竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-vol.7 数百円でフランスを体験できる店を作りたい センスとアイデアで新しい業態を創造 ル・プチメック 西山 逸成さん

前編 後編

フランスパンの長時間発酵はこうして生まれた

西山
 雑誌に『2日間熟成』とかいいように書いてもらうんですけど、バゲットを2日間置いてるのは、おいしさもさることながら、いかに楽するかでやってるんですよね。
竹谷
 僕は、30年ぐらい前に、生地玉冷蔵(低温長時間発酵)をみんなにやってもらおうと思って、大々的な講習会やったんですよ。なぜ生地玉冷蔵、生地冷蔵がいいのか。そのきっかけは、日仏商事さんがドゥーコンを日本にはじめて輸入したこと。試作を行った厨房がたまたま日曜日が休みだったので、土曜日に仕込んで成形したものを48時間冷蔵して置き、月曜日にそれを焼いたんです。そしたら、見事に梨肌というか鮫肌。とんでもないフランスパンが焼けたんだけど、むちゃくちゃおいしかった。『顔は悪いけど、これおいしいよ』と。あとは顔直せばいいだけだから。それで、フランスパンも生地冷蔵すれば味はよくなると確信したんですよ。じゃ、顔を直すにはどうしたらいいのか。いちばん簡単なのは生地玉だよね。成形し直せば絶対直るんだから。24時間ぐらいなら顔のいいフランスパンを成形冷蔵でできる。

配合の意味がわかると得

西山
 クロワッサンのルセットだけは、店をオープンする前にかなり集めました。B&Cさんとか、辻調の本とか、うちの師匠のクロワッサン、ドミニク・ドゥーセさんのだとかを、並べて書き写しました。この人は卵が入ってて、この人は入ってない、この人は牛乳だけど、この人は水だとか。折り方も一覧作って、なんでこの人はこうなんだろうって考えながら。いろんな人のいろんなところを取っていったのがいまの僕のクロワッサンなんですよ。
竹谷
 配合の意味はわかったほうが得ですよ。この配合になぜ卵が入ってるのか、なぜ牛乳なのか、なぜ生クリームを使ってるのか、とかね。その理由がわかれば非常に得をする。じゃあ、この材料はいらないんだってなる。20年ぐらい前に講習会やっていたときは、必ず配合の由来を説明していた。なぜこの小麦粉を使うのか。なぜタンパクがこのパーセンテージなのか、なぜイーストが2%じゃなく、2.5なのか。各原材料の理由とパーセンテージをぜんぶ説明してからパンを仕込む。いまはそんなこと説明しないですよね。教えてる本人は当然わかっててやっていると思うけど、聞いてる人は必ずしもわかってない。

配合の数字が文章に見えはじめた

西山
 僕、パン屋さんで修行してたとき、先輩に『これを入れないとパンにならないんですか』と訊いても、納得いく答えが返ってこないんですね。カルヴェルさんの『パンの風味』を読んだとき、最初はわからなくて嫌になったんですよ。でも、ずっと繰り返し読んでたら1年目よりも2年目、2年目よりも3年目、ちょっとずつわかってくるんですよね。たとえばパソコンのプログラムなら、僕ら素人が見たら数字の羅列にしか見えないものが、プログラマーには文章に見えるわけじゃないですか。それと一緒で、僕も最初は、発酵温度にしても、数字でしか受け取れないからむずかしいって思っちゃった。それが、意味のある文章だと思えた瞬間に、読んでておもしろいと思えるんです。その読み方がわからないと、『なんだかわかんないけどドゥーコンは27度にしとけ』になってしまうんでしょうね。
竹谷
 昔の職人さんは、レシピがベーカーズパーセントではなく、グラム表示だったから比較ができなかった。考えようがない。それであまり考えない体質になった。あまりにもいままでのパン屋さんは、均質的、画一的だった。パンにしても、店構えにしても、みんな同じ。材料と製法が同じだったってこともあるし。オリジナルのパンを、自信をもって『これがおいしい』って前面に出していく、プチメックさんのようなパン屋さんがやっと出てきた。嬉しいですね。

ル・プチメックの新店がオープン

西山
 僕はいまパン屋を3店舗やっていますが、パン屋はこれ以上増やしちゃいけないと思ってます。パン屋さんって固定費も高いし、初期投資も大きいですよね。だけど、食べ物の仕事からは絶対離れたくないんです。11月に、サンドイッチ屋さん(『レフェクトワール』)を出店予定です。(2012年10月取材時)サンドイッチを座って食べるスタイルです。
 将来的には、フランス料理のファミリーレストランを作りたいと思ってます。そこで、パン屋さんに負けないぐらいおいしいパンの食べ放題をやりたいって。だから、今度オープンするサンドイッチ屋さんで、夢に一歩近づいた気はしています。
 今後も飲食店は増やしたいですね。スタッフの労働環境をもっとよくして、人並みの生活をさせたい。飲食業でもこれだけの生活できるんだということを証明してみせたいと思います。
竹谷
 楽しみです。パン屋さんって本当に今まで画一的だった。いろんな人がこの業界に集まってくるのが、理想だった。私のようにサラリーマンがパン屋になってもいいし、西山さんのようにフランス料理から入ってきてもいい。パンのおいしさをわかってくれさえすれば、むしろ他の分野から入ってくれたほうが、パンの世界が広がります。新しい店が楽しみですね。


