竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-対談vol.23
優れた感性が生み出した秘境の名店~この地だからできること~
Aigues Vives(エグ・ヴィヴ) 丹野 隆善さん

独自の視点で切り開いていく「パン文化」の未来











竹谷
 2000年にお店がオープンしてから15年経ちましたが、丹野さんご自身が理想としているお店に近づいていらっしゃいますか?
丹野
 もう少し静かなリズムで働けたらいいなとは思っています。営業中の流れがゆったりと暖かく過ぎていければと。その辺りのバランスは常に探りながらやっています。これからもパン職人として働いていきたいと思っているので、ずっと続けていける方法を日々模索しています。
竹谷
 パンを作り続けていきたいという想いが強いんですね。従業員さんを雇う際は、1年間など期間を区切って雇っていらっしゃるのはなぜですか?
丹野
 自分が中心となったパン作りをしていきたいと思っていることが第一にあります。2年間勤めていただいた方もいますが、パン職人という仕事は本当に特殊です。自身のヨーロッパでの経験もそうですが、期間を区切ったなかで濃い内容で仕事をしてもらった方が得るものがあるのではないかなという想いからこのようなスタイルで雇用させていただいています。
竹谷
 確かにそうかもしれませんね。100%予約のお店というのは構想のなかにありますか?
丹野
 いえ、予約をしなくては買えないお店にはなりたくないと思っています。人々の生活に溶け込むように普通に訪れて、パンを購入できるお店を目指していきたいです。
竹谷
 現在はゆったりとした営業を目指すためにどのような工夫をされていますか?
丹野
 土曜はお客様がたくさんいらっしゃるので、23時頃から作業を始め、働く時間を前倒しにするなど工夫をしています。それでも少しバタバタしてしまうので、今後も改善していけたらと思っています。
竹谷
 現在はどのようなパン業界の人と繋がりがありますか?
丹野
 現在は閉店してしまいましたが『ムーラン・ド・ギャレット』というお店のオーナー・故渋谷英樹氏を中心に道内のベーカリーの有志が集まり、製パン技術の勉強の場として結成された団体「ベーカリークラブN43°」で知り合った方々と繋がりがあります。『ベッカライ ブロートハイム』の明石克彦さんや、『ドンク』の仁瓶利夫さんなど、さまざまな先輩方と交流させていただいております。
竹谷
 「ベーカリークラブN43°」では故渋谷会長から引き継ぎ、会長を務められていますね。その中で開催されているバゲットコンクールについて教えて下さい。
丹野
 はい。最初は故渋谷会長が始めた「ベーカリークラブN43°」会員限定の北海道バゲットコンクールでした。その後、第2回・第3回は北海道在住の製パン技能者のバゲットコンクールとして開催。そして2014年に開催したコンクールからは名前も新たに「アルティザンブーランジェコンクール」として、全国からエントリーを募っています。
竹谷
 全国にたくさんの製パン団体がありますが、コンクールを開催されているところは少ないので、とてもすごいことだと思っています。今回、全国からエントリーを募ったのはどうしてですか?
丹野
 4回目の開催になるとエントリーする顔ぶれは今までと変わらず、最優秀賞を獲った人のみが抜けていくという流れができてしまうと思いました。そうなってしまうと、コンクールをやる意味自体がなくなってしまいます。そういった状態になってしまう前に、何とか意義のあるコンクールにしていきたいと全国規模での開催としました。北海道だけでやっていた頃は、十数名のエントリーでしたが、全国に拡大したことにより50数名からエントリーをいただきました。来年開催するコンクール(現在募集中)もたくさんの方にエントリーいただければと願っております。
※コンクールの募集は2015年11月30日まで
竹谷
 とてもすごいことだと思います。ぜひ続けてほしい活動ですね。
丹野
 はい。このコンクールのいいところはパン屋さんが主体となっている点だと思います。もちろんいろいろな会社の協力も必要ですが運営はあくまでもベーカリーという点で、とても意味のあるコンクールと思っています。

