パン屋さんで活躍する女性たち パンとお店と“私”のストーリー

VOL.49 大好きなアルザス地方とアルザスのパンの魅力を街の皆さんにお伝えしたいです
 L‘atelier de KANDEL Tokyo(ラトリエ ドゥ カンデル トウキョウ)店主 奥田 有香さん

L‘atelier de KANDEL Tokyo(ラトリエ ドゥ カンデル トウキョウ)店主 奥田 有香さん

武蔵小金井駅からバス通りを10分ほど歩くと、ごく普通の民家の玄関先におとぎ話に出てくるようなかわいい小屋があります。2012年6月6日に開業した、私の店「L‘atelier de KANDEL Tokyo」です。週に3日、月水金の朝に小屋のドアが開き、焼きたてのパンが並びます。ハード系のパンが中心で、私の大好きなアルザス地方のパンもご紹介しています。

筝曲の家元に生まれた私は、幼い頃からピアノや琴を習い、音大に進学しました。在学中にドイツ人留学生のお母さんがつくってくれたドイツパンに感動し、進路を180度転換。ベーカリーのアルバイトからパン修業をスタートしました。途中、語学の勉強を兼ねてフランスへ渡った2002年、パンの世界大会「クープ・デュ・モンド」で日本チーム優勝を目の当たりにします。「よし、フランスパンを本気でやるならドンクだ!」と決意して帰国し、いくつかのベーカリーを経てドンクに入社。仁瓶利夫氏の講習会で助手を務めるなどの経験もさせてもらい、フランスパンの極意を学びました。

転機となったのは、2009年に参加したアルザスでの研修です。研修先は、MOFブーランジェ、ジョセフ・ドルフェール氏の店。以前にテレビの紀行番組で見て以来、こんな店で働いてみたい!と憧れていた、まさにその店で働くことができたのです。
アルザスでの体験は、それまで10年以上かけて自分がやってきたパンづくりって何だったんだろう?と思わせる驚きに満ちていました。パンのつくり方はとても自由!計量はするけれど、あとから水をたしますし、発酵も時間にとらわれずに、生地を触ってタイミングを決めます。
そして、フランスでは職人の労働時間が法律で厳しく決められているので、7.5時間働いたら皆、さっと上がります。その後は、家族とゆったりくつろいだり、庭の手入れをしたり、趣味にいそしんだり。仕事を始めて約30分後に手の空いた人からコーヒータイム。そうしないと、頭も体もうまく動かないでしょ?と彼らは言います。仕事にはとても真剣に取り組み、でも時間に追われることはなく、余暇も楽しむ、とても豊かな人生を過ごしているように感じました。

帰国後に、結構大きな手術を受けた私は、日本のベーカリーで以前のようにハードに働くのは無理だと感じていました。今の店は、もともと私の大伯母の家で、隣には祖父母が住んでいました。家の片づけを手伝っていたとき、「高齢の家族を見守りながら、ここで自分のペースでパンをつくることならできるんじゃないか」とひらめいたのです。ダイニングキッチンを改造して、コンパクトな機材をそろえ、売り場はフィンランドから小屋のキットを取り寄せ、大工仕事が趣味の知人が組み立てを引き受けてくれました。妹が壁に店のキャラクターの絵を描き、幼馴染と2人で販売も手伝ってくれました。
こうして家族の家に、みんなの助けを借りて、手づくりの「ラトリエ ドゥ カンデル トウキョウ」が誕生したのです。店名は、アルザスの師匠、故ジョセフ・ドルフェール氏の紹介で親しくなった、パンと菓子職人カンデル氏からいただいて、「カンデルさんの東京のアトリエ」という意味です。仕事と暮らし、どちらも大切にするアルザス流の働き方で、心を込めて丁寧にパンをつくり、街の皆さんに喜んでいただいています。

パンへのこだわり

アルザス地方のいろいろなパンに出会えるのが当店のいちばんの特長です。アルザス地方はフランス北東部、ライン川を挟んでドイツとの国境に位置して、パンもフランスのパンと、ドイツのパンの特徴が混じりあっています。現地と全く同じとはいきませんが、こういうパンがあるんだな、と皆さんにアルザスに興味をもっていただけたら、と思っています。

