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「パンづくりは私の人生そのもの」
〜フランスで念願のパン屋をオープン〜
vol.42 Boulangerie Corneille(ブーランジュリー・コルネイユ) 成澤 芽衣氏

パン職人としてフランスで活躍する成澤芽衣さんをご存じだろうか。成澤シェフといえば、2017年フランスのバゲットコンクールで優勝、女性初、外国人初の快挙を成し遂げたことで知られる。それだけではない。2023年3月には、フランスのアンジェで、自分の店をオープンするという夢を実現させた。日本には度々帰国し、百貨店などのイベントに出店、本場のフランスの味を伝えている。ガッツあふれる成澤シェフのパン人生とはいかなるものか。

アンジェのお店の前で師匠のシャール氏と。アンジェの店には成澤シェフ自慢のパンが

三越日本橋本店に世界一のバゲットがやってきた!

2023年10月初旬、三越日本橋本店では「フランス展2023」が開催されていた。食品やファッション・アクセサリーなど数々の“フランス”が並ぶ中で、お客様が一番行列していたのは、成澤芽衣シェフの『世界一のバゲット』だった。
会場の奥には厨房が設置され、成澤シェフの勇姿を見ることができる。14アイテムを揃える成澤シェフのパンは15時でほぼ完売、バゲット・トラディションだけが数を増やして焼かれていた。そのバゲットを求め、お客様が行列をつくる。

人気のバゲット・トラディション
バゲットしか残っていないが大行列

三越本店でのフランス展のイベントに参加するのは、今回で4回目という成澤シェフ。今回は師匠のリシャール・リュアンMOFとの共演ということもあり、より一層ファンが詰めかけたのであろう。「こんなにも多くの方が!」と成澤シェフ本人が驚くほどの人気ぶりであった。

会場には2人の写真入りのポスターが
師匠のリシャール氏と成澤シェフ

フランスそのままの味を伝えたい 

自慢のアイテムを揃えた

このフランス展では「フランスそのままの味を伝えたい」と、自慢の14アイテムを揃えた。どれもが完成度が高く、フランスの香りがする。それぞれ限定販売だから数時間行列してでも手に入れたい気持ちは理解できる。運よく手にできた商品の一部を紹介しよう。

なんといっても一番人気は「バゲット・トラディション」 486円(税込)だ。成澤シェフが2017年フランス全国バゲットトラディションコンクールで優勝したレシピそのままという。日本でも現地の味を再現したいと試行錯誤した結果、選んだ粉は日清製粉の「テロワールピュール」だった。小麦の香り、食感共に、世界一に輝いたバゲットを味わえることは嬉しい限りだ。

人気のバゲット・トラディション
クラストはカリッとクラムはふんわり

「ブリオッシュ・トレセ」 1,102円は48時間ゆっくり生地を熟成させたブリオッシュだ。その大きさもインパクトがあるが、ふんわりした食感と芳醇なバターの香りに驚く。「ブリオッシュ・ア・ラ・クレーム」665円は、ふんわり口溶けの良いブリオッシュに、カスタードクリームを挟んだもので、ほのかなレモン風味が爽やかだ。

リッチな味わいのブリオッシュ・トレセ
ブリオッシュ・ア・ラ・クレーム
サンドイッチ・ペリグダン 

そして「サンドイッチ・ペリグダン」1,286円は、バゲット・トラディションにペリグー地方の合鴨やプルーン、フロマージュ・ブルーを合わせた贅沢な逸品だ。その絶妙な味わいはフランスを感じさせる。いずれも限定個数、フランスそのままの味を楽しめるとあって、行列必須となっていた。

成澤シェフのパン人生

ところで成澤シェフとはどんな人物なのか。子供の頃からパン好きだったという成澤シェフ。高校時代には海外へのあこがれもあり、好きな語学の道かパン職人か悩んだという。「手に職をつけたら世界で生きていける」と確信、パン職人の道を志す。
専門学校を卒業後、横浜のトントンビゴで5年間修業、パンの基礎を学ぶ。その後学生ビザで渡仏、フランスニースのブーランジュリーで修業を重ねる。帰国後はメゾンカイザーに勤務。パンづくりだけでなくフランスの食文化も学ぶ。3か月ずつ2回パリのメゾンカイザーで修業、フランスへの想いを強くする。その後再び渡仏、アルザス・のブーランジュリーで働くこととなる。頑張る成澤シェフに、店主が「バゲットコンクールにトライしてみたら」と声をかけてくれた。成澤シェフのチャレンジ精神に火がついた。