食材豊富な土地ならではの今後の展開







竹谷
 パン作りのなかでこだわっている点は薪窯で作るという部分以外で何かありますか?
丹野
 いえ、こだわりを特に持たずにやっていこうと思っています。こだわりがないのがこだわりといったところでしょうか。
竹谷
 お店の品揃えも気になりますね。季節アイテムとしてはどのようなものを展開されていますか?
丹野
 夏にはトマト、秋にはリンゴを使用したアイテムをとり入れ、クリスマスにはシュトーレン、お正月はガレット・デ・ロワなどを販売しています。夏に使用しているトマトは市場にはあまり出回らない糖度の高い「尻焼けトマト」を使用していますよ。
竹谷
 季節の食材を大切にした商品展開をされているんですね。
丹野
 せっかく食材が豊かな土地なのでその良さは活かしていきたいですね。キッシュに旬の食材を入れることで季節感を出せるようにしています。春にはサクラマスなどシーフードも使用していますね。
竹谷
 パンの楽しみ方の提案についてはどのように考えていますか?
丹野
 基本的にはお客様の好きなパンと料理の組み合わせで楽しんでいただければと思っています。パンとチーズ、料理の組み合わせに関しては特にタブーがある訳ではないので、シチュエーションに応じて自由に食べていただきたいですね。
竹谷
 今後、具体的にはどのような展開を考えていますか?
丹野
 この場所のいいところはさまざまな食材が近くにあることです。休みの日の朝、農家をまわって食材を調達し、焼きたてのパンと旬のものを組み合わせたオープンサンドやサンドイッチを提供する空間ができたらいいなと思っています。
竹谷
 完成が楽しみですね。
丹野
 はい。お客様が森のなかに訪れて、そのなかでパンと料理を楽しめる……そんな空間を提供できたらと思っています。

プロフィール

【丹野 隆善さんプロフィール】
山形県出身。北海道大学卒業後、1996年から2年間、札幌の『ブルクベーカリー』で修業。1998年から半年間はヨーロッパ各国のパン屋を巡る旅へ。その経験からフランスのパン文化に魅せられ2000年小樽市忍路に「Aigues Vives(エグ・ヴィヴ)」をオープン。2013年には、北海道のパン職人による技術交流組織「ベーカリークラブN43°」会長に就任。

対談場所

営業時間:10:30~18:00 土曜・祝日9:30~18:00 ※なくなり次第終了(定休日:日曜・月曜)

2000年オープンした「Aigues Vives(エグ・ヴィヴ)」は、小樽駅から北海道中央バス余市線または積丹線で「忍路」バス停で下車、そこから徒歩20分、車では札幌から国道5号線を経由して脇道を入ったところに位置。そんな辺境の地にありながら道内はもちろん道外からも多くの人が訪れています。店内には「バゲット」(380円)や「田舎パン」(大1600円)から、「ごまのサブレ」(100g300円)など薪窯で焼かれた品々が並びます。お店の駐車場から見渡せる海、お店を囲む緑と自然豊かな土地が育む、ゆったりとした贅沢な雰囲気が魅力です。

前編 後編

対談を終えて

大学の先輩でもあり、パン業界の大先輩でもある竹谷さんにこのような貴重な機会をいただきましたことに感謝の思いとともに、こんなお話で良かったのかと心配しております。逆に竹谷さんからお聞きした、“パン作りの習得において理論は壁であり柱になるのは直感なんだよ”というお言葉がとても印象に残っています。お会いしてお話させていただくことは年に何度もございませんが、その度に適切に導いてくださる竹谷さんに心より感謝申し上げます。
私はこの地で家族とともに暮らし、そしてパン屋を営んでいます。ふとした時いつも思うのは、自分はパン職人であると同時にあるいはそれ以前に父であり、夫であり、人であるということです。この大自然を前にした時に人間の無力さも感じています。これからもこの地で家族やスタッフとともに、ライフを大事にしながら、自然に寄り添いパン作りに精進し続ければと考えています。拙いお話で失礼いたしました。そしてありがとうございました。

竹谷さん エグ・ヴィヴの丹野氏を訪ねるのはこれが2回目です。それにしても「なぜ人口300人程度、札幌から車で1時間という忍路の丘の上に開業したのですか?」という質問に「薪窯でパンを焼きたかったからです。煙の心配と、薪の入手、1年分の薪の保管場所を考えるとここがベストの場所でした。」とのこと。「なぜ薪窯なのですか?」との質問には「フランスの田舎のパン屋さんに感動したからです。」
そもそも丹野さんのお店には他では決して見ること、味わうことのできないパンと焼き菓子が並んでいます。それは独学でパンを焼き始め、修業したのは2年のみ、あとはフランスでの半年間の感動をいかに日本で具現化するかに心を砕いてきた結果によります。
「これから目指す理想のパン屋さんは?」との質問に「時間がゆっくりと、温かく過ぎていくパン屋さん」とのこと。開店から15年目、今では北海道を代表する有名店に成長しています。今回あらためて、丹野さんとゆっくりお話させていただき、丹野さんのような方がパン屋仲間にいらっしゃることを誇りに思います。そして丹野さんのパンを買いに1時間車を飛ばして買いに来てくださる札幌、小樽のお客様に敬意を表します。

※店舗情報及び商品価格は掲載時点(2015年9月)のものです

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