世界中で愛されているフランス菓子。日本でもフランス菓子を取り扱うお店はたくさんありますが、最近増え始めているのが、本場フランスの伝統を生かしながらお店独自のアレンジを加えた進化系フランス菓子です。いま話題の3店舗を取材しました。
SOBAP(ソバープ)グランスタ東京店
2024年2月、東京駅構内にオープンした、手のひらサイズのそば粉のクレープ店「SOBAP(ソバープ)」。そば粉のクレープといえばフランス発祥の「ガレット」が有名ですが、同店では「カスタードクリーム」「あんバタークリーム」などのスイーツ系から、「タンドリーチキン」「いか明太トマト」といったお惣菜系まで、生地や具材にとことんこだわった最大18種類のクレープ(=ソバープ)を販売しています。同店は、「アマムダコタン」「アイムドーナツ?」など、数々の行列店のオーナーシェフである平子良太さんがプロデュースしたことでも、注目されています。
SOBAP(ソバープ) グランスタ東京店
- 住所
- 東京都千代田区丸の内1-9-1 JR東日本東京駅構内1F 丸の内北口改札内近く
- 電話
- 03-6665-9533
- 営業時間
- 月曜~土曜 8:00~22:00、
日曜、祝日 8:00~21:00 ※翌日が休日の場合は、22:00まで営業 - 定休日
- なし ※取扱い商品は時間帯や時期によって異なります。
「いろんな味を楽しんでほしい」手のひらサイズのクレープを開発
たくさんの人が行き交う東京駅改札内のエリアで、一際目を引くブルーの壁。ショーケースを覗くと、エディブルフラワーや、フリルのようなケールをまとったソバープなど、たくさんの種類のソバープが並んでいます。
「一般的に、クレープは一つ食べればお腹がいっぱいになってしまいます。そこで、当店のソバーブは1個あたりのサイズを小さくすることで、たくさんの味をお楽しみいただけるようにしています」
そう話すのは、平子さんとタッグを組んでSOBAPを立ち上げた、株式会社生産者直売のれん会の小原卓人さんです。生産者直売のれん会は、おいしいものをつくる全国の食品生産者を支援している会社です。
ソバープ生地の原料は、そば粉、卵、牛乳、バター、きび糖、塩のみと、とてもシンプルなのに、一般的なガレットとは異なり、とてもリッチな味わいです。生地は両面を合わせて2分以上焼くことで、国産のそば粉の香ばしい風味をしっかり感じてもらえるように工夫しています。生地やソバープで包む具材もすべて手作りで、店舗に併設するキッチンでは、毎日1,000個以上のソバープがつくられています。
「実は、そば粉はスイーツ系のソバープはもちろん、お惣菜系のフレーバーともとても相性がいいんです。そんなそば粉を使用することで、素材本来の味を楽しめるようにしています」
食べ進めるごとに、味わいに変化
人気商品は「季節のフルーツ」や「ピスタチオクリーム」、「しそベリーレアチーズ」といったスイーツ系です。「ピスタチオクリーム」は、イタリア産のマスカルポーネチーズとピスタチオを合わせた濃厚なクリームがたっぷり絞られています。こっくりとしたクリームの中には、甘酸っぱいラズベリーが隠されていて、後味をすっきりとさせてくれます。「しそベリーレアチーズ」は、レアチーズのさわやかな香りと、カスタードと生クリームを合わせたディプロマットクリームのコクが口いっぱいに広がります。トップにのったフランボワーズは、フレッシュを使用することで、甘みと酸味を引き立てています。
食べ進めるごとに味わいに変化が生まれるスイーツ系ソバープ。人気な理由もうなずけます。一方で、小原さんが「ぜひ味わってほしい」と話すのは、惣菜系のソバープです。
「『こんなクレープ、食べたことがない!』と驚きの声をたくさんいただくのは、惣菜系のソバープなんです。たとえば、私が大好きな『ニース風サラダ』は、アンチョビ、ゆで卵、トマト、レタス、オリーブ、ジャガイモがトッピングされています。一口食べた瞬間、右の頬と左の頬で異なる味がスパークして……初めて食べたときは、私も感動しました」(小原さん)
