パン屋さんで活躍する女性たち パンとお店と“私”のストーリー

VOL.48 三姉妹で再開した父のパン屋。3人の個性とこだわりが融合したお店です Nitta Bakery(ニッタベーカリー)店主 新田 麻記さん

Nitta Bakery(ニッタベーカリー)店主 新田 麻記さん

京阪電車の清水五条駅から歩いて10分の六波羅蜜寺に近い静かな住宅地、ここは父の実家があったところ。今も近所のお客さまが、パンを求めて足を運んでくださる、私たち家族の大切な場所なんです。

ニッタベーカリーは、父が営んでいたパン屋です。約30年の歴史がありましたが、今から5年前に仕事中に父が突然病に倒れ、亡くなってしまったのです。父を含めた誰もが、まだまだ元気で仕事をするだろうと思っていたので、ただ呆然とするばかり。

突然、父親を失った私たちと、通いなれたパン屋を失ったお客さま。店を続けることも考えましたが「今の私たちが跡を継いでも、父のようにはできない。3人で本格的に修業をして、数年後にもう一度集まろう」ということになりました。

父は黙々と仕事をするタイプの職人。店のパンはほぼ一人でつくっていました。パン職人になる前はレコード店などで働いていたようで、父の集めたレコードが200枚近く残っています。それらのレコードは店内にディスプレイして、BGMにはジャズを流しています。父がパン屋になった詳しい理由は聞けず終いでしたが、音楽は趣味にしておいて、手に職をつけて働こうと思ったんではないかと思います。

父が亡くなったのは、長女の私が会社員を辞めて店を手伝いだしたころ。いつかは父の店を継ごうと考えていたのですが、具体的に考えるようになったのは、亡くなる数ヵ月前に父が体調を崩したとき。これからは手伝う量を増やして、きちんと引き継いでいかなければと思った矢先でした。

姉妹3人でそれぞれに修業を始めましたが、最初は再開できるかどうかもわかりませんでした。閉まったままの店のシャッターに「もう一度パン屋をオープンします。数年後…」という貼り紙をしました。それはお客さまの「なぜ閉まっているのか」という疑問に答えるため。そして「必ず再開しますが、それはいつになるかわかりません」というメッセージを伝えるため。張り紙を出してからは、ご近所の常連さんから「いつできるの?」と声をかけられるようになりました。

父が亡くなったとき、店を閉める選択をしなかった理由を聞かれることがあります。その答えは「父の背中を見ていたから」。優しい父でした。父のように30年、40年と地域に愛され続けるパン屋を目指していきたいと思っています。

パンへのこだわり

1個が200円から300円といった高価なパンを売る店が増えてきました。けれど自分自身が買うとなると「高いな」と…。ですからウチでは、毎日食べても飽きないものを、毎日買ってもらえるような価格で提供しています。

現在、約40種類のパンを出していますが、どちらかというと柔らかい系のパンが多いですね。お年寄りの多い地域なので、ハード系は売れないかなと予想していたのですが、案外よく売れるんです。これからはハード系のパンも増やしていきたいと思っています。

店舗が小さいので、一日に何度も焼かなければなりません。お客さまがいらっしゃるたびに、ちがうパンが並んでいるよう商品を回転させています。お客さまに喜んでいただくために、秋はキノコやさつまいもを使ったパンなど、季節限定の商品も次々に出しています。パンに使う野菜やくだものは、父のときと同じ八百屋さんから仕入れています。

メニューの開発は、主に三女の里奈が担当しているのですが、3人それぞれに好みがちがうので、意見を出し合いながら試行錯誤しています。3人が別々のところで修業してきたので、味のバリエーションが広がっていると感じています。自分たちが覚えている懐かしい父の味、長年の常連さんに認めてもらえるようなパンも出していくつもりです。

パン職人の仕事がきついのはわかっていましたが、早朝4時に起きて仕事を始めるのはやはり大変です。けれど3人でやっているから、できている部分はあると思います。長女の私は、全体をまんべんなく見ている感じ。次女の明香はお客さまを覚えるのが得意で、よく来てくださる方には「いつもありがとうございます」と声をかけています。三女の里奈は、パンをつくるのが大好きで、いろいろとこだわりが強いタイプだと思います。

少ないスペースを活用するため、一日に何度も焼き上げます。店内にはいつも焼き立てが並びます。 パンの製造から販売、店の運営まで、何でもこなします。忙しいけれど充実した毎日です。 ハード系のパンも人気です。今後はもっと種類を増やしていきたいと考えています。 車が1台通れる程度の道の角っこにお店があります。自転車や徒歩でご来店ください。

女性ならではの苦労

女性だからということで苦労したと思ったことはありません。私が修業した店も女性職人の多い店だったので、特にハンデも感じませんでした。それより三姉妹のパン屋ということで、オープンしてすぐにテレビ番組で紹介されたり新聞に出たりして、逆にメリットがありましたね。