バゲットコンクールで女性初、外国人初の快挙

優勝トロフィーを手にする成澤シェフ

日本にいる時からフランスを標榜する店を選択し、修業を重ねてきた成澤シェフ。バゲットは基本商品として得意のアイテムだ。トレーニングを重ねアルザスの地区大会、地方大会で優勝。そして2017年5月にパリで開催された全国大会に出場、見事に優勝を勝ち取った。フランスのバゲットコンクールでは女性初、外国人初の快挙だった。

「運がよかったんです!」と笑顔を向ける成澤シェフだが、女性で、しかも東洋人で優勝を果たすにはどれだけの努力を重ねたことか。
高校時代はカヌーの選手で、卒業後世界大会にも出場している成澤シェフ。全力で目標に向かうアスリート魂は身体に刻み込まれている。本番で実力を発揮、見事優勝に輝いた。そんな成澤シェフのバゲットを食べてみたい。成澤シェフに会いたいというファンも多いのだろう。フランス展での人気ぶりはすごかった。

運命の師匠リシャール氏との出会い

MOFの称号を持つ師匠のリシャール氏

優勝を果たした時、多くの人に「日本で開店したら」と助言された。しかし「フランスで自分の店を持つ・・・」という夢が揺らぐことは無かった。
 2018年にはアルザスのガレット・デ・ロワ・コンクールでも優勝を勝ち取った。バゲットのようなシンプルな食事パンも、ガレット・デ・ロワのような繊細な菓子も得意な、マルチな才能を持つのが成澤シェフだ。
2018年12月、運命の師匠リシャール氏と出会うこととなる。リシャール氏はロワール地方のアンジェでブーランジュリーを営んでいた。MOF(フランス国家最優秀職人)の称号をもつパン職人だ。
パンづくりへの想い、フランスに対する想いを打ち明けた成澤シェフに、リシャール氏は囁いた「アンジェに来ない?」

フランス展でバゲットを焼くリシャール氏

ここから成澤シェフの新たな人生が始まった。
アンジェは素晴らしい街だった。何よりもリシャール氏の人間性が素晴らしいと成澤シェフ。「リシャール氏には見習うことが多いです。仕事には厳しいですが、人に対しては常に誠実で人格者」と絶賛する。
今回初めて一緒に日本でのイベントで共演できて嬉しいと声を弾ませる。成澤シェフと一緒にパンを焼くリシャール氏も嬉しそうだ。その顔には成功した愛弟子を見守る優しさに溢れていた。

師匠の店を譲り受ける

リシャール氏の店でパンづくりに励む成澤シェフだったが、自分の店を持ちたいという志は変わらなかった。勿論リシャール氏には最初からその意思は伝えていた。
良い物件を求めて、パリはもとよりボルドーなどフランス中を探した。パリでようやく良い物件を探し当てた時、ふと成澤シェフ心を揺さぶったのは、「アンジェを離れたくない」という気持ちだった。アンジェの街が好きなのだ。それならアンジェで店を持とうと決意、物件探しが始まった。
そのころリシャール氏は大きな課題を抱えていた。2店舗を運営していたが、スタッフ5人が辞めると宣言したのだ。
その時、成澤シェフの友人がアドバイスした。
「芽衣、リシャールさんに1店舗譲ってもらったら?」 
「師匠にそんなことは言えない」と首を振ったが、勇気を出して相談してみた。
「私に1店舗譲って頂けませんか?」 
驚いたリシャール氏は2週間考え、OKの返事をくれた。こうして思いがけず、師匠の大切な1店舗を譲り受けることとなった。

