竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-対談 パンの歴史を築いたレジェンドシェフが語り合う~パン業界が進むべき道~
仁瓶 利夫さん、金林 達郎さん、明石 克彦さん

前編 後編

これからあるべきパンづくりとは?





竹谷
 続いては「これからあるべきパンづくり」について話し合いたいと思います。
金林
 まず考えなくてはいけないのは、スーパーやコンビニで、パンが気軽に購入できる時代に、どうしたらリテイルベーカリーのパンを買いに来ていただけるかではないでしょうか?
明石
 私がお店を開業した時にお客様に「いつ来てもパンが買えない」と言われてしまったことがありました。それから、できるだけパンを多く焼いてきました。それで出てきてしまうのが、経営側の疲労と破綻です。
竹谷
 その問題を解決する一番安易な方法は、パンの値上げですね。
明石
 もう一つ考えられるのは、営業時間の短縮や商品販売数を絞り、希少性を高めることでしょう。
金林
 昔よりもパンは日本人にとって、なくてはならないものになってきていると感じます。しかし、間違った飽きられない工夫が、ベーカリーを苦しめてしまっているようにも感じますね。
仁瓶
 アイテム数の問題ですよね。フランス・パリであれば、必ず売れる定番アイテムとしてバゲットがあります。だからこそ、アイテム数を絞り店主が1人と、補助スタッフ1人でまわせるのです。
明石
 しかし、日本にはその核となる商品がないベーカリーがほとんどです。だからアイテム数を増やし、飽きられないように毎日来てもらう工夫をしていかなくてはならなりません。
金林
 それでは、いつまでたっても生産性は上がっていきませんよね。アイテム数が増えるだけ、生産性は下がってしまうんですから。
竹谷
 飲食店や量販店など、どの業界にも言えることですが、日本ではなぜか種類が豊富に揃っていることが良いこととされる場合が多いですね。確かに、お客様のニーズに応えることは必要ですが、ベーカリーがこだわりをもって「この数のアイテムに全身全霊を注いでいる」というのも、もっと評価されるべき時代です。その成功例としてあげられるのが広島県にある「ブーランジェリー・ドリアン」さんでしょう。
金林
 ある意味ベーカリーの理想ですよね。カンパーニュ、ブロン、ブリオッシュ、バンデピス、エポートルの5種類のみの販売にも関わらず、毎日かなりの売り上げを出していると聞きます。
竹谷
 「ポン レヴェック」さんの功績も取り上げたいですね。売れ残ったパンを「おまかせパンセット」として販売する、パンを捨てないシステムも同店が広めましたね。このように売り方を工夫しているベーカリーはたくさんあります。これからは地域住民だけをターゲットにするのではなく、SNSなども活用しながら今の時代にあった売り方も考えていかなくてはならないのでしょう。

ベーカリー経営の雛形を構築し未来への架け橋に



明石
 「これからあるべきパンづくり」と「技術の伝承」の両方に関わることかもしれませんが、現在成功しているベーカリーの経営雛形を、広く公開して、それをお手本としていくというのもひとつの手段だと思います。
竹谷
 まず、雛形には、地域差も考慮したスタッフの最適人数、給料、店舗面積はもちろん、食パン1斤の最低価格まで細かく設定することが求められるでしょう。
明石
 全くの偶然ですが、「ベッカライ ブロートハイム」出身の独立ベーカリーは、3店舗とも同じスタイルのお店になっています。秋元秀樹さんの「Boulangerie Koshuka(コシュカ)」、青山康生さんの「Backerei Blau Berg(ベッカライ ブラウベルグ)」、岩谷正明さんの「Bäckerei Bandebrot(ベッカライ・バンデブロート)」がその3店舗ですね。
竹谷
 どんなスタイルで経営されているのでしょうか?
明石
 スタッフは1名に絞り、他の仕事は家族でまかなっている。そうすることである程度のアイテム数を確保しながら、経営が上手くいっているんです。店主の労働時間は長いですが、リテールベーカリーとしては理想的な経営状態だと思います。そして何より凄いのが、彼らは完璧に週休2日で経営できていることです。
竹谷
 今の一般のベーカリーの延長線上には、成功の秘訣という答えはなく、このような今の時代に合わせたスタイルのお店など、先を見据えた作戦を立ててから独立することが大切ということでしょうか。
仁瓶
 その雛形の中に、ぜひ金林さんの「パン工房ボワドオル」や竹谷さんの「美味しいパンの研究工房 つむぎ」も「シルバーベーカリーパターン」として出してほしいですね。世界では、引退を目指して頑張る人が多い中で、引退してからも頑張る人がいるというのは、日本ならでは且つ、需要は大いにあると思うのです。
金林
 脱サラのベーカリーができた時代もありましたが、そういう時代も終わり、ベーカリーはまた新たな時代に突入したのでしょう。
竹谷
 今回皆さんにもご参加いただいたこの「パン職人の理想と挑戦」の対談でさまざまな人気ベーカリーに伺う機会をいただきました。そこで感じたのは、人気ベーカリーのシェフは、意外と修業期間が短いという共通点があることに驚きました。おそらく彼らは、大まかな下地をつくり、後は独自の方法で、常に勉強し、周りの変化を吸収して成長していく。そこに今までの固定概念にとらわれることのない考え方が生まれ世の中に「新しいべーカリー」として広く受け入れられるようになってきたのでしょう。昔のままの製法や技術を守ることだけでなく、若手が築きあげていく、未来のべーカリー像も大いに参考にしながら、これからもパンづくりに向き合っていきたいですね。

