之氏

神奈川県藤沢市、小田急線藤沢駅から3駅、六会日大前駅に降り立つ。住宅街を歩くこと6分。のどかな住宅街にオシャレなベーカリーが見えてくる。「パッパグラッセン」である。東京・葛飾の名店ブーランジュリー・オーヴェルニュで修行した長岩崇之シェフが、ここに店を構えて6年。本格的なパンが買える店として親しまれている。

メガネおじさんの店

「この住宅街の先にこんな素敵なパン屋さんがあるなんて!」と、訪れた人をそう思わせるベーカリー、それが「パッパグラッセン」である。「パッパグラッセン」とは、フィンランド語で「メガネおじさん」という意味なのだと長岩シェフ。メガネをかけ柔和な笑顔を向ける長岩シェフは、まさにメガネおじさんそのものだ。「普通の名前では面白くない」と、「パッパグラッセン」と名付けたという。
店内にはメガネをかけハートを持つユーモラスなイラストが飾られている。イメージがピッタリだったと長岩シェフ、その温かい人柄が表現され、親しみやすい店となっている。

入口のドアを開けて中に入るとすぐ目に飛び込んでくるのは食パンコーナーだ。パンカレ250円(税別)、マニトバ250円(税別)、発芽玄米ブレッド290円(税別)など、7種類の食パンが並ぶ。そして通りから正面に見える棚には自慢の食事パン類が、中のゆったりした広いスペースには、完成度の高い菓子パン類、奥の平台にはカレーパンやタルティーヌなどの惣菜パンがズラリと並ぶ。

丁寧につくられた多彩なパン

昼時ともなれば、多彩な惣菜パンやサンドイッチを求めて、近隣の人が次々と訪れる。中でも目を惹くのは、茄子とあらびきソーセージのサルサ280円(税別)や、ベーコン、たまご、チーズのタルティーヌ180円(税別)などの具材たっぷりのタルティーヌ類である。また地元藤沢産のこだわりのたまごを使ったサーモンとポテトのキッシュ260円(税別)や、コンビーフとキャベツのキッシュ260円(税別)もボリュームたっぷりで人気という。2種類のカレーを併せたカレーパン150円(税別)も人気商品だ。

丁寧につくられた菓子パンやデニッシュ類も長岩シェフの得意分野だ。クロワッサン140円(税別)は不動の人気商品だ。色鮮やかなオレンジやグレープフルーツを使ったフルーツのブリオッシュや、果樹園直送の桃を使った「桃のデニッシュ」250円は見ているだけでワクワクする。そしてチョココロネ130円(税別)はオーダーが入ってから自家製クリームを詰めてくれる。


それらのリーズナブルな価格に驚くが、「ここではこのぐらいの価格でないと難しい」と長岩シェフ、これだけ完成度の高いパンをこうした価格で買えるのは、近隣の人々はラッキーといえそうだ。


確かな技術力

人気メニューを挙げてもらうと、1位はまん丸の形をした「ディモンシュ」150円(税別)という。オーヴェルニュ時代にリスドオルコンテストで準優勝に輝いた商品だ。ブリオッシュ生地をデニッシュ生地で包み、丸い型に入れて焼いたものだが、その形、外側のサックリ、中のふんわりした食感とリッチな味わいが絶品。他にないユニークな商品はまさに長岩シェフのアイデアが光る逸品といえる。

長岩シェフに、ぜひ食べてもらいたいお薦めを伺うと「バゲット類ですね」と即答。3種類の粉をブレンドし発酵種を使ったバゲット240円(税別)は、外がカリッと中はふっくらモチモチ。長岩シェフの確かな技術力を感じさせてくれる商品だ。「バゲットよりバタールの方がまだ売れますね」と長岩シェフ、生地の美味しさを味わって欲しいと、プチバゲットやブールなどクラムを味わう形の商品提供を怠らない。またフランスサンドやタルティーヌなど、フランスパン生地を活用したメニューにも力を入れている。


食事パンに力を入れたい

この店の特徴は食事パンに力を入れていることだ。入り口からすぐの一番いい場所にさまざまな食事パンを提案しているのも、長岩氏の熱い想いを伝えるためであろう。「バゲットはほとんど売れませんが意地でもつくって並べています」と長岩氏。ぜひその美味しさを知って欲しいという。

この食事パンコーナーには自慢のメニューが並ぶ。ミルヒブロート1本250円(税別)は水を使わずミルクだけで仕込んだほんのり甘い優しい味わいのパンだ。バリエーションとして2種類のチーズをたっぷり入れたフロマージュミルク1本520円(税別)や、大納言を練り込んだ大納言ミルク1本450円(税別)も揃う。ルマタン210円(税別)は「朝」という名の食パンの生地を使った白パンだが、そのままちぎっても軽くトーストしてもまさに朝食にピッタリのパンだ。

