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食事パンを究め、
理想のパンづくりに挑む
vol.41 「BREAD IT BE」(ブレッドイットビー) 森田 良太氏

コロナ禍の制限が緩和され、賑わいが戻ってきた神奈川県・鎌倉市。駅から徒歩4分ほどの静かな住宅地に「BREAD IT BE」(ブレッドイット ビー)がオープンして3年半。森田良太シェフが、理想のパン屋として想いを込めた店は、地元にしっかりと根付き、パン好きな人々に愛されている。避暑地のようなオシャレなガーデンの中に佇む「BREAD IT BE」。パン屋とは思えないしゃれた店構えは、ここだけが別世界という雰囲気を醸し出す。

「BREAD IT BE」(ブレッドイットビー)

食事パンの店「BREAD IT BE」

3坪ほどの小さな店内には、自慢のバゲットやロデヴなど、25アイテムが並ぶ。どれもが森田シェフが自ら焼いた自慢の逸品だ。ここには菓子パンや惣菜パンはない。食事パンだけだ。フィリングの味に頼らず、シンプルなパンだけで勝負したいと、あえて食事パンだけにした。
オープン当初、業界を知る人は「本当にやっていけるのか」と心配したが、そんな心配は全く無用。今は食事パン好きの人々の聖地として知られている。また近隣のレストランからも、料理に合わせるパンの注文が舞い込み、「食事パンが美味しい店」として、浸透している。
ハード系というと硬いパンと思われがちだが、高加水のパンは見た目は固そうでも中はモチモチして食べやすい。ハード系のイメージを払拭したいと森田シェフ。
クロワッサンやブリオッシュはあるが、菓子パンや惣菜パンがないから、フィリングをつくる必要もなく、厨房は少ない人数で対応できるという。

店内
食事パンがズラリと並ぶ

シンプルなパンだけで勝負したい

食事パンだけで勝負すると決意した森田シェフ。自家製粉にもこだわる。売り場から見える厨房には、ドイツから取り寄せた製粉機が鎮座する。
この店の看板メニューは「BIBバゲット」324円だ。自家製粉の粉2種類を含めて5種類の小麦粉をブレンド。自家製酵母と老麺を使い、長時間じっくりと発酵させ、高温でパリッと焼いた。奥深い香りとサックリ口どけの良いクラスト、もっちりしたクラムが絶品だ。これが翌日になっても続くから驚く。森田シェフの情熱とワザが結集した逸品といえる。

左BIBバゲット、右スペルトバゲット
高加水長時間発酵で中はもっちり
自慢の窯の前で

「オーガニックロデヴ」1/2カット864円も、森田シェフのこだわりが光る。生地量1キロ、水分量108%という森田流ロデヴは、触るとブルンブルンだ。高温短時間で焼き上げるから見た目はワイルドだが、クラストは薄く、口に入れるとプルプルで、そのみずみずしさに驚く。
ロデヴは「ベーカリー&レストラン沢村」(以下沢村)でも焼いているが、沢村とは粉も水分量も違うと森田シェフ。それはドイツ製の窯バッハテルの性能が抜群で、高温で一気に焼けるからだという。「このバッハテルに出会っていなかったらこんなロデヴは焼けなかった」と、満足げだ。

見た目はワイルドなロデヴ 
中はみずみずしくジューシー

粉を組み合わせて森田流のパンに

夜中の3時から厨房に

今でも夜中の3時から厨房に入るという森田シェフ、その動きはノンストップだ。元々粉好きで、「もっと余韻が残るパンをつくりたい。」と、ドイツ製の製粉機を導入した。
コンパクトだが、篩もあるから粉の粒度が調整できる。「麦の種類、粉の粒度を変えると何通りもできる」という。

秦野産ユメカオリのコンプレ

つくりたいパンに合わせて、香りの強い粉、ベースになる粉などを組み合わせる。この組み合わせの妙が、他にはない森田流のパンを創り出す。
自家製全粒粉を使った「秦野産ユメカオリのコンプレ」1/2カット432円は、粉の香りともっちりした食感が絶妙だ。ここにしかない味わいで一度食べるとクセになる。

「サングリア」もこの店のスペシャリテだ。赤ワインを使った「サングリアロッソ」と白ワインを使った「サングリアビアンコ」があるが、伺った日は「サングリアロッソ」1/2カット453円を焼いていた。ドライフルーツを赤ワインに漬け込み、シナモンやクローヴなど4種のスパイスを使ったものだ。しっとりジューシーで、スパイスの香りがパンに奥行きと余韻を与えている。

サングリアロッソ
赤ワインとスパイスの香りが奥深さを与えている

パン職人人生10年の集大成 

「ベーカリー&レストラン沢村」(以下沢村)も「THE CITY BAKERY」(以下CITY BAKERY)も、経営は株式会社フォンス(以下フォンス)である。元々蕎麦店からスタートしたが、2010年、軽井沢に「沢村 軽井沢ハルニレテラス」をオープン。以来、沢村とCITY BAKERY併せて35店舗を展開。いずれも都心の好立地に出店、外食産業の勝ち組として君臨する。
森田シェフは2009年に入社以来、10年以上もベーカリー部門の発展に寄与してきた。「そろそろ独立して理想のベーカリーを創りたい」と告げると、「好きにやっていいよ」と社長。そこで長年温めていた構想を具現化したのが「BREAD IT BE」だ。
立地から店の設計、内装、店名、ロゴデザインまで、全て森田シェフが想い描いた通りに仕上げている。店名の「BREAD IT BE」は、10個の候補から選んだという。ビートルズ好きの森田シェフが『パンであれ』という意味を込めたものだ。
「勤続10年のご褒美ですね」と笑顔を見せる森田シェフ。オーナーはフォンスだが、森田シェフパン職人人生10年の集大成といえる。
もともとデザインするのが好きという森田シェフ。店内にはロゴをデザインしたTシャツや帽子、エコバックが並んでいるが、これも森田シェフのデザインである。パンづくりの器材を活用したユニークな照明もそうだ。ここはまさに森田ワールドだ。とはいえ「収益はきちんと上げないと」と語る森田シェフの眼は自信に満ちていた。