同店の惣菜系ソバープはどれも、あふれんばかりに具材がのせられています。ジャガイモは塩で下味をつけたり、食感のアクセントとしてソバープの中に包み込んでいるグリッシーニ(クラッカーのような食感のスティック状の細長いパン)も、バターであえることで味わいに深みをつけるなど、丁寧に調理されています。ソバープに使用しているマヨネーズは、軽い口あたりの自家製卵白マヨネーズで、素材の味を引き立てています。
「現在の形に至るまで、平子さんと私たちの間で、何度も改良が繰り返されてきました」(小原さん)
実は、グリッシーニをバターに漬け込むというアイデアも、お店をオープンした後に決定したんだそう。そのほかにも、四角に切っていたバターをスライスして幾重にも重なるよう飾り付けたり、キュウリをレースのようにあしらったりと、見た目の変更を行ってきました。
「平子さんの意見で、毎日何かが変わるんです(笑)。平子さんの食に対する真摯な姿勢を感じるとともに、私たちとしても、お客様に本当においしいものを食べていただきたいので、とことん対応しました」(小原さん)
こうして現在の形に至った数々のソバープは、東京駅という場所もあり、年齢、性別、国籍問わず、いろいろな人が購入しています。
「クレープはできたてをその場でいただくことが多いですが、SOBAPでは『クレープを手土産に』をコンセプトにしています。持ち帰りいただく際のボックスや、パッと見て『素敵だ』と思ってもらえるよう、紙袋にも工夫しています。ぜひ、いろいろなフレーバーのソバープを選んで、家族や友人と一緒にワイワイ召し上がっていただきたいです」(小原さん)
PAQUET MONTÉ(パケモンテ)
代々木公園と代々木八幡宮の間にたたずむ路地裏に、ひっそりとお店をオープンしたのはflan pâtissier(フラン・パティシエ)専門店の「PAQUET MONTÉ(パケモンテ)」。フラン・パティシエとは、タルトやパイ⽣地にカスタードに似たフラン液を流し込んだフランス菓子です。同店は看板を掲げていないのにもかかわらず、連日、たくさんの人が訪れています。
PAQUET MONTÉ(パケモンテ)
- 住所
- 東京都渋谷区代々木5-38-13
- 営業時間
- 10:00~19:00(イートイン、ドリンクL.O 18:00)
- 定休日
- 不定休(最新情報はinstagramを参照)
世界初!?※フラン・パティシエの専門店
※PAQUET MONTÉ調べ(2024年1月時点)
日本ではまだ馴染みのないフラン・パティシエを、初めて専門店として提案したPAQUET MONTÉ(パケモンテ)。シェフパティシエの本田珠美さんは、こう話します。
「日本では認知度の低いフランですが、フランスでは日常のおやつとして、子どもから大人まで、幅広く愛されています。そんなお菓子を、日本のみなさんにご提案できたら、きっと喜んでもらえると思ったんです」
本田さんは、国際的なパティシエコンクールで審査員を務めた経験を持つシェフのお店「Tadashi YANAGI」をはじめ、「ホテルインターコンチネンタル東京ベイ」など、さまざまな場所で研鑽を積んだ経験をお持ちです。タルト専門店の企画開発を手掛けた後に、現在のPAQUET MONTÉの立ち上げ・運営に参画しました。
今回、フランの専門店をつくるにあたって、改めてフランスを訪れて、視察を行ったといいます。
「一般的に、フランはタルト生地にフラン液を流し、オーブンで焼き上げたものを指します。ところが、フランスのパティスリーを訪れると、そういったトラディショナルなスタイルのフランから現代的なものまで、お店によって、フランのあり方は千差万別。伝統を守りながらアップデートを続けていることが印象的でした」(本田さん)
帰国後はさっそく商品開発に取り掛かり、2023年7月には伊勢丹新宿店で先行販売を実施。そして、フランス視察からおよそ1年後の2024年2月、代々木公園と代々木八幡宮の間にたたずむ路地裏の一軒家をリノベーションし、現在のPAQUET MONTÉが誕生しました。