たとえば、「スブロート」はアルザスで昔から食べられている素朴な食事パン。配合はほぼバゲットと同じですが、よりもちもちっとした食感で、噛むほどに小麦粉の香りが立ちのぼり、心地よく鼻に抜けていきます。当店では1930年代のディレクト法でつくっています。この春には、「スブロート」のことをもっと深く調べてみたくて、少し長めにお店を休んでフランスに行ってきました。また、バゲット生地にヒマワリの種、アマニ、ゴマなどの雑穀を混ぜた「パン・オ・セレアル」も、向こうで食べて、とてもおいしかったので早速取り入れてみました。
同じ小麦粉で同じ生地をつくっても、気候やその日の状況の違いで、仕上がりは微妙に変わることがあります。大先輩からアドバイスをいただいたり、若い職人の方とも情報交換したり、自分でいろいろ試してみて、よりおいしく、より香り高くつくるにはどうしたらいいかを、常に追求しています。

パンの種類は25~30種類。決して多いとはいえませんが、毎日仕込むパン生地は12種類。同じ配合でも、発酵を変えると、味わいは大きく変化します。それをお客様にご紹介したいのと、自分の勉強のためにも、なるべくいろいろな生地をつくるようにしています。そして、どれも特別な日に食べるものではなく、毎日、毎食でも食べたいと思っていただけるものをめざしています。
お客様も最初はいろいろなパンを試されて、次第にそれぞれお気に入りが定まってくるみたいです。毎回同じパンを買われる常連の方もいらして、製法を変えたときに気づかれて「あれ?変えた」「おいしくなったね」とか「私は前のほうがよかった」など、お声をいただくと手ごたえを感じます。

バゲットは、朝3時から仕込みを始め、開店直前に焼きあげます ハード系を中心にしたラインアップ。少人数のご家庭でも買いやすいように、小さめのポーションにしています 小麦粉が香る「スブロート」。クラムはツヤっとしてもっちり 発酵の違いで味わいや食感に変化が生まれます

女性ならではの苦労

体格・体力的な面でのハンデは確かにあるかもしれません。小柄な私は、大きな窯のいちばん上の段に手が届かなかったことも。事故を防ぐために女性には窯の仕事をさせない店もありました。フランスのパン屋では50kgの小麦粉の袋が何段にも積まれています。25kgぐらいなら持ち上げられますが、50kgとなるとかなりハードです。

アルザスに行く前は、自分で店を持つなんて考えてもいませんでした。帰国してから手術をし、今後どうするかいろいろ悩んでいた時期には、いっそフランスで製パンの学校に入って資格を取って、向こうで働こうかとも思いました。カンデルさんに相談したら「もういい年齢だし、技術を持っているのだから、学校で勉強なんかするより自分で店をやればいいじゃないか」と意外な言葉が返ってきたのです。
どこかの店に、自分をはめ込むのではなく、自分にちょうどぴったりのボリュームで仕事をつくる、という道もあることに気づかされました。ごく普通の民家をパン屋にして自分1人でパンをつくる…。一見無謀にも思えますし、当初はここに置けるサイズのホイロが見つかりませんでした。でも、アルザスでみんながいきいきと働いて、幸せに暮らす姿と、自由なパンづくりを見てきた私は、「そうか、ここだったら家賃もかからないし、ホイロなしでも行けるんじゃない?」と思えたのです(実際、ドルフェール氏の店ではホイロなしでパンづくりをしていました)。
部屋の冷房と暖房で発酵の温度をやりくりして、生地の様子を見る合間に、高齢の家族たちにも気をかけながら、自分のペースで自分のパンをつくるスタイルを確立していきました。

どんなお店にしていきたいですか?