そして外からも食事パンが美味しい店であることをアピールしたいと、陳列台の下には大きなカンパーニュを並べている。「売り物ではなくディスプレイですが、自分の想いを伝えたくて・・・」と長岩シェフ。ゆくゆくはこうしたパンを味わってもらいたいという気持ちが伝わってくる。


師匠の井上シェフから「手を抜かない姿勢」を学ぶ

長岩氏がパン屋を志したのは28歳のころだ。スーパーマーケットの精肉売り場で働いていたが、「将来自分の店を持ちたい」と考え、子どもの頃から好きだったパンの道に進むことを決意した。まずはパン技術研究所の100日コースで学んだ。そしてオーヴェルニュが求人していることを知り、井上克哉シェフにお世話になることに。
当時のオーヴェルニュは開店したばかり、長岩シェフは実質オープンメンバーになる。ここでパンづくりの全てを学び、井上シェフと共にオーヴェルニュを繁盛店へと導いた。

「井上シェフのすごいところはどんなことにも手を抜かない姿勢」と語る長岩シェフ。そして絶対に人の悪口を言わないところもスゴイと、その誠実な人間性を語る。

それでいてチャレンジ精神旺盛で、さまざまなコンテストに参加しては賞を獲得する井上シェフは業界でも有名だ。実際オーヴェルニュの店内には数々のトロフィーや表彰状が飾られている。当然長岩氏もさまざまなコンテストにチャレンジ、輝かしい成績を納めていることは言うまでもない。長岩シェフの丁寧な仕事ぶりと確かな技術力はこのオーヴェルニュ時代にしっかりと培われたものといえる。

工房が見える店を

オーヴェルニュで8年半修業した長岩氏、2012年、満を持して独立することとなる。場所は故郷の藤沢市内を捜していたところ、たまたまこの場所が見つかったという。「地元に溶け込み、親しみやすいパン屋さんをつくりたいと考えました。だからこそパッパグラッセン、フィンランド語で“メガネおじさん”という店名にしました」。
近隣の人々のいこいの場になればと、店舗横には居心地の良いテラススペースを設置、購入したパンをその場で食べられるようにしている。

設計の段階で一番に考えたのは、お客様から工房が見える店づくりだったという。パンをつくっている姿を見て、パンに親しんでもらいたいという長岩シェフの想いが溢れる店内は、実際どこからでも長岩シェフの姿が見える。
「厨房のいたるところからお客様にお声がけできるようにしたのはいいが、製造を一人で担当するには動く距離が長すぎる」と笑顔を向ける。長岩シェフの丁寧な仕事ぶりが見えるのは、お客様にとっては嬉しいことだ。

地元に根差し地域一番店に

「地元産の卵や採れたての野菜を使うなど、できるだけこの土地の食材を使うことを大切にしています。親戚の秋田の果樹園から直送される、四季折々の果実を活かした旬の味を創り出すのも楽しい」と、メニュー開発にも熱心だ。
「近所の人には喜ばれていますが、ローカルすぎて・・・もっと店の認知度を上げないと」と、今の課題を語る長岩シェフ。そのためにはもっと積極的に発信していきたいという。最近は辻堂のT-SITEのパンフェスタに出展するなど、少しずつ表に出るようにしている。そこにはもっと多くの人に自分のパンを食べてもらいたいという熱い想いがある。

独立して6年、店の経営に邁進し、コンテストへのチャレンジを封印してきたが、そろそろ解禁したいと意欲を燃やす長岩シェフ。来年はパンのコンテストに応募したいという。オーヴェルニュ時代に勝ち取ったトロフィーは、パッパグラッセンの店頭に飾られている。

地元でずっと一人で頑張ってきたが、もっと多くの人と交流したいという想いもある。「コンテストに出るといろいろな人と出会えるのが楽しいんです」
確かな技術力と丁寧なパンづくりで地域一番店を目指す長岩シェフ、今後はどんなチャレンジを見せてくれるのか楽しみだ。

長岩 崇之氏

1975年神奈川県生まれ。スーパーの食品売り場で働いた後、パン職人を目指し日本パン技術研究所の製パン100日コースに入所、パンづくりの基礎を学ぶ。卒業と同時に葛飾の「ブーランジュリー・オーヴェルニュ」に入社。オーナーシェフ井上克之氏とともに繁盛店に導く。その間、井上氏とともに数々のコンテストに出品、優秀な成績に輝く。8年半の修業の後、2012年地元藤沢市に「パッパグラッセン」をオープン。本格的なパン屋さんとして親しまれている。

パッパグラッセン

郵便番号/252-0813
住所/神奈川県藤沢市亀井野632-5
最寄駅/小田急線 「六会日大前」駅
アクセス/六会日大前駅より徒歩6分
電話/0466-54-8712
営業時間/10:00~19:00
定休日/月曜、火曜



※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年10月)のものです

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