豊かなバターの香りや、香ばしい生地の風味をもっとも強く感じられるタイミングは、やっぱり「焼きたて」。そんなベストな状態のお菓子を提供するため、最近では「焼き上がり時間」をSNSなどで告知するお店も増えています。今回は、焼きたてスイーツがおいしいと評判の3店舗をご紹介します。
La CREPERIE BONNET D’ANE
(ラ クレプリー ボネダンヌ)
パリで5年半修行した荻原浩シェフが率いる三軒茶屋の人気ブーランジュリー「Boulangerie BONNET D'ANE(ブーランジュリー ボネダンヌ)」の姉妹店が2023年7月にオープン。お店の名前は「La CREPERIE BONNET D’ANE(ラ クレプリー ボネダンヌ)」。焼きたて・アツアツのクレープがいただけます。
La CREPERIE BONNET D’ANE (ラ クレプリー ボネダンヌ)
- 住所
- 東京都世田谷区三宿1-30-4 グランフォート三宿 1F
- 電話
- 非設置
- 営業時間
- 11:00~14:00、15:00~19:00
- 定休日
- 火曜、水曜
生地本来のおいしさを味わってほしい
「パン屋が開いたクレープ屋」こと、La CREPERIE BONNET D’ANE。看板メニューは、クレープ生地にバターを塗り、グラニュー糖をまぶした「有塩バターとグラニュー糖」です。カリッとした生地に、甘いバターの香りとグラニュー糖のシャリシャリとした食感が合わさってクセになる一品です。
「一般的に、クレープと聞くとクリームやフルーツがたっぷりトッピングされたものを連想する方が多いかもしれません。けれども、当店で提案しているのは『生地を楽しむクレープ』です。生地本来のおいしさを味わっていただきたいので、クレープに包む材料はなるべくシンプルに、生地の味わいを引き立てるものにしています」
そう話すのは、シェフの荻原浩さんです。そのほかのクレープは、レモン果汁を加えた「有塩バターとグラニュー糖、レモン」や、プラリネフィアンティーヌとキャラメルソース、オレンジピールをあしらった「キャラメルオランジュ」と、定番メニューは3種類のみ。これに、季節に応じて期間限定のクレープが1種類加わります。
焼きたてであることにこだわり、注文が入るたびに、職人が1枚1枚丁寧にクレープを焼き上げていきます。
「あたたかいうちに召し上がっていただくことで、小麦やバターの香りをしっかりお楽しみいただけます。『パン屋さんのクレープ』をどんなふうに表現すればいいのか自分なりに考えた結果、現在のスタイルにたどり着きました」(荻原さん)
「パン屋のクレープ」誕生のきっかけ
La CREPERIE BONNET D’ANEのはじまりは、2018年にまで遡ります。Boulangerie BONNET D'ANEで、クレープの販売を行ったことがきっかけでした。
「僕はパリで1年半はパティシエとして、4年間はパン職人として修行をしてきました。そのときに食べたパン屋のクレープが、いままで見てきたクレープとはまったく違っていました。生地だけでおいしい、素材の味を感じるクレープだったんです。クレープ自体は、店先に山積みにされていて、飾り気のないものだったのですが、それを子どもや大人がうれしそうに買っていく姿がとても印象に残っていて」(荻原さん)
フランスでは、毎年2月2日のカトリック教徒の祝日に、クレープを食べる習わしがあります。その日、年齢も性別もさまざまな人がクレープを楽しんでいる様子が忘れられなかったといいます。
「そのときの思い出を、自分のお店で再現しようと思ったんです。お客様はもちろん、つくっている私たちも楽しめたらいいなって」(荻原さん)
そうして「お祭りを開くようなイメージ」ではじめた、パン屋のクレープ。ところが、クレープのおいしさが次第に評判を呼び、年を重ねるごとに訪れるお客さんが増えていきました。時には1日に400枚以上売れ、一人あたりの購入枚数に上限を設けることもありました。
「クレープの常連さんも増えてきたタイミングで、ちょうど現在のLa CREPERIE BONNET D’ANEがある土地に空きが出て、クレープ専門のお店をオープンさせることができたんです」(荻原さん)
バゲット用の小麦粉を採用