ロゴをデザインしたグッズも販売
パン作りの器材を使った照明

志賀シェフに憧れて

森田シェフは最初からパン職人を目指したわけではない。最初は中華レストランで働き、東京にハード系のパンが出てきたころ、パン職人に転身した。横浜のホテルで修業していたが、ユーハイムの志賀勝栄氏に憧れ、ユーハイムに転じた。しかし当時のユーハイムは人気店で、志賀氏と共に仕事することはできなかった。その後横浜のベーカリーに移り、2009年フォンスの誘いで入社。沢村ハルニレテラス店のオープニングスタッフとして奮闘した。
ニューヨークの「CITY BAKERY」が日本のパートナーを探していたとき、いち早く手を挙げ、ニューヨークに乗り込んだのがフォンスだった。森田シェフも同行、すぐさま厨房で研修がスタートした。多くの会社の中からフォンスに決まったのは、森田シェフの実力のおかげといえよう。そのCITY BAKERYも今や25店を超える。

「志賀さんはユーハイムを辞めてからの方がお会いする機会が多い」と森田シェフ。低温長時間発酵の食事パンなど、今の森田シェフのパンづくりの原点は、志賀シェフにあるようだ。

沢村広尾プラザ店の前で 
CITY BAKERY赤坂店

パンは育てるもの

アガペレモンリュステイック

「パンは生き物、つくるものではなく育てるもの」と森田シェフ。粉だけではなく、発酵種にもこだわる。種としては老麺を使うことが多いが、ルヴァン種、ルヴァンリキッド、ライ麦のサワー種、レーズン種、ホップ種など7種類の自家製酵母を育てている。

自分が求めるパンをつくるためには、数種の粉と種を自在に組み合わせ、最適を追及する。それが何通りもあるのだから森田シェフの探求心をくすぐる。
「シンプルなパンほど素材で差別化する」と、粉と種へのこだわりは余念がない。

お薦めのパンを伺うと、「BIBバゲット」「コンプレ」「ロデヴ」「サングリア」を挙げてくれた。店舗入り口の看板には「アガペレモンリュステイック」とあるので買ってみた。レモンピールが入ったもちもちのリュステイックにアガベシロップを塗ったというが、その爽やかな香りと優しい甘さが忘れられない味わいであった。

そして驚くのは「たとえばこんなカレーパン」410円である。なんとカレーフィリングを包むのでなく、生地に錬り込んであるのだ。まさに斬新なカレーパンといえる。森田シェフのアイデアだ。

たとえばこんなカレーパン
カレーの具が生地に錬り込まれている

フォンスベーカリー部門のトップとして

フォンスのベーカリー部門統括責任者として活躍する森田シェフ。沢村とCITY BAKERYを併せると35店舗を超え、ベーカリー部門は最大の事業となっている。これを担うパン職人の育成、採用等も森田シェフに課せられた重要な任務である。
2023年3月末には旧軽井沢に「沢村ロースタリー 軽井沢」をオープンしたが、こうした新店に向けての商品開発も森田シェフの仕事だ。

黙々とパンづくりに没頭
パンづくりについて語る森田シェフ

「いまさら独立する気はありません」と森田シェフ。1か月の内、6~7割は、鎌倉の「BREAD IT BE」でパンを焼き、残りは沢村やCITY BAKERYで後輩の指導や採用、商品チェックに携わる。多忙な日々だ。
これ以上忙しくしたくないと言いながらも、最近カフェをやって欲しいとの話が舞い込んできたと打ち明ける。もしかすると「BREAD IT BE」のパンを楽しめる究極のベーカリーカフェが出現するかもしれない。
「パンづくりは無限で楽しい」と語る森田シェフ。食事パンだけで勝負する「BREAD IT BE」は、日本人に新たなパンの楽しみを与えてくれている。
3月中旬に出店したパンフェアでは、開店3時間で完売したという。しっかりブランドを築き上げているといえる。「自分は経営よりパン職人でいたい」と語る森田シェフ。今後どのような食事パンの世界を切り拓くのか、楽しみだ。

食事パンを究める森田シェフ

森田 良太氏

1979年埼玉県生まれ。 料理の専門学校を卒業後、横浜中華街にて料理人としてスタート、ホリデイ・イン横浜に転職。志賀勝栄シェフに憧れユーハイムに入社。その後新横浜シャンドブレのシェフを経て、2009年株式会社フォンスに入社、沢村やニューヨーク発「THE CITY BAKERY」の立ち上げに活躍。2020年2月、鎌倉に「BREAD IT BE」をオープン。フォンスのパン部門の統括責任者として商品開発や人材育成を担っている。

「BREAD IT BE」(ブレッドイットビー)

郵便番号
248-0006
住所
神奈川県鎌倉市小町2-16-35
最寄駅
JR 鎌倉駅
アクセス
JR 鎌倉駅より徒歩4分
電話
0467-33-4680
営業時間
9:00~18:00(売り切れ次第閉店)
定休日
水曜、第2木曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2023年04月)のものです

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2023年04月)のものです

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