パン屋さんで活躍する女性たち パンとお店と“私”のストーリー

VOL.38 たくさんの人に喜びを感じてもらえるベーグルを、感謝の思いを込めて手づくりしています。C'est joli(セ・ジョリ) オーナーシェフ 中元 恵さん

C'est joli(セ・ジョリ) オーナーシェフ 中元 恵さん

「C'est joli(セ・ジョリ)」は、フランス語で「心地よい暮らし/場所」という意味。高台からの景色を眺めながら、ヘルシーなベーグルを使ったランチや、かわいらしく美味しいスイーツをゆっくりと楽しんでもらいたいと思い名づけました。最寄駅となるJR海南駅からはバス利用となるため、決して恵まれた立地ではありませんが、落ち着いた雰囲気と、この場所の眺めの良さに魅かれて店を構えました。

東京暮らしにあこがれていた私は、短大卒業後、会社員として東京の会社に就職しましたが、父の死をきっかけに地元・和歌山に帰郷。その後、女性オーナーの飲食店でアルバイトをしたことで、私もいつか自分のお店をしたいと漠然とした夢を描くようになりました。しかし、趣味でお菓子づくりをする程度で特別な技術を何も持っていない私は、どこから手を付ければよいのか手探りの状態。断ち切れない東京への憧れと自分の店を持ちたいという一心で、再び上京することになりました。

2度目の東京生活は、料理教室の生徒からのスタートでした。自分のお店を持つまでは長い道のりであることはもとより覚悟の上。じっくりと腰を据えて製菓と製パンに取り組み、次は生徒から講師へ。掛け持ちで洋食キッチンでのアルバイトをしながら、休日は自分の理想を求めてカフェやパン屋めぐりを続けました。そんなときに教室の近くのカフェで食べたのが、パンとは違う不思議な食感のベーグル!はじめて口にしたベーグルはただただ美味しくて、毎日食べても飽きません。次第に自分でもつくってみたいと思うようになりました。

独特の食感にバリエーション豊富なフレーバー、丸みを帯びたドーナツ型の可愛らしい形など、ベーグルの魅力にどっぷりとハマり、時間があればベーグル専門店を食べ歩く日々。特徴や気づいたことをメモしながら自宅で再現し、改良しながら自分が一番美味しいと思う理想のベーグルをつくり上げて行きました。忙しい毎日のなかでも、時間があればベーグルが食べたいし、つくりたい。これほど私を夢中にさせてくれるベーグルなら、一生の仕事にできるんじゃないかと思いました。「ベーグルカフェをオープンしよう!」。そう決心したのは、東京での生活がちょうど6年になるころでした。

講師業のかたわら、将来はこんなカフェを持ちたいと思うような田園調布のカフェを手伝いながらカフェ経営のノウハウを学び、和歌山に帰郷。1年間の準備期間を経て2007年4月に「C'est joli(セ・ジョリ)」を開業しました。

パンへのこだわり

私のベーグルのこだわりのひとつは、大きさ。もうひとつ食べようかなと思う大きさではなく、ひとつで十分に食べ応えのあるベーグル。もうひとつは、ベーグルらしいもっちり食感。食べ歩きをしているときに出合ったベーグルは、それぞれ個性はあっても「軽すぎて二つくらい食べないと満足感がない」、「重みはあるけどぎゅっと詰まりすぎていて食べづらい」といったことが多く、自分の理想のバランスのベーグルをつくりあげました。

自分が食べたいもの、食べておいしいと思うもの。それが私のベーグルづくりの基本になっています。時代や流行に合わせて売れるものをつくればいいという考え方もありますが、それではどうしてもつくり手である自分の想いや気持ちが入っていかない。だから、どうしても自分の感覚がベースになるのです。

パン生地に一番影響を与えるのは、日々変化する温度や湿度。同じ素材、同じレシピでつくっても毎日同じものができあがるとは限らないのが、ベーグルづくりの難しさです。プロ仕様の大型の設備はありませんが、この小さな工房で日々の微細な変化を感じ取りながら、生き物であるベーグルと向き合っています。

素材の組み合わせを考えることもベーグルづくりの楽しみのひとつです。パンやお菓子とは異なるカテゴリーのレシピや食材からヒントを得て、新しい味を考えるのも私にとっては楽しい時間。今年からは、月に1度、季節に合わせたその時期に食べたくなる味の新作ベーグルを発売しています。先月はパインココナッツ、今月はカレーベーコン。私の新たな試みが、新しい味を楽しみに来てくださるお客様の期待に添うものになればうれしいですね。

気候や湿度によって発酵具合が変化するから、ベーグルは生き物と同じ。レシピ通りでは上手くいかないことも。 新作「黒糖レーズン」を試作中。満足するまで何度も改良を重ねています。 定番のベーグルに予約限定品、季節限定ベーグル、ベーグルサンドとバリエーションにもこだわっています。 ベーグルサンドに使ういちじくジャムは、旬の時期にたくさんつくっています。お店でも販売中。

女性ならではの苦労

これは、女性に限らずパン屋さん共通のことですが、とにかく朝が早いことですね。特に、2016年5月に人気TV番組「嵐にしやがれ」で当店のベーグル「チョコ&チョコチップ」が取り上げられたことで、全国から注文が入るようになり、生活が一変しました。それまでは3時起きだったのが、それでは生産が追い付かないため、12時や1時に起きて仕込みをすることに。もはや「朝」とはいえないですね(笑)。

