竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦
願いはひとつ「おいしいパン」を届けたい
~修業時代と苦節の3年間があったからこそ今がある~ デイジイ 倉田 博和さん

ヒット商品・クロワッサンB.C.の誕生





竹谷
 西川口のお店が軌道にのり、何年目でこちらの東川口店をオープンしたんですか?
倉田
 36歳の時だったので、10年目ですね。西川口のノウハウを活かして、経営を始めることができたので、東川口店を軌道にのせるのにはあまり苦労しませんでしたね。
竹谷
 その時にはすでに人気商品である「クロワッサンB.C.」は販売していたんですか?
倉田
 はい。本当は西船橋の叔父のお店で働いていた時から販売していたんです。はじめは1日12個しか作っていなかったのですが、それでも売り切れなかったですね。
竹谷
 そうだったんですね。やはりヒット商品は育てるものなんですね。
倉田
 そうなんです。お店によってはいい商品を殺してしまっているところもあると思います。お客さんが引く時間帯14~15時頃に焼き上げてしまって、売れないとすぐに売れないからとやめてしまう。リピーターが来るまで待てないんですよね。もったいないと思います。
竹谷
 窯が1台だとどうしても焼き上がるのが順番になってしまって、お客さんが引く時間に焼き上がる商品もありますね。
倉田
 そういうお店が流行に下手にのっかってしまうと、メディアに踊らされた商品が出てきてしまうんですよ。流行に触れることはいいことです。触れなくてはいけないとも思います。ただ自分の考え・芯が1本通ってないといけません。そのお店としての流行を取り入れた商品を展開してほしいですね。
竹谷
 東川口店は15年目を迎えてリニューアルしていますね。リニューアルの大きな目的はなんだったんですか?
倉田
 作業改善と労働時間の短縮ですね。またお客様を迎え入れる形がとれるようにレジの位置も改善しました。
竹谷
 他には、どんなところを改善したんですか?
倉田
 オーバーナイト製法を取り入れ、パネオトラッド※1 を導入しました。朝8時には、フランスパンで作るサンドウィッチ用のパン、カスクートなどがパネオトラッドの導入で可能になりましたね。昼前11時頃には全商品がお店に並びます。




竹谷
 いろいろな製法の組み合わせで作業効率は格段に改善しますよね。
倉田
 はい。今は昔ほど機械のトラブルもありませんから、安心して仕事ができます。
竹谷
 窯もそれぞれ合う商品があると思いますが、どのパンがどの窯にあうなどを教えてください。
倉田
 石窯にはフランスパンやバゲット、塩パンなども合うと思います。ウェルカー※2 が一番合うのはドイツパン、リール※3 は食パンですね。このあたりはわかって焼いたほうがいいと思いますね。
竹谷
 倉田さんは、パン業界の会や団体に数多く所属されていますよね。業界活動には自分の時間のどれくらいを当てていますか?
倉田
 今は少し減らしていますが、やはり3割程は業界活動に当てていますね。
竹谷
 それはどうしてですか?
倉田
 経営にたけた人、ドイツパンに特化した人など、自分とは全く立場の違う人と出会えるのが楽しいからですね。「ベーカリーフォーラム」もそのひとつでした。フォーラムで学んだことは、必ず自分で試していましたね。いろんな人がスピーカーをするので、いろんな人の考えを学べたのも大きな財産ですね。
竹谷
 やはり業界活動には積極的に参加すべきなんですね。
倉田
 私の経験からお話すると、外に出た方がいいと思います。忙しいなか大変だと思います。でもその時間を割くだけの価値が絶対にありますね。

※1 パネオトラッド・・・ホイロを必要としない製法のパンを作るために開発された分割成形機
※2 ウェルカー・・・ドイツのオーブンメーカー、オーブンでは老舗。蒸気の量、質ともに良いので、ドイツパンには最高のオーブンとの定評あり。
※3 リール・・・オーブンの一種で回転する滑車に吊るされたトレーに乗せて焼成する。トレーの運行により熱が対流し火通りの良い製品が焼けるので、食パンに最適。

