ニッポンのブーランジェ

名店の精神を継承、埼玉で名を馳せるパン屋を目指す vol.33 Boulangerie Coton(ブーランジュリー コトン)綿貫 享氏

東武東上線で池袋から約30分、鶴瀬駅に降り立つ。駅から徒歩2分、オシャレなパン屋さんが見えてくる。岐阜・飛騨高山の「トランブルー」で修業した綿貫享オーナーシェフが、この地に「ブーランジュリー コトン」(以下コトン)をオープンして1年半。本格的なパンが買える店として愛されている。

トランブルー譲りのパンが買える

都心へのベッドタウンとして、住宅が広がる埼玉県富士見市。鶴瀬駅を東口に降りて商店街に進むと、パンのいい香りに足が止まる。前方に白を基調としたオシャレな店が見えてくる。一見ブティックのような外観だが、看板には「コトン」と書いてある。
ここは飛騨高山の人気ベーカリー「トランブルー」で9年半修業した綿貫享シェフが、2017年7月にオープンした店だ。中に入ると、スッキリとした店内には、丁寧に焼かれたパン約70アイテムが並ぶ。

平台には自慢のクロワッサンや、バゲット、惣菜パンなどが並び、目を奪われる。左の陳列棚には、自慢のデニッシュ類やあんぱん、メロンパンなどの菓子パン類、そして奥には食パン類や食事パンが並ぶ。そして右側の棚には焼き菓子、そしてKidsコーナーも設置されており、アットホームな雰囲気は子供連れのお客様にも喜ばれている。

師匠から継承した完成度の高い商品

この店の一番人気はなんといっても「クロワッサン」210円だ。8時間かけて焼き上げるクロワッサンは12時にしか焼き上がらない。シートのバターを使わずに、めん棒でバターを伸ばす伝統的なつくり方は、技術と手間を伴うが、丁寧につくりあげている。まさに「トランブルー」譲りだ。その美しい形、サックリと軽い食感、バターの豊かな香りは、食べた人を納得させる。
「最近はここでトランブルーのパンが買えると、遠くから来て下さるお客様もいます」と綿貫シェフ。そこにはトランブルーのパンづくりをきっちり継承しているという自信と、責任感が見て取れる。

綿貫シェフを「トランブルーの成瀬師匠に学びたい」と駆り立てた「オランジェ」250円もここの名物だ。ひと房ずつ手でむき、シロップ漬けにしたオレンジを、特製のカスタードとチーズクリームの上に盛りつけた「オランジェ」は、美しくアート作品のようだ。その美しい形、爽やかな香り、甘酸っぱい味には綿貫シェフの想いが込められている。

「トランブルー」で人気のTバゲットも揃えているが「ここではハード系はあまり売れないのが残念」と綿貫シェフ。プチバゲットにしたり惣菜パンにしたりと、ハード系のパンに親しんでもらうよう工夫を重ねる。

子供の頃からパンが好き

綿貫シェフがパン屋に魅力を感じたのは幼少のころという。トングとトレーを持ち、パンを取るのが好きだったという。そんなパン好きの綿貫少年、高校時代はパン屋でアルバイトをし、パン職人になることを決心する。地元のスーパーのパン屋で、パンづくりの基礎を体験。その後、近くのリテイルベーカリーで修業。たまたま参加した講習会で、運命のパンに出会うこととなる。

それが「トランブルー」の成瀬師匠がつくり出す「オランジェ」だった。その素晴らしさに感動、トランブルーで修業したいと申し出た。しかし人気店だけに、すぐに弟子入りすることは叶わなかった。

そこで自由が丘の洋菓子店のパン部門に就職。一人でパンを任された。2007年、念願のトランブルーに弟子入りした綿貫シェフ、そのとき23歳だった。スタッフが8~9人いたが、互いに相談し合える仲間に出会えたことが嬉しかったという。パンづくりはもとより、原材料の扱いや食材の下ごしらえなど、全ての仕事が丁寧で、学ぶことが多かった。特にフレッシュフルーツの扱いには驚いたと当時を振り返る。成瀬シェフからはパンづくりはもとより礼儀作法や「人としてのあり方」を多く学んだと語る。

地元に「コトン」を出店

9年半、成瀬師匠のもとで修業を重ねた綿貫シェフ。2017年7月、地元埼玉県に「コトン」をオープンすることとなる。独立するなら地元でと決めていたので鶴瀬の駅周辺を探した。ここには両親もいるし友人も多い。「師匠から継承したパンをぜひ地元の皆に食べてもらいたい」その一心だった。

店名の「コトン」とは、フランス語で綿の意味だ。響きが可愛いと「コトン」に決定した。店づくりのコンセプトは「シンプル」。いわゆるパン屋のイメージに囚われたくなかったという。黒と白が好きという綿貫シェフ、店も白を基調にスッキリとまとめている。一見パン屋とわからないところが悩みという。オシャレなブティックを思わせる「コトン」、上質で完成度の高いパンがお客様を引き寄せる。

そこまでやるか!