新たにクレープ専門店を立ち上げるにあたって、クレープにも変更を加えました。
「テイクアウト用のレシピに改良しました。バターや卵はフレッシュさを大事にしたいので、国産のものを使用しています。生地の要となっているのは、小麦粉です。10種類くらいの粉の中から何度も試作を重ね、最終的に、フランス産のバゲットに使用される小麦粉を採用しました」(荻原さん)
バゲット用の小麦粉に決定した理由は「粒度の粗さ」と言います。クレープを焼きたてで提供した際、もっとも香りや味わいが強く出たため、その粉を採用したのだとか。
「先ほど申し上げた通り、当店のクレープは『生地を楽しむクレープ』です。シンプルな見た目なので、初めてクレープを提供した際に、お客様に『え、これだけ?』なんて言われることもありました。でも、パン屋が開いたクレープ店として生地のおいしさを伝えていきたいので、今後もここはブレないようにしていきたいですね」
現在では、同店には甘いものが大好きな子どもはもちろん、噂を聞きつけてはるばる来店する人、自転車に乗ってやって来るおじいさんなど、焼きたてのクレープを求めてさまざまな人が訪れています。まさに、荻原さんが夢見た「パリの光景」が、実現されたと言えるでしょう。
KURAMAE CANNELE(クラマエカヌレ)
フランス・ボルドーで16世紀に誕生し、いまや世界中で愛される伝統菓子カヌレ。そんなカヌレを焼きたてで食べられるお店が東京都台東区蔵前にある「KURAMAE CANNELE(クラマエカヌレ)」です。
KURAMAE CANNELE(クラマエカヌレ)
- 住所
- 東京都台東区蔵前2-1-23 蔵前第2ビルヂング
- 電話
- 03-5839-2445
- 営業時間
- 1F 11:00~19:00、2F 11:00~18:00(L.O.17:00)
- 定休日
- 月曜
カリカリ×とろとろの新食感
東京・浅草からほど近く、東側に隅田川が流れる蔵前。隅田川沿いの下町情緒を残しつつも、どこか洗練された雰囲気が漂うこの地は、リノベーションされた古い建物にクリエイターたちが集まることから“東京のブルックリン”とも呼ばれています。
そんな場所に店を構えるKURAMAE CANNELEでぜひ味わいたいのが、お店の名前を冠した「クラマエ・カヌレ」です。同店のシェフ、松浦寛大さんは語ります。
「フランス伝統のレシピでは、焼き上げたカヌレはしっかり冷ましてから食べられています。けれども、当店ではカヌレを焼きたてで提供しています。焼きたてのカヌレは、外はカリッと、中はカスタードクリームのようにとろりとした食感のコントラストを楽しんでいただけます」
「クラマエ・カヌレ」には、マダガスカル産のオーガニックバニラビーンズに発酵バター、産地直送のフレッシュなミルクがふんだんに使用されています。ラム酒はあえて香り付け程度に抑えることで、バニラの風味を一層感じられ、大人から子どもまで親しめる味わいに仕上げられています。
「とろけるような食感を出すために、一般的なカヌレより粉の量が少なくなっています。また、使用しているバニラビーンズも、ビーンズはもちろん、さやも牛乳に浸して、その牛乳を使用することで、余すことなく香りを取り出すなど工夫しています」(松浦さん)
新食感のおいしさに気づき、「焼きたて」で提供することに
創意工夫がぎゅっと詰まった「クラマエ・カヌレ」ですが、焼きたてで提供するようになったのは、些細なことがきっかけだったといいます。
「たまたま、焼き上がったカヌレの中から、見た目がいまひとつのものを選んで食べてみたんです。それが、とてもおいしくて。外側はガリッと歯応えがあり、中はとろとろ。まさに新食感で、社内の人に紹介したら『これはお客様に喜んでもらえるんじゃないか』と、焼きたてで提供することになったんです」(松浦さん)
焼き上がり時間は、基本的に毎日11:00、13:00、15:00、17:00です(焼き上がり時間は毎日公式Instagramで告知されます)。香り豊かなカヌレを求めて、時間になると、たくさんのお客さんがお店に集まってきます。
さらにリッチな味わいの「グランカヌレ」
お店は1階と2階にスペースが分かれています。1階は、焼きたてカヌレを気軽に購入できるイートインスペース付きのテイクアウトカウンター。2階は、「クラマエ・カヌレ」の素材をさらにグレードアップした「グランカヌレ」を提供するカフェです。