私たち3人は、別々のところで修業させてもらいました。私はそのころ、山科に住んでいてそこから通えるところで働きました。面接の時「とにかく2年間は働かせてください」とお願いしました。2年経ったら他の店で勉強しようと考えていたのですが、結局5年間その店にいました。というのも働き始めて約1年後に、1つの店の店長を任されることになったのです。店長の経験をさせてもらい、人を動かすことの難しさ、経営のことなどを経験し、現在の仕事にとても役立っています。

次女は京都の有名店で販売の仕事を担当。人気のあるお店だったので、お客さまが一気に押し寄せたりして大変だったそう。その経験を活かして、今は店のレジをこなしてくれています。

父が亡くなったとき、三女は東京のパン屋で働き始めたばかり。店の再開のため社長に直談判して、生地の仕込みから本格的に勉強してきました。東京にいる間にできるだけ多くのことを学びたいと、ずいぶん頑張ったようです。新宿にあったその店はとても忙しかったようですが、本人のやる気や、ていねいな仕事ぶりを評価していただきました。

3人とも父の店を再開するという目標がはっきりしていたので、5年の間ホントに頑張ったと思います。そして各自がいけるかなというタイミングを見計らって、開店の1年半ほど前から店舗の改装を開始。そして2018年の7月にそろって退職し、9月9日に再開店の日を迎えました。

お客さまは近くの主婦の方が多いので、女性の気持ちで「自分だったらこんなパンが食べたい」と発想することも女性ならではのメリットです。主婦といっても、小さいお子さんのいる方にはこんなパン、ベテラン主婦の方にはこんなパンと、いろいろ工夫しています。

どんなお店にしていきたいですか?

マスコミに取り上げてもらったおかげで、遠くからわざわざ来てくださるお客さまもいます。ウチの店はわかりにくい場所にあるので、お客さまから「どうやって行くの?」とよく聞かれます。そんなときは「開睛小中学校の北です」と説明しているのですが、自分たちが美味しいと思うパンしかつくっていないので、探してでも来てもらえる店にしていくのが夢ですね。

新規オープンと言っても、父がつくってくれたレールの上を走っているようなもの。昔からのお客さま+新規のお客さまと、普通の新店オープンの2倍のお客さまが来てくださるので恵まれていますよね。父の同級生の方や、「昔、お世話になりました」と言って来てくださる方もおられます。

無理をして体を壊さないよう週2回、火曜と金曜を定休日にしています。ですが、営業日にはできない事務仕事や銀行に行ったりと、けっこう忙しいんです。また、京都はパン屋さんが多いので、新しい店ができたら研究しに出かけたりと、休日もパンづけの毎日です。

レストランなどから卸して欲しいというお声や、催事の出店依頼もありますが、私たち姉妹と母、大学生のアルバイトでまわしているので、今は正直、いっぱいいっぱい。母もサンドイッチづくりや、餡をはさんだりと毎日活躍してくれています。

店の再開について、母は「本当にできるとは思わなかった」と言ってます。父はきっと天国で、毎日ハラハラしているんじゃないでしょうか。

「お近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さい!」

新田三姉妹 お気に入りのパン

角食パン 1斤260円(税別) 角食パン 1斤 260円(税別)
(長女・麻記さんのお気に入り)
多いときには1日に3回も焼く、昔からの常連さんに人気の商品です。父がつくっていた食パンと、同じ味を再現することにこだわっています。とてもシンプルなパンなので、いろいろアレンジして自分好みの食べ方が楽しめます。歯切れが良く、サクッとした食感なので、トーストにしてバターやジャムと合わせると最高です。うちの店でつくるサンドイッチには、この角食を使っています。

オリーブパン 200円(税別) オリーブパン 200円(税別)
(次女・明香さんのお気に入り)
イタリア北部発祥のパン、チャバタの生地を使っています。パンの中には、グリーンオリーブの実がゴロゴロ。水分を多く含ませるポーリッシュ法でつくる、チャバタ生地ならではのもっちりとした食感と、食べごたえが魅力です。少しずつちぎって食べていると、いつのまにか完食してしまう、クセになる味わい。ほどよく塩味が効いているので、ワインなどのおつまみにもぴったりです

ミルクバー 120円(税別) ミルクバー 120円(税別)
(三女・里奈さんのお気に入り)
生地に水分が多めに入っているので、お年寄りからお子さままで、どなたにでも食べやすいと人気のおやつパン。見た目より柔らかく、チャバタ生地特有のもちもちとした食感が絶妙です。内側の気泡が大きく、あっさりした味わいのチャバタに、練乳入りのしっかりした味わいの自家製ミルククリームを、たっぷりサンドしています。ほかにラムレーズン入りのものもあります。

店舗情報

 

店名/Nitta Bakery(ニッタベーカリー)
郵便番号/〒605-0844
所在地/京都府京都市東山区六波羅南東入多門町158-4
最寄駅/京阪・清水五条駅
アクセス/京阪・清水五条駅より徒歩約10分 京都市立開睛小中学校の北
電話番号/075-541-3855
営業時間/7:00~18:00
定休日/火曜・金曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2019年1月)のものです

<オススメパン> クロワッサン 170円(税別) バゲット 260円(税別) コロッケバーガー 250円(税別)

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