広くて清潔感溢れる厨房だが、実際パンづくりは綿貫シェフ一人で担っている。将来、技術者が増えても大丈夫な広さを確保したという。一つひとつの仕事が丁寧なのは師匠ゆずりだ。クロワッサンも前日に仕込み、バターは当日の朝4時から折り込む。焼き上がりは12時になるが、これはトランブルーと同じだ。業者からは「いまどきそんな面倒なことをやる人はいませんよ」と言われるが、耳を貸すことはない。トランブルー流は譲れないのだ。

さまざまに店を経験し「トランブルー」に入った綿貫シェフだが、トランブルーでは何度も「そこまでやるか!」を体験したという。そのまっすぐな想い、職人技が不動の人気店へと押し上げているといえよう。
「トランブルー名物のシュトーレンはなかなか手に入らないが、コトンで同じようなものが買える」とよく売れました。川越の百貨店でも取り扱っていただき嬉しい限りです」と綿貫シェフ。「トランブルー」のブランド力にあらためて身が引き締まる思いという。「トランブルーで育てていただいた技をぜひ継承したい」と語る綿貫シェフ、今、一緒にやれるスタッフを募集中だ。

よくも一人で70アイテムをつくると感心するが、トランブルーで培った丁寧な仕事ぶりは手を抜くことはない。
最近、揚げパンにきなこをたっぷりまぶした「もちもちきなこ」150円が人気と語る綿貫シェフ。「冷めたら美味しくないでしょう!」とこの日も3個ずつ丁寧に揚げていた。

原料については「国産粉限定使用などにこだわる人が多いが、自分は特にこだわっていない。こういうパンをつくりたいからこの粉というように、つくるパンに合わせて粉を選び配合している」という。
「Tフリュイ(アプリコット)」1/2カット450円は、Tバゲットの生地にアプリコット、クルミ、ゴールドレーズンをたっぷり入れた自慢の商品だ。もっと多くの人に味わってもらいたいという。

修業した洋菓子店「モンサンクレール」では、菓子職人の技を見ていた綿貫シェフ。菓子づくりも得意だ。取材した1月末は「ガレットデロワ」の最終日。「パイ生地はモンサンクレール、中のフィリングはトランブルー」という。超一流の店を合体させたガレットデロワの味は格別だ。

埼玉の名店として名を馳せる

飛騨高山でお土産店のスタッフをしていたという奥様は、ディスプレイはプロ級だ。上品で温かみがあり、優しさが溢れている。Kidsコーナーについて伺うと「オープン記念に飛騨家具の子供用椅子を贈っていただいたので、子供が座って楽しめるコーナーをつくりました」。
実際、子供連れが多く来店し、取材時も椅子に座って母親の買い物を待っている子供の姿が・・・。「コトン」は子供に優しいパン屋さんとして印象に残ることであろう。

菓子コーナーの並びに可愛いミニチュアパンが並んでいる。川越のアーティストの作品というが、ファンが多くよく売れるという。そんなホッとするコーナーも「コトン」らしい。
「僕はパンづくりに頑張るだけで店づくりは妻に任せている」と綿貫シェフ。アットホームで居心地の良い空間づくり、読みやすいPOPやポスターなど、奥様の力が発揮されている。

今後は、せっかく学んだトランブルーのパンづくりの精神を継承したいと語る綿貫シェフ、パン職人を育て、もっとハード系を充実させ、ギフト用の焼菓子も増やしたいと語る。日本を代表する有名店で9年半も修業した綿貫シェフ。その丁寧な仕事は折り紙付きだ。夢は「埼玉県のパン屋といったら「コトン」と言われるようになりたい」と目を輝かせる。地元の人気店としてどこまで成長するのか、今後も楽しみだ。

綿貫 享氏

1983年埼玉県生まれ。高校生のときにパン職人を志し、地元のベーカリーに就職。その後東京・自由が丘「モンサンクレール」のパン部門を経て、飛騨高山の「トランブルー」で9年半修業。2017年、地元埼玉県に「ブーランジュリー コトン」をオープン。「トランブルー」のパン作りの精神を継承、地元の方々など広く支持されている。

Boulangerie Coton(ブーランジュリー コトン)

郵便番号/354‐0024
住所/埼玉県富士見市鶴瀬東1-9-29 メゾンベルクール102
最寄駅/東武東上線鶴瀬駅
アクセス/東武東上線鶴瀬駅から徒歩2分
電話/049-293-9498
営業時間/9:00~19:00
定休日/日曜、月曜



※店舗情報及び商品価格は取材時点(2019年3月)のものです

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