「蔵前は、多くの人にとって、日常的にふらりと訪れる場所ではありません。だからこそ、当店を『目的地』にしてお越しいただきたい。せっかく来てくださった方のために、ここでしか食べられないものをつくって、楽しんでもらいたい。そうして生まれたのが、2Fのカフェと、グランカヌレです」(松浦さん)
「グランカヌレ」に使用されている素材の中でも、特に特徴的なのは卵です。卵黄の割合が多く、味が濃い「カヌレ専用卵」を使用しているのだとか。
「KURAMAE CANNELEをオープンする際、養鶏場さんにカヌレにぴったりな卵をつくってもらうことはできないか、相談したんです。すると、OKをもらえて、1カ月後にはカヌレ専用卵が仕上がりました。それから、試作を重ねていきましたね。カヌレ専用卵は、生で食べると驚くくらい濃厚な味わいです。それに負けないような素材を合わせていきました」(松浦さん)
グラニュー糖の代わりに、さとうきび100%でつくられるフランス産のブラウンシュガー「カソナード」を採用。香り付けには、オーク材でつくった樽で熟成させたフランスのラム酒「ネグリタ」を使用しました。
実は、松浦さんは有名雑誌との共同事業や「高尾山のさんかくドーナツ」で有名な「高尾 さんかく堂」のメニューを手掛けたヒットメーカーでもあります。
「新メニューを考案する際、特別な食材を使うのか、レシピに特徴をつけるのかなど『尖らせるポイント』を意識することがあります。けれども、今回のグランカヌレの場合は、どこかをピンと尖らせるというよりは、『小さな丸を大きくした』イメージです。卵、きび糖、ラム酒と濃厚な味わいのものを組み合わせることで、カヌレの味のボリュームの底上げを目指しました。1階と2階、異なるおいしさのカヌレを、ぜひ楽しんでいただきたいです」(松浦さん)
JOE TALK COFFEE(ジョートークコーヒー)
自家焙煎コーヒーを提供する恵比寿のコーヒースタンド「JOE TALK COFFEE(ジョートークコーヒー)」で味わえるのが、焼きたてのフィナンシェです。菓子工房併設の同店には、フィナンシェ以外にも、コーヒーと併せて楽しみたいお菓子がたくさんあります。
JOE TALK COFFEE(ジョートークコーヒー)
- 住所
- 東京都渋谷区東3-16-10 三浦ビル1F
- 電話
- 03-5422-6230
- 営業時間
- 月曜~金曜 8:00~20:00、土曜、日曜 10:00~20:00
- 定休日
- 不定休
人気商品を生み出したのは新入社員
2023年6月から発売開始されたJOE TALK COFFEEのフィナンシェは、いまや、全国区のテレビで取り上げられたり、焼きたてを求めてやって来るお客さんがいるなど、人気商品の一つです。
それもそのはず、焼きたてのフィナンシェは別格で、外はカリッと、中はジュワッとした食感を味わうことができます。なんと言っても、発酵バターの豊かな香りがたまりません。
ところが「実は私、お菓子は未経験で、2023年に入社したばかりなんです」と話すのは、この人気フィナンシェを開発した、パティシエの原田真帆さんです。
「当店に入るまでは、インテリア系のサイトで記事を書いていたり、カフェで働いていたりしていました。もともとお菓子づくりが好きで、休みの日に自分でつくることはあったのですが、パティシエとして仕事として始めたのはJOE TALK COFFEEからなんです」(原田さん)
自由な発想でフィナンシェを開発
原田さんがJOE TALK COFFEEに入社したのは2023年3月。その翌々月に「看板商品となるような、フィナンシェをつくってほしい」と言われたといいます。
「正直『私でいいのかな?』と戸惑いました。けれども、同時に『やってみよう』とも感じました。採用してくださった際『未経験でも構わない。お菓子が好きな気持ちを持って、一から学んでもらったほうが、型にとらわれない、いろんな発想が出てくるはずだから』と言ってもらったのが大きかったと思います」(原田さん)
原田さんがまず取り組んだのは、フィナンシェの形を「丸型」にすること。それまでも、同店にはフィナンシェの取り扱いがありましたが、それは一般的な「長方形」でした。
