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お客さまに喜ばれる、
やさしくて日常に溶け込むパン
vol.36 パンプキン 湯井 信一氏

兵庫県三田市を拠点とするパンプキンは、自然豊かな三田の食材を生かした惣菜パンや食パン、菓子パン、ケーキなど、常時100種類以上が並ぶ地元の人気店。オープン以来、毎日でも食べ飽きないやさしいパンを届けるため、スタッフ一丸となって取り組んでいる。
季節にあわせた新作パンも次々と登場する、選ぶ楽しさのあるパン店の2代目である湯井信一専務は、パンづくりはもちろん、業界の課題解決にも意欲を燃やす若きリーダーだ。

オープンから26年、地域とともにあるお店

三田市の神戸電鉄「横山駅」から、歩いて7~8分の場所にあるパンプキン本店。25台収容の広い駐車場には、パンを求める人たちの車が次々と入ってくる。ここは関西で人気のベッドタウン・三田市の中でも自然豊かな旧市街にあたる。三田市はレストラン、ケーキ店、ベーカリーなど、評判の店が集まるグルメな街。そこで長年愛され続けているのが、パンプキンだ。
お店は朝7時からオープンしていて、朝は仕事前にランチ用のパンを購入する人で、午後には子ども連れでも安心のイートインスペースでおしゃべりを楽しむママたちで賑わっている。ケーキやプリンなども人気で、天気の良い日には店の外のテラス席で気持ちよく過ごせると、地元の人たちの憩いの場となっている。

創業と阪神淡路大震災

兵庫県内の大手パン工場で働いていた湯井氏の父である社長は、湯井氏が中学3年生のとき、家族で宝塚から三田へ引っ越した。自分の力を試したいと考えていたようだが、すぐには会社を辞めず、その後も解体業や仏壇屋でアルバイトをしていた。「詳しい事情は聞いていませんが、家族の生活を守ることと、夢の実現の間で悩んでいたようです」と湯井氏。
1994年にようやく三田で「パンプキン」をオープンしたが、翌1995年、阪神淡路大震災が発生。甚大な被害と物資不足で、兵庫県南部の人々の生活は困難を極めた。避難所などで手軽に食べられるものとしてパンの需要が増え、店の経営も軌道に乗った。

震災が起きた時、湯井氏は20歳。橋梁専門の建設会社で、全国の現場を転々としながら働いていた。ものづくりが好きな湯井氏は、その仕事にやりがいを感じていたが、結婚が決まった26歳のとき「戻ってきて手伝って欲しい」と母から頼まれた。

橋づくりからパンづくりへ。まったく異業種への転身だったが、大好きな「斜張橋」である新尾道大橋を完成させ「やりたかった仕事ができた」というタイミングでもあった。長男として両親のサポートをしたいという気持ちと、結婚にあたって転勤や単身赴任で妻に負担をかけたくないという気持ちから、父の会社にアルバイトとして入社した。

ゼロからのパンづくり

店を手伝いはじめた時は、イーストが何かも知らなかったという湯井氏。3~4ヵ月ほど東京でパンの学校に通った。「社長のやり方と、学校で学んだ“こうしないといけない”の矛盾に悩みましたね」と当時を振り返る。
学校で教わったこととは違うのに、社長の考えたパンはお客さまに支持されている。いったい何が正しいのか。答えが見つからないので、自分の店が休みの日に他のパン屋で働かせてもらったり、人気のパン屋を見に行った。探究心の強さが災いし「家のことは妻に任せきりで、ずいぶん怒られました。今は子どもの送り迎えなどできる範囲で協力しています」

創業時からオーソドックスなパン、売れる商品にこだわってきた社長。湯井氏は職人としての技術にこだわりすぎず、お客さまの喜ぶ「やさしくて日常で食べてもらえるパン」が、パンプキンの目指す方向だと今は理解している。
直接言われたわけではないが「どこかに修業にいかせられなくて悪かった」と社長が話していたという。しかし湯井氏は専門的にパンの勉強をしなかったことが、結果的に素人感覚を活かすことにつながったと感じている。

ユニークなネーミングと三田の食材

パンプキンのイチオシ商品は、食パンの「公爵」1斤281円(税込)。温めた牛乳でパン種をつくっているため、風味豊かな甘みがくせになる。もっちりした食感が人気のロングセラーだ。「公爵」というネーミングについて社長に聞くと「上品そうに聞こえるやろ」とのこと。

「公爵」の生地にドライフルーツをたっぷり混ぜ込んだ「貴婦人」はハーフ551円(税込)。「伯爵」1斤260円(税込)は、サクッとカリッとハードタイプの食パンだ。
「ちなみに店名のパンプキンも『響きがいいから』という社長の発想。特にカボチャにこだわりはありません」と湯井氏は笑う。