仁瓶 利夫さんプロフィール

【仁瓶 利夫さんプロフィール】
1947年神奈川県生まれ。1970年に株式会社ドンクに入社。ドンク青山店フランスパン工場から静岡西部店、銀座三越店を経て技術指導の役職に就任。1983年のフランス研修以降、社内外の講習会で活躍しながら、若手ブーランジェたちの指導や応援にも尽力。著書に「Bon Painへの道」がある。

金林 達郎さんプロフィール

【金林 達郎さんプロフィール】
1950年生まれ。高校卒業後メグロキムラヤに入社し、その後ドーメルで勤務した後、タイユヴァン・ロブションのシェフブーランジェとなる。 1996年から帝国ホテル勤務となり、退職時までベーカリー課長を務めた。2002・2005年度のクープ・デュ・モンドでは国内大会の実行委員長、同パリ本大会では日本代表審査員、パン・ド・ロデヴのつくり手を支えていく会「パン・ド・ロデヴ普及委員会」では技術顧問などを歴任している。2012年4月千葉市緑区に「パン工房ボワドオル」をオープン。

明石 克彦さんプロフィール

【明石 克彦さんプロフィール】
1951年東京都生まれ。桜製菓のレストランにて料理・製菓を担当。その後26歳でパン職人に転向。ハンスローゼンにて8年間修業を積み、1987年11月に「ベッカライ ブロートハイム」を開業し独立。パン・ド・ロデヴのつくり手を支えていく会「パン・ド・ロデヴ普及委員会」では技術顧問も務める。著書に「パン屋の仕事」がある。

対談場所

営業時間:10:00~17:00(終了後も店に明かりが灯っていればお立ち寄りください)
定休日:月曜・火曜

千葉県佐倉市のユーカリが丘駅から徒歩13分。長閑な街並を歩き辿り付くのが「美味しいパンの研究工房 つむぎ」です。「製粉にかけては右に出るモノなし」のスゴ腕・竹谷シェフがひとつひとつ愛情込めてつくるパンは常時40種。地域の方たちの「行きつけの街のパン屋」となることを夢見て、美味しいパンづくりに情熱を傾けています。小麦と真摯に向き合ってきたその想いをしっかり噛み締められる、もちもちっと弾力あるパンは、一度口にすれば忘れられない味わいが広がります。

前編 後編

対談を終えて

仁瓶利夫さん
仁瓶利夫さん

私は30代後半の頃、技術面でも会社内のことでも行き詰まっていたのですが、そんなときに竹谷さんが創案した「ベーカリーフォーラム」に誘っていただき、その席で明石さん、金林さんに出会うことができました。この出会いがなかったら私は途中でパン業界から足を洗っていたような気がします。出会いは「棚からぼた餅」では得られません。メディアの安直な情報を鵜呑みにするのではなく、自らの足で動かなければ「いい師」に巡り会うことは難しいでしょう。今の若いパン職人の皆さんも、「真っ当な」パンの技術者との出会いが起きることを心から願っています。

金林達郎さん
金林達郎さん

本当に長いお付き合いをさせていただいて感謝しています。顔を合わせるたびに馬鹿みたいに延々とパンの話ばかりしていて、傍から見たら変なグループだったんでしょうね。ゴルフもしないカラオケもしない、じゃあ皆クソ真面目なのかといえば趣味も道楽もちゃんとすぎるほど持ってるし、やっぱりちょっと変なのかも。だから長持ちしてるんでしょうね。千葉の田舎の住宅街で自分の焼きたいパンだけ焼いて妻と二人でもう6年たちました。
食べてくれるお客様の顔が見えるのが嬉しくて、店のドアを開けて入ってくるお客様の笑顔が嬉しくて、あと何年続けられるかわかりませんが、もう少しやって行けそうです。

明石克彦さん
明石克彦さん

時間が短かった(私が遅刻したため…)、あっという間に終わってしまいました。もっといろいろ話したいことはありましたが…技術の伝承は経営とは相反する部分が多いことと、それなりにクオリティーを保っているベーカリーの製品価格が安い(パンの安売りや、怪しいパンをメディアが取り上げることなどが影響ある)ことなどがあることと思います。
楽しいひと時でした。ある時期立場は違えど同じ方向を向いて、頭を悩ませ、理想のパン屋づくりにまい進した時間を同時に過ごせたことが私の財産となっております。竹谷さん、仁瓶さん、金林さんに感謝しております。

竹谷さん 久し振りにベーカリーフォーラムの古いメンバー4人でお話が出来ました。最初の出逢いから考えるともう40年近くのお付き合いになるわけです。これだけ長くお付き合いさせていただくと気心が知れるというよりも、負けられない、裏切れない、という思いも大きくなります。やはり成長を支えるものは仲間づくりと改めて感じさせられます。
お話の中では「これからのパンづくりに必要なこと」として「幸せ」の総量をどれだけ大きくするか、教育システムの構築、アイテム数の多さに頼らない、経営スタイルの確立、成功パターンの事例研究、リテイルベーカリー経営雛形の例示、選択と集中、いかに希少性を高めるか、などなどいろいろ上がりました。日々のたゆまぬ研究と努力、楽しみながら、楽しませながら美味しいパンをつくり続けることはもちろん基本ですが、それだけでは、現状を抜け出せないことも事実。幸い、パン業界の仲間意識は他業界に比べると格段に強く、自分の、企業のノウハウを惜しみなく公開してくれます。個々のベーカリーが挑戦を続け、その事例を公開し、問いかけることで新しいベーカリー像が完成していくことを期待しています。

※店舗情報及び商品価格は掲載時点(2018年3月)のものです

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