「まずは、めずらしい見た目にしてみようと思ったんです。長方形から丸に変えたことで、フィナンシェ一つひとつに厚みが出て、中がよりふわりとした食感になっています」(原田さん)
形を変更するにあたり、1個あたりの生地の量にも注意を払いました。厚くしすぎると、一つを食べ切る前に飽きてしまう。薄くしすぎると、長方形のときと食感に差がなくなる。丸型になってもまんべんなくこんがりとした焼き色をつけるにはどうすればいいか……工夫を凝らしました。
そうして出来あがった試作品の第1号。原田さんは「私は結構上手にできたのではと思ったのですが……」と言いますが、ほかの人たちの反応は違いました。
「試食会には、当店の系列店のシェフも参加していただき、感想を伺いました。1回目の反応は『おいしいけれど、これだけではあまり他店と変わらないよね』といったものでした」(原田さん)
それからは、さらに改良を加えていきました。甘さをすっきりとした後味にするため、グラニュー糖を減らしてはちみつの量を増やしたり、味わいに変化を持たせるため、粒の粒子が大きいフランスのゲランドの塩を採用したりしました。何か変更するたびに試食会を重ね、そこでもらったアドバイスをもとに、ブラッシュアップを続けました。
「『まだダメなのか』と思うこともありました。試食会も10回目に近づいたころ、ようやく『合格』が出たときは、ホッとしました。ただ、フィナンシェが初めてお店に並んだときには、お客様に受け入れてもらえるかどうか、とても緊張しました」(原田さん)
しかし、原田さんの心配は杞憂となり、フィナンシェは瞬く間にJOE TALK COFFEEの人気商品へと成長していきました。
サイフォンコーヒーと一緒に
フィナンシェは、定番のプレーン味のほか、季節限定のフレーバー(取材当時は「レモンフィナンシェ」)、日替わりで「チョコフィナンシェ」「抹茶フィナンシェ」が並びます。フィナンシェの焼き上がり時間は、多くの場合、プレーン味は毎日11:00、季節限定のフレーバーは12:00です(焼き上がり時間は毎日公式Instagramで告知されます)。「焼きたてで提供することになったのは、当店の店長と『せっかくお菓子を提供するなら、焼きたてを味わってもらいたいよね』と話したことがきっかけです。もちろん、当店のフィナンシェは冷めてもおいしいのですが、できるのなら、焼きたてのものを味わっていただきたいので、焼き上がり時間を毎日告知するようにしています」(原田さん)
JOE TALK COFFEEでは、フィナンシェ以外にも「カヌレ」や「チャンクチョコクッキー」などさまざまなお菓子がいただけます。それらのお菓子とともに楽しみたいのが、同店自慢のサイフォンコーヒー。自家焙煎した豆を使って、1杯1杯丁寧に淹れられたコーヒーが、お菓子との相性がぴったりなのは、言うまでもありません。焙煎責任者・店長の阿部聡さんはこう話してくれました。
「サイフォンコーヒーは、温度の高い状態でコーヒーを抽出するので、香りがよく、コーヒーそのものの味わいがしっかりと出やすいんです」(阿部さん)
同店のコーヒーは、熱を直接当てる直火式焙煎機でコーヒー豆を中煎りから深煎りにすることで、コーヒーの苦味や重みをしっかり感じられるように仕上げられています。実は、原田さんの採用を決めたのも阿部さんです。
「原田さんが開発したフィナンシェを食べたとき、シンプルに『おいしい』と感じました。フィナンシェのこっくりしたバターと甘さが、コーヒーの苦味ととても合っていて、よく考えられているなと思いました」(阿部さん)
まさに、原田さんに期待された「型にとらわれない発想」が実った瞬間です。
「開発したフィナンシェが、普段から見ているテレビ番組に取り上げられたときは、とてもうれしかったです。今後も、お客様に喜んでもらえるようなお菓子を、つくり続けていきたいですね」(原田さん)
焼きたてのおいしさを提供するために、どのお店も「焼きたてを最高においしくする」工夫をしていることがわかりました。焼き上がりの時間に、ぜひお店を訪れてみてください。
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2024年08月)のものです