今は営業日前日に菓子パン生地などの仕込みをし、当日は3時スタートでハード系の生地に取りかかり、10時半の開店までにほとんどのパンを焼きあげています。ミキサーもホイロも小型、窯も上下2段の小さいものなので、1種類のパンを2回に分けて仕込む場合もあります。
自分がつくりたいと思い、お客様にも喜んでいただけるパンをつくることはできていますが、量をこなせないため、日によっては12時30分に売切れ閉店となることもあります。2時間で閉店では、せっかく買いに来てくださったお客様に申し訳ないですし、販売ももう少しスムーズにしたい。母屋も老朽化してきましたから、今、建て替えを計画しているところです。1階を店舗と工房、2階を自宅にして職住近接に、店舗内にはイートインスペースもつくる予定です。

もちろん、リニューアル後もテーマは「アルザス」です。アルザス地方のどの街、どの村に行っても、ひとことで言って「かわいい!」。木組みの家々の窓辺は花で彩られ、アルザスのシンボルであるコウノトリが青い空をゆったりと舞い、街のあちこちに巣をかけて子育てしています。
フランスからアルザスに入った瞬間に、おそらく誰もが感じる、まるでおとぎの国に来たような感覚。少しでもその雰囲気を感じていただけたらいいな、と思い、店の前は小さな広場みたいなスペースにして果樹園をつくり、もちろんこの小屋も片隅に残すつもりです。
実現するまでまだまだ時間はかかると思います。でも、振り返ってみると、「こんなことがしたい」と願い、言葉にすることで、よき師匠に恵まれ、知恵や力を貸してくれる人に出会い、運よくチャンスをつかむことができたと思っています。
自由に、そして真剣にパンと向き合って、おいしいパンとアルザス地方の「かわいい!」を、今よりももっともっと楽しんでもらえる店をつくりたいな、と今からワクワクしています。

「お近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さい!」

奥田 有香さん お気に入りのパン

スブロート 240円(税込) スブロート 240円(税込)
お気に入りは3点ともアルザスの師匠に教わったパンです。自分のパンづくりが変わったきっかけでもあり、アルザス滞在中、毎日毎食のように食べても、飽きることのなかったおいしさ。スブロートは、バゲットの原型のようなパン。1930年代のディレクト法をベースにつくっています。発酵による甘みと香りが存分に引きだされ、そのままでもバターを塗って食べてもいいですし、サンドイッチにしてもおいしいです。

パン・ア・ラ・ビエール 210円(税込) パン・ア・ラ・ビエール 210円(税込)
師匠であるジョセフ・ドルフェール氏が地元のビール会社とコラボしてつくったスペシャリテ。マッシュポテトを練り込んだライ麦パンの表面に、黒ビールとライ麦を混ぜた生地を塗って焼きあげています。ライ麦30%の生地は、しっとり軽やかで食べやすく、黒ビール独特の色と香りが特長です。チーズをはじめ、いろいろな料理に合います。「このパンが好き!」というお子さんも意外に多いんです。

ブリオッシュ・ア・ラ・カネル 270円(税込) ブリオッシュ・ア・ラ・カネル 270円(税込)
ブリオッシュ生地にたっぷりのシナモンシュガーとバタークリームをのせて焼成。その後、ホイップした生クリームを塗って、もう一度焼いています。甘くてとてもリッチなおいしさ。アルザスでは、行事ごとにブリオッシュ生地でお祝いのパンをつくり、シナモンをきかせたブリオッシュもいろいろありますが、バターとクリームが流れ出ないようにマンケ型に入れて焼いたのがドルフェール氏のアイデア。本場と同じ、20cmの大きなサイズもできますが、切り口が乾燥しないように食べきりサイズでつくっています。

店舗情報

 

店名/L‘atelier de KANDEL Tokyo
(ラトリエ ドゥ カンデル トウキョウ)
郵便番号/〒184-0013
所在地/東京都小金井市前原町3-29-14
最寄駅/JR中央線武蔵小金井駅
アクセス/武蔵小金井駅南口から徒歩11分
電話番号/非公開
営業時間/10:30~13:00(昼休み約60分)
14:00~17:00 ※売切れ次第閉店
定休日/火曜・木曜・土曜・日曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2019年5月)のものです

<オススメパン> バゲット・カンデル 240円(税込) リュスティック・ノア 210円(税込) カンデルちゃん(メープルキャラメル入り)
 190円(税込)

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