ミックスサンド368円(税込)は、創業当時から愛されるサンドイッチの人気No.1。たまごサラダ、ハム、ツナ、ポテトサラダなどの具材を組み合わせているが、メニューは日替りで、一日のうちでも数種類が用意されていて毎日食べても飽きることがない。
軽くてふわふわした食感が人気の米粉のシフォンケーキは227円(税込)。プレーン味のほかアールグレイ、りんご、チョコチップなどフレーバーも多彩で、価格はどれも227円。渋皮栗などの季節の味わいも登場する。

現在はベテランのパン職人となり、厨房に立っている湯井氏だが、ものづくりへの探究心は今も衰えることがなく、スタッフとともに新商品の開発にも余念がない。最近人気のレーズン生食パン378円(税込)は、豆乳クリームでできたクリームチーズを使った、ヘルシーな生感覚の食パン。レーズンどっさりの食べきりサイズで、耳までやわらかくてきめ細かく、しっとりもっちりした味わいだ。
パンプキンは、三田市内でつくられた食材を積極的に利用している「さんだ地産地消認定応援店」。店の代名詞でもある三田牛すきやきパン260円(税込)は、三田牛ですきやきを手づくりしてパンで包んでいる。
兵庫県産小麦でつくったフランスパンに、近くに工場のある「かねふく」の明太子を使ったソースをトッピングした明太子フランス281円(税込)など、地元・三田市の新鮮な食材を積極的に使っている。食材にこだわり、安心・安全を徹底しているのだ。

素人感覚を武器に、業界の課題を解決したい

湯井氏が入社してまず驚いたのは、お客さまが多いこと。パンの味がおいしいと評価される人気店だったが、現場スタッフの間では忙しさから不満も出ていた。
自分を含め、パン職人は「伝えること」が苦手な人が多いという湯井氏。いつでもインターネットなどで情報が手に入る時代、「背中を見て盗め!」といった指導では若い人は育たないと話す湯井氏が、いつも気を付けているのは、スタッフの個性を最大限に伸ばすこと。足りないところは自分がフォローすれば済む、と考えているのだ。
「自分はまだ何者でもないのに、偉そうなことは言えない」と謙遜するが、自らも積極的にスタッフに「伝えること」で、いろんな問題が解決するかもしれないと考えている。

現在は弟が本店の店長を務め、湯井氏は会社の専務として全体を見ている。さらに兵庫県パン組合の青年部の会長や、複数のベーカリーが共同で課題解決を目指す「パンメンバーズ」に加入して、業界の問題解決に取り組んでいる。
「私は若いころ橋の建設に携わっていました。大規模な仕事なのでいくつかの建設会社でひとつの組織をつくって共同で仕事をします。現場ではいろんな会社の人が上司になるので、こういう考え方もあるのかと人より勉強させてもらえたと思います」

人気店の2代目として

現在は三田市の本店をはじめ、神戸市北区の二郎店、グリーンガーデンモール北神戸店、三田市すずかけ台のえるむ店の4つ店舗を展開しているパンプキン。
「お客さまの喜ぶパンを提供すること、スタッフの生活を守ることが、私に課せられた責任なんですが、自分の趣味や感性、創造性を満足させたいというジレンマもあるんです。仕事とは別に、自分の好きなパンをつくるカフェをつくりたいなと密かに思っています」と話してくれた湯井氏。
「社長は70代になりましたが、今も現役でいつも北区の店にいます。“○○しなければならない”という固定観念はない人ですが、“常に何かが足りない”という問題意識を持っていて、それがスタッフにも伝わっているように思います」
自営業では2代目のメリット・デメリットとよく言われるが、湯井氏はメリットを感じているという。「両親がここまで店をつくってくれていたから、自分はこの仕事ができているんです。パンづくりは毎日違うのが魅力。材料から製造、販売まで、すべて自分が携われる仕事はパン屋しかないと思います。素敵なスタッフや、常連のお客さまの顔を思い浮かべながら、喜んでもらえるパンが焼けたら最高やなと思います」

湯井 信一氏

1974年、兵庫県で4人兄弟の長男として生まれる。親を早くに亡くして苦労してきた両親の影響で、子どもの頃から内職を手伝ったり、新聞配達をしたり。高校時代はアルバイトをして学費をつくった。ものづくりが大好きで、高校卒業後は橋梁専門の建設会社に就職。その後、阪神淡路大震災の前年に父がオープンしたパン屋を手伝うため、26歳でパンプキンに入社。まったくの素人からパンづくりを学ぶ。モットーは両親からの教えである「物事のできない理由を探すのではなく、物事のいいところを見ること」。現在は兵庫県パン組合の青年部会長、「パンメンバーズ」会員など、業界の改革にも意欲的に取り組んでいる。

パンプキン

郵便番号
669-1535
住所
兵庫県三田市南が丘1-50-6
最寄駅
神戸電鉄三田線「横山駅」、JR宝塚線「三田駅」
アクセス
横山駅から徒歩8分、三田駅から徒歩15分
電話
079-563-7391
営業時間
7:00~18:30
定休日
毎月第1月曜日(祝日等により変更する場合あり)

「パンプキン」について詳しくはこちら

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2020年4月)のものです

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2020年4月)のものです

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