アンジェに念願の自分の店をオープン

鍵型に焼いたパンを手渡してくれた

怒涛の開店準備を経て2023年3月、ようやく店をオープンした。店名はリシャール氏への敬意を込めて、これまでと同じ「Boulangerie Corneille (ブーランジュリー・コルネイユ)とした。譲り受ける日、リシャール氏は鍵型のパンを焼いて手渡してくれた。師匠の優しさが詰まったこの鍵型のパンは大切に店に飾っている。

オープンして6か月、激動の日々が続いた。オーナーが替わっても、お客様においしいと言って頂けるよう、パン職人としての責務は大きい。プラスしてオーナーの仕事も加わった。
メニューはリシャール氏の店を踏襲しつつ、自分たちのメニューも加えて、約40アイテムを揃えている。中でも一番売れるのはやはりバゲットという。
「ブール・オ・ルヴァン」もお勧めの一品だ。「西フランスは粉が美味しいんです。それに地元のパンプリーのバターは絶品」と成澤シェフ。粉、バター、野菜は地産地消にこだわっている。これもリシャールさんから受け継いだ考えだ。

成澤シェフ自慢のパン40アイテムが揃う
一番の売れ筋のバゲット
日常食に欠かせない食事パンが得意

8月~9月にお店に並ぶ「パテ・オ・プリュン」はアンジェの名物だ。サブレ生地に地元産のプルーンを包んで果汁が溶け出すまで、1時間半も焼いた季節の逸品だ。季節が終わったら、また来年のお楽しみだ。季節に逆らったものは使わない、それが理に叶っていると成澤シェフ、これもリシャール氏から学んだことだ。  パンづくりで大切にしていることを伺うと「その日の生地の状態に自分が合わせること」と。パン職人としての眼が光る。

サブレ生地でプルーンを包んだパテ・オ・プリュン
8月~9月限定の楽しみだ

「運」と「縁」を引き寄せパン人生に賭ける

アンジェの店でパンづくりに励む成澤シェフ

私がここまで来られたのは「運」と「ご縁」のおかげと語る成澤シェフ。しかし「運」だけではない。ここに至るまでどれだけの苦難を乗り越えてきたことか。
目標に向かって意志を貫き通す成澤シェフだからこそ、「運」が舞い降り、すばらしい「縁」を引き寄せたといえよう。強運を引き寄せるのも実力の内だ。
今年40歳という成澤シェフ。「自分の店オープンはあくまで通過点」と、気を引き締める。当面の目標は、アンジェの店を繁盛させしっかり継続していくことという。

日本との関わりについては「日本での出店は考えていないが、イベントなどに出展し、フランスのパン食文化を伝えたい」と意欲を見せる。今後はパン職人として、人間として大きく成長したいと語る。
 アスリートの力強さと職人としての繊細さを併せ持つ、ガッツのあるカッコいい人、というのが成澤シェフだ。これからどんな進化を遂げるのか、考えただけでワクワクする。
パン食文化の聖地フランスで、自分の道を切り拓く成澤シェフの活躍は、日本人にとっても大きな誇りといえる。アンジェで、地元にしっかり溶け込んで、パンのある暮らしを提案する成澤シェフの未来に期待したい。

今後の活躍が期待される成澤シェフ

成澤 芽衣

1982年神奈川県横浜生まれ、東京の辻製菓専門学校卒業。 日本国内と仏内のブーランジュリーで経験を積む。「フランスで自分の店を持つ」という夢を叶えるべく、2016年再び渡仏。 アルザス地方のブーランジュリーに勤務中、2017年フランスのバゲットコンクールで女性初、外国人初の優勝に輝く。アルザス地方のガレット・デ・ロワコンクールでも優勝。2018年恩師リシャール・リュアン氏に出会い、ロワール地方・アンジェのリシャール氏の店に勤務。2023年3月1店舗を譲ってもらい自分の店をオープン。パン職人としてオーナーとして活躍中。

Boulangerie Corneille(ブーランジュリー・コルネイユ)

住所
14 rue Corneille 49100 Angers France
アクセス
パリのモンパルナス駅からTGVで1時間半
営業時間
7時30分~19時
定休日
日曜、月曜

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2023年10月)のものです

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2023年10月)のものです

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