「物語」のある商品を人々の身近に届けたい









竹谷
 従業員教育の柱はなんですか?
倉田
 「私を含め、上司が共に仕事をする」というところですね。普通のことですが、とても重要なことだと考えます。
竹谷
 従業員教育で一番大切にしていることを教えてください。
倉田
 とにかく細かく教えますね。製造方法はもちろんですが、時間の使い方から材料の名前まで。新人には特に丁寧に教えます。
竹谷
 お客様へのサービスはどんなことをしていますか?
倉田
 お店がオープンした時には、ブリオッシュ生地で作った「メダルパン」を販売しました。「レープクーヘン」を配ったりもしましたね。また、年2回繁忙期に金券半額サービスも行っています。この繁忙期にサービスを実施するというのはベーカリーフォーラムで学んだ「ブリッジの法則※4 」を活かしています。
竹谷
 「ブリッジの法則」、ありましたね!では、お店での新商品の展開などはどのようなシステムになっていますか?
倉田
 当店では、あまり新商品を出していません。代わりに季節に合わせて旬の食材を使ったパンを提供していますね。スタッフから「こういう商品がやりたい」と要望があった場合には、検討しますね。
竹谷
 商品化する時に一番大切にしていることはなんですか?
倉田
 スタッフが作った商品でも、自分が考案した商品でも全てに「物語」がなくてはいけないと思っています。「こういう想いで作った」「こういう理由で作りたい」という背景があって、尚且つおいしいものを商品化していますね。
竹谷
 これからやってみたいことはなんですか?
倉田
 私はお菓子・パン・惣菜、この3つを提供できるお店を理想としています。この3つが揃えばひとつの食卓が完成しますし、バースディパーティーも開けるんですよ。ひとつのお店で全てが揃えられるんです。この東川口店であれば、カフェ・レストランスペースも備えるので、私の理想を実現できます。今はそれを形にできるように、さまざまな人の助けを借りながら、人材育成に力をいれていますね。
竹谷
 これから独立していく若い世代へのメッセージをいただけますか?
倉田
 オープンして10年はしっかりと経営を続けてほしいですね。 今売れているからと有頂天になってしまって、店作りや芯が揺らいでしまうと継続した売り上げは期待できません。またある程度の自己犠牲も商売には大切だと思います。
竹谷
 では最後に、パン食を広めていくためにどんなことをしていくべきだと考えていますか?
倉田
 身近なところから始めたいですね。たとえば、焼きたてのカレーパンのおいしさを知ってもらうとか、パン屋さんで買ったパンの本当のおいしさをわかってもらうなど。東川口店ではそれができるんです。レストランで「こんなおいしいパンの食べ方があるんですよ」ともっと紹介していきたいですね。

※4 ブリッジの法則・・・一番売れる時期に販促活動を行うことで、売り上げの少ない時期も含め全体の売り上げを向上させるという法則。(吊り橋に例えられ、両サイドの支柱を高めることで、中央のたわみ部分も高くなるという様。)

プロフィール

【倉田 博和さんプロフィール】
日本菓子専門学校卒業後、京都「ローヌ洋菓子店」にて5年間修業。1962年9月にデイジイ川口店をオープンし、西川口店、東川口店と店舗を増やす。現在では川口市内に5店舗、蕨市に1店舗を構える。

対談場所

営業時間:8:00~20:00(定休日:火曜 ※祝日の場合は営業)

1962年9月に川口店をオープンし、現在は埼玉県川口市内に5店舗、蕨市に1店舗を構える「デイジイ」。東川口店は、埼玉県川口市のJR東川口駅から徒歩5分の場所にあります。「けやき通り」に面し、毎日多くの人が訪れる人気店。看板商品は農林水産大臣賞も受賞した「クロワッサンB.C.」。アーモンドケーキをクロワッサン生地で包み、上にクッキー生地をソボロ状にしたものと砕いたアーモンドをトッピングして焼き上げた逸品です。おいしいパンを食べた時の感動を人々に伝えたいという倉田社長の想いの詰まった商品がお店にズラリと揃います。

前編 後編

対談を終えて

 竹谷さんと出会ったのは私が24歳位の時。叔父のパン屋で仕事をしていた時、もうあれから28年位たつのかな?それからベーカリーフォーラムに入れて頂き、いろんなことを学ばせてもらい、個性あるパン屋さんと出会い、刺激を受け今があるんだな、とつくづく思っている今日この頃です。パンの作り方、経営の仕方、人材教育、パンの歴史、製法の変化、粉についてなど数えきれないことを学んできました。それを現場におとして、次の日から実践に移して行動して、試行錯誤続けてきました。まだ教えてもらいたいことがたくさんあります。これからも業界の為に、よろしくお願いします。

竹谷さん  倉田氏と初めてお会いしたのが、西船橋の修業時代。その後、西川口のお店にもお伺いし、東川口に2号店をお出しになった時にはベーカリーフォーラムの例会を開催させていただいた。あれから15年、今回はリニューアルされた東川口店に伺いじっくりとお話を伺った。とにかく、店舗はもちろん、外回りも清潔感があり整理、整頓が行き届き、店内には見るからにおいしそうなパン、サンドイッチ、焼き菓子、洋菓子が個性的に並べられている。倉田氏のお話しはこれまでも講習会の度にお聴きしているが、今回は修業時代の猛烈な仕事ぶり、独立してからの苦労話、軌道に乗ってからの順調な発展の様子をお聴きすることが出来た。東川口店リニューアルはエネルギッシュな普段の倉田氏からはあまり想像できないほど、冷静かつ十分な計画、準備、計算と情報収集力に基づいたうえでの、思い切った決断であることがわかった。そして、現在の成功もこれまで積み重ねた失敗と経験に裏打ちされた自信、潔さによる、人間性からのものと感じられた。ますます、お店だけでなくパン業界の発展のために頑張っていただきたい。

※店舗情報及び商品価格は掲載時点(2015年4月)のものです

TOPに戻る