「当店では、伝統的なスタイルからアップデートをした『ちょっとよそゆきのフランスおやつ』として、フランを提案しています」(本田さん)
材料や工程、すべてを試行錯誤
PAQUET MONTÉのフランは、筒状に焼き上げたパイ生地にたっぷりのフラン液が流し込まれています。定番の「バニラ」は、長崎産の養鶏場直送の卵と、香り高いバニラビーンズがふんだんに使用されています。バニラビーンズは、鞘(さや)から使うことで、香りがさらに広がるよう工夫が凝らされています。 多くの人が驚くのが、パリサク食感のパイ生地です。頬張った瞬間、まるで、落ち葉のじゅうたんを踏み締めたときのような音が、辺り一面に鳴り響きます。
「パイ生地の口当たりは、パイを折る回数、折り方、生地の寝かせ具合でかなり変わってきます。パリパリとした食感を楽しんでいただくために、成形した後も湿気予防の塗り卵を一つずつ手作業で塗ったり、オーブンで3回焼き込んだりして、工夫しています」(本田さん)
生地に使う粉の選定も、どの配合で、どれくらい使うのか試行錯誤を繰り返しました。
「当店は、自社でブレンドした粉を使用しています。粉の種類はもちろん、ブレンドする割合を変えるだけでも、生地の膨らみ方は変わってきます。材料の選択、作業工程、焼き方すべてをもって、現在の食感を生み出しているんです」(本田さん)
PAQUET MONTÉのフランは、大人の女性の握り拳より大きめです。それなのに、一人でペロリと食べられてしまうのも、パイ生地に秘密がありました。
「パイ自体にはほとんど甘味を加えず、底の生地には、アクセントとしてフランスのゲランドの塩を練り込んでいます。最後まで飽きないよう、フラン液の砂糖の量も調整しています。当店のフランは、着色料や保存料などを、まったく使用していません。それでいて、フラン液の色をきれいに出すためには、よい素材を使用するのはもちろんのこと、材料を入れるタイミングなどにも、常に気を配っています。とにかく、納得するまでいろいろ試すようにしています」(本田さん)
定番のバニラのほか、「チェリー&チョコレート」、「純黒糖」など、季節に応じた限定フランを2~3種類取り揃えています。
あえて看板を持たないのは、「あらかじめ、当店を『目的地』にしてお越しいただけたら…」という想いが込められていると言います。マップを見ながらお店を探すこと、見つけた瞬間の喜び、そして、実際に足を踏み入れた際に広がるPAQUET MONTÉらしい空間を、トータルで楽しんでもらえるようにしているのだそう。もちろん、飛び込み来店も大歓迎です。
同店の周辺には、フランの香ばしい香りが立ち込めています。看板はなくてもこの香りにつられてやって来るお客さんがいるのかもしれません。
canele TRI-CO(カヌレ トリーコ)
大阪生まれ、大阪育ちのカヌレ専門店が、2024年2月、新宿マルイ本館B1Fにオープンしました。「canele TRI-CO(カヌレ トリーコ)」のカヌレは、素材を大切にしながら、「グラン・ナチュール」などの定番フレーバーや、酒粕を合わせたちょっぴりめずらしいものまで、季節に応じて12種類以上のオリジナルカヌレを販売しています。
canele TRI-CO(カヌレ トリーコ)
- 住所
- 東京都新宿区新宿3-30-13 新宿マルイ本館B1F
- 電話
- 03-5315-0939
- 営業時間
- 11:00~21:00
- 定休日
- なし
フレーバーに合わせて混ぜ込むお酒を選定
「当店のカヌレの魅力の一つは、フレーバーの多さです。毎月新メニューが登場しますし、月によっては12種類のカヌレのうち、半分以上のメニューが入れ替わることがあります」
そう話すのは、canele TRI-COの事業部長の平原徳仁さんです。取材に訪れた4月、店頭には桜あん入りのカヌレに抹茶チョコレートをたっぷりかけた「さくら」や、ほうじ茶クリームをさくらんぼのゼリーで覆った「ほうじ茶」など、まさにお花見シーズンにぴったりなカヌレが並んでいました。