もともと大量生産ができるようなプロ仕様の設備はないため、ひたすら一人で生地をこねては焼くということを繰り返していたのですが、できるだけお客様のご希望やご都合にお応えしようと1日中フル回転させてしまったせいで、私の相棒であるオーブンも壊れてしまいました。でもありがたいことに、1年経った今でも「テレビを見ましたよ!」と言って、遠くから訪ねて来てくださる方もいらっしゃいます。

お店というのは、自分の想いだけで維持できるものではありません。スタッフや家族のサポートがあってこそのもの。とにかく朝が早いので、少しでも睡眠時間がとれるように家族が協力してくれます。また、「このベーグルがあると思ったら楽しみに起きられるの」、「ここのベーグルが一番おいしい」とほめてくださるお客様の言葉も私の元気の素。おかげでオープン以来10年間、病気でお店を休んだことは一度もありません。私ひとりの力ではとても10年もお店を続けてこられなかったと思います。あらためて私を取り巻く多くの方に、感謝の心でベーグルをお届けしたいと思うのです。

どんなお店にしていきたいですか?

講師時代に、「常連さんが毎週オーナーに会いに来るような素敵なカフェがあるのよ」と同僚から教えられた「えんがわ」というカフェが田園調布にありました。行ってみるとその言葉通り、「このカフェをそのまま和歌山に持って帰りたい!」と思うほど。「和歌山に帰ってカフェをやりたいので、ここで勉強させてもらえませんか」と思わず申し出たところ、快く受け入れてくれ、お店を手伝いながらカフェ経営のノウハウを学ばせてもらいました。

当時、オーナーから「中元さんなりのお店が自然とできてくるから、心配しなくても大丈夫」と幾度となく励ましの言葉をかけてもらったことが忘れられません。あれから10年以上が経った今、「C'est joli」にも足繁く通ってくださる常連さんがすこしずつ増えいき、あこがれの「えんがわ」に近づけているのかなという気がしています。私自身、成長していくことが、お店の魅力につながっていく。まるで樹木がしっかりと大地に根を張っていくような、そんなゆっくりでも確かな成長でお店を繁栄に導いていきたいですね。

深夜ラジオを聞きながら一人で黙々と仕込みをする、孤独な時間が大好きです。睡眠不足と戦う日々ですが、同時に好きなことに思いきり没頭できる幸せも感じています。ベーグルづくりをスタッフに学んでもらって生産量を増やし、店舗規模を拡大してはどうかと提案を受けたこともありますが、それは私の本意ではないと感じます。「毎日食べたくなるベーグル」、「たくさんの人に喜びを感じてもらえるベーグル」を目指し、想いを込めて手づくりしていくこのスタイルを、お店の看板を下ろす日までずっと貫いていきたいと思っています。

「お近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さい!」

中元 恵さん お気に入りのパン

ココア(予約限定品) 200円(税込) ココア(予約限定品) 200円(税込)
ココアは、バンホーテンココアを100%使用したベーグル。チョコ&チョコチップベーグルの陰に隠れがちなのですが、実は私もスタッフもこのベーグルが大のお気に入り。チョコレートのような強い甘さやインパクトはないものの、ココアのほろ苦さが味わえる上品な大人の味のベーグルです。今は予約限定でおつくりしていますが、このおいしさをみなさんに知っていただき、いつか定番にできたらと思っています。ボンヌママンのマロンクリームとクリームチーズをはさんで食べるととてもおいしいので、ぜひ一度試してみてください。

ベーコンとりんごのコンポートサンド 600円(税込) ベーコンとりんごのコンポートサンド 600円(税込)
ランチでもお召し上がりいただけるほか、テイクアウトもOKのボリュームたっぷりのベーグルサンド。じっくりとコトコト煮たりんごのコンポートとクリームチーズ、カリッとジューシーに焼き上げた厚めのベーコンをプレーンベーグルにサンドし、アクセントに黒こしょうをきかせてピリッとスパイシーに仕上げています。ハムとフルーツの組み合わせはオードブルでもよく見かけますが、この素材の組み合わせもそうしたお料理からヒントを得たもの。コンポートの甘さとベーコンの塩味、黒こしょうの辛さの三つの違った味わいの絶妙なバランスを楽しんでもらえればと思います。

アールグレイ&オレンジ 210円(税込) アールグレイ&オレンジ 210円(税込)
カフェでもお出ししている東京・田園調布にある紅茶専門店ティージュの香り高いアールグレイの茶葉とオレンジピールをたっぷり使ったベーグル。口に入れると柑橘系の香りがふわっと広がり、二つの香りのさわやかなハーモニーが楽しめます。元々は季節限定ベーグルとして思いついてつくってみたものですが、とても人気があったので定番化しました。このベーグルもやっぱりクリームチーズをはさんで食べるのがおすすめですね。

店舗情報

店名/C'est joli(セ・ジョリ)
郵便番号/〒642-0023
所在地/和歌山県海南市重根1981-25 たつべパーク内
最寄駅/JR海南駅
アクセス/JR海南駅よりオレンジバス乗車約10分、「重根宮橋」下車徒歩5分
電話番号/073-487-5314
営業時間/10:00~17:00
カフェタイム10:00~17:00、ランチタイム11:30~14:00
定休日/火曜・水曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2017年10月)のものです

<オススメパン> チョコ&チョコチップ 260円(税込) いちじくのサンド(いちじくジャム&クリームチーズ) 480円(税込) チーズ&黒こしょう 260円(税込)

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