横溝博男氏プロフィール

【西山逸成氏プロフィール】
ル・プチメックオーナーシェフ。
1968年(昭和43年)、京都府福知山生まれ。イブ・モンタン主演のフランス映画『ギャルソン』と、テレビで見た三国清三シェフに憧れて、フランス料理の道を志す。レストランでの料理人修行、京都フリアンディーズでのパン修行を経て、渡仏。各地で料理の修練を積むとともに、フランス文化を吸収。1998年にル・プチメックを京都に開店、全国から客がやってくる人気店へ押し上げる。2009年には3軒目を東京新宿にオープン。2012年11月にはサンドイッチ専門店「レフェクトワール」を原宿に出店。

対談場所:ル・プチメック 東京(Le Petit Mec TOKYO)東京都新宿区新宿3-30-13 新宿マルイ本館1F  tel:03-5269-4831

営業時間/11:00 ~ 21:00(日祝は20:30まで)  定休日/新宿マルイ本館の休業日に準じる
http://www.le-petitmec.co.jp/

新宿通りに面したマルイ1Fという一等地に店舗を構える。グリーンで統一した店舗は西山シェフの考える「フランス」をイメージ。ジャック・タチなど古き良きヌーヴェルヴァーグ映画のポスターを貼り、BGMにフランスのラジオ放送を使用、いつきてもかっこいいフランスがある。
バゲット、クロワッサンなど、王道のフランスパンで高い評価を受ける。バゲットは定番のバゲット、バゲット・リュスティック、バゲット・ルヴァンなど数種類を用意。自家製酵母を使用したミッシュ、渋皮栗と柚子のパンなどフルーツを使ったハードパンも充実している。フランス料理の技法を活かしたサンドイッチは、パンの世界に新風を吹き込んだ。パテ・ド・カンパーニュのサンドイッチは特に名高く、フルムダンベールとセロリのサンドイッチではまったく新しい組み合わせを提案。また、小さいポーションのバンズを使ったプチサンドもかわいい。
あんぱんやカレーパンは決して置かず、ドーナツの代わりにベニエ(揚げパン)を置く。焼き菓子も秀逸で、タルトやクイニーアマンには本当のフランスらしさがある。
店内にはイートインスペースあり。

前編 後編

対談を終えて

西山さん 最初に今回のお話をいただいた時は、丁重にお断りをさせていただきました。
その理由は、竹谷先生を私淑する多くのパン職人さんがおられる中、正しい知識や理論といったものをまったくというほど知らずに今日まで来た僕が竹谷先生と「対談」などおこがましいとしか思えないためでした。
日清製粉さんの「大丈夫、大丈夫」という言葉に背中を押され、初めてお会いした竹谷先生は、終始柔和な表情でいろんなことを僕にでも理解できるようにお話してくださいました。改めてパンは面白いと思いましたし、竹谷先生のお話は、ずっとでも拝聴していたいものでした。
また製パン理論だけでなく、竹谷先生の人となりからは、良き薫陶を受けた思いがします。
素晴らしい機会を与えていただき、本当にありがとうございました。

竹谷さん とにかく、素直、謙虚、勉強熱心というのが第一印象です。これでは、西山氏を嫌う人が居ないわけです。パン屋としての立ち位置もこれまでの我々とは違うところにあるように思え、それは経歴をお聞きして納得しました。早くに「30歳で独立する。」と決めていたそうですが、それまでの経験は、むしろ料理人としての方が長く、フランスへ2年間の留学も経験しています。帰国後1年間は以前のベーカリーオーナーの2号店立ち上げをお手伝いして、目標通り30歳で独立を果たしています。お客様を大切にする姿勢は本質的なものでしょうが、スタート時の苦労がそれをより本物にしています。「自分は不器用」と言っていますが、それを差し引いても余りある、舌の持ち主です。パンへのアプローチが味、焼き色、外観から入り、本からの知識とこれまでの経験、アイデアで本質に迫るあたりは、これまでの製パン技術者とは本質的な違いを感じます。パンと料理、どちらに力を入れるというのではなく、本当の意味でのマリアージュが出来るのが西山氏と思える対談でした。
これからのご活躍を楽しみにしております。

※店舗情報及び商品価格は掲載時点(2012年11月)のものです

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