同店のカヌレは、フレーバーによってカヌレ生地一つひとつに変化をつけています。例えば、カヌレに混ぜ込むお酒もさまざまです。カシスクリームをしぼった「カシス」にはブランデーを、オレンジピールとチョコレートを合わせた「オランジェット」にはコアントローを使用しています。そして、定番の「グラン・ナチュール」には少し特別なラム酒が使われています。
「以前から親しくさせてもらっている、私たちの地元・大阪のスペイン食材屋さんがあるんです。そちらから、日本ではあまり出回っていないラム酒を譲ってもらって います。バニラの風味をしっかり感じてもらいたい『グラン・ナチュール』に、このラム酒がぴったりだったんです」(平原さん)
「グラン・ナチュール」は、噛めば噛むほどに、ラム酒とバニラの香りが口いっぱいに広がる奥行きのある味わいです。カヌレにはお酒が使われていますが、1時間以上かけて、オーブンでじっくり焼くことでアルコール成分を飛ばしているので、子どもやお酒が苦手な方も安心して食べることができます。
はじまりはブラッスリーで提供していたカヌレ
現在、カヌレ専門店として大阪から東京への進出を遂げた同店ですが、もともとはカヌレをメインで取り扱っていたわけではなかったと言います。
「当社は、大阪で『brasserie boo jr』というブラッスリーを営業しています。そこで、デザートとして提供されているカヌレは、以前からお客様にご好評の声をいただいていました。実は、canele TRI-COのはじまりは、このブラッスリーからなんです」(平原さん)
brasserie boo jrは「気軽に自然派ワインを楽しめるお店」として、連日たくさんの方に利用されていました。しかし、そんなときに新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲ったのです。
「どうしようかと思っていたときに、大阪・天王寺の商業施設のご担当者さんから『催事に出店しませんか』という連絡を受けました。商業施設も当社のブラッスリーも、お互いコロナ禍で外食需要が落ち込んで困っていたので、brasserie boo jrのカヌレにバリエーションをつくって、テイクアウト形式で販売してみようと決まりました」(平原さん)
そのとき、世間では「巣ごもり需要」が高まっていました。たくさんの人の「外食は控えたほうがいい」「でも、おいしいものが食べたい」という思いはピークになっていたのでしょう。催事に出したカヌレは爆発的ヒットとなりました。
「それからは、ありがたいことにいろんな商業施設からお声がけいただきました」(平原さん)
同店は大阪でたくさんの人に親しまれているテレビ番組にも、多数取り上げられています。
「一般的に、カヌレは強力粉を使用することが多いです。けれども、当店のカヌレは薄力粉100%にすることで、軽い口当たりに仕上げています。毎月、さまざまな新作カヌレが登場するので、ぜひ、いろいろ試してほしいです」(平原さん)
カヌレは無料の紙袋のほか、希望すればキュートな三角形の箱「パケモンテ」に包んでもらうこともできます。パケモンテにはメッセージカードもつくので、自分用はもちろん、贈り物にもぴったりです。
最後に、店名の由来について尋ねました。
「店名は当社の社長がつけました。当店のカヌレをきっかけに、カヌレの『トリコ』になってほしいというのと、フランスの三色旗を意味する『トリコロール』にかけています。後から聞いたのですが、僕の娘が『リコ』という名前なので、『カヌレとリコ』という意味も込めたそうです。ちょっと照れくさいのですが」(平原さん)
たくさんの想いや工夫が詰まっている同店のカヌレ。一つ、二つと食べ進めるうちに、カヌレの「トリコ」になること必至です。
今回は進化系フランス菓子を提供している3店舗を紹介しました。共通するのは、製法や材料を徹底的に追求したうえで、独自のアレンジを加えているということです。守るべきところはしっかり守りながら、新たな視点を加える…まさに伝統と革新のコラボレーションです。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2024年4月)のものです