竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-vol.7 数百円でフランスを体験できる店を作りたい センスとアイデアで新しい業態を創造 ル・プチメック 西山 逸成さん

前編 後編

数百円でフレンチを体験できる店

竹谷
プチメックを立ち上げて何年ぐらいになりますか?
西山
 僕はいま44歳ですが、プチメックを創業したのは30歳のときです。それまでは、フランス料理を日本で3、4年、フランスで2年弱ぐらい。パンは京都のフリアンディーズで3年間、帰国後にもう1年お世話になりました。
 そもそも僕は30歳でお店やろうって決めていました。18ぐらいの頃から、店がやりたいっていうのがまずあって。その時点では何屋でもよかったんです。ちょうどその頃テレビで三国清三シェフの番組を見て、フランス料理をやればフランスに行けて、お店が持てるって安易な考えで料理人になりました。人に雇われるんじゃなく、自分でなにかやりたい、イコールお店。制約されず、縛られずに自分のやりたいことができると、甘い考えで思っていました。
 結局30歳と2ヶ月でプチメックをはじめることになりました。アイキャッチの強い店を作りたいと思って、ビストロチックな内装や外装にしました。ここでパンを売ればビストロに行くより安くお店の雰囲気も含めて味わってもらえると思って。もっと広い層の方に、フランスっていいなと思ってもらえるかなと。あまり深く考えず、好きなことをやったって感じです。
竹谷
 いままでのパン屋さんって型にはまりすぎていたのよ。いろんなタイプのパン屋さんがあっていいわけだから、大賛成です。自分の経歴、過去に蓄積したことを最大限に活用する形はなんなのか。結局はそういうことでしょ。それがいちばんいいと思います。人と同じパン屋さんやったってまったく意味がない。

おいしいパンは正しいのか?

竹谷
 自分の思うような店になったのは何年後ぐらい?
西山
3年? いや、4年、5年後ですかね。最初はお金の心配ばっかり。やりたい一心で、いいことばっかり思い描いて始めたものの、お客さんが来られなくて潰れそうになりました。お客さんが来られるようになって回りだすと、自分の中にあったコンプレックスが出てきました。自分はパンがわかってないのに、名前だけが先走りしてると感じて。アイキャッチの強い店を作ったので、メディアにはどんどん取り上げられるが、自分が作っているものが追いついていない、それが自分の中ですごくコンプレックスで。昔は本当にパンがわかっていませんでした。辻調理師専門学校の吉野精一先生が書かれたパンの理論書をロッカーの中に入れておいて、お客さんに質問されたら『少々お待ちください』と、本を見て答えてたぐらいで(笑)。
竹谷
 パン職人にも、正式な理論から入る人と、自分の舌を頼りにパンに入った人といます。理論はもちろん理論として大事だけど、大昔のパン屋さんはそんな理論通りやっていたわけはない。大事なのは、自分の舌を持てるかどうか。それをよりどころにできるかどうかなんだよね。ベースとしての理論は知ってないといけないが、今の工程をいかに省力化できるか、それをどれだけ崩せるかが大事なこと。実験して、パンを食べて、ここまでは許容範囲、こりゃまずいわと判断していく。それを検討してない人がけっこう多いんですよ。
西山
 配合にしても、製法にしても、手探りで変えてきました。できたものを自分はおいしいと思っていても、それが正しいのかどうか。バゲットも長時間発酵をしていますが、最初にできたとき、作った自分がびっくりするぐらいおいしくて。でも、これがバゲットとして正しいかがわからないんです。
竹谷
 おいしいのが正しいんですよ。日本のパン業界、日本のベーカリーというのは、海外のパンを受け取っている。フランスパンにしても、ドイツパンにしても、アメリカの食パンにしても、クロワッサンにしても、完成された形をぽんと受け取って、理論的にも完成されたものを学んでいる。でも本当にそうなのかなって気はする。その国で、教科書通りのパンを作ってる人なんていないと思う。やっぱりそれなりにアレンジして、他の店との差別化を図っている。日本はその辺が本当に教科書通り。完成された形で習っちゃったから、それしかないと、みんな思っている。私もつい最近まではそう思ってた。でも、自分で店をやりだして、そんなことないと思うようになりました。たしかに基本は必要だし、理論も必要だけど、それはあくまでスタート。

原書の写真を見ながらパンを焼いた

西山
 帰国するときフランスからルノートルのヴィエノワズリーの本とか、パンの原書を持って帰ってきました。いつか役に立つかもしれないと思って。日本では配合はおそらくあてにならないと思ったんですけど、成形や焼き色、見た目を参考にしようと。自分が焼いたパンと見比べて、『焼き色どう?』『もうちょっと濃いよね』『じゃ、もうちょっと焼こう』そういうことをやってきました。だから、自分がおいしいと思っても、なんでおいしいかがわからなかった(笑)。『わかんないけどおいしいよね』ってことがすごく多かったです。
竹谷
 配合は誰でも考えるけど、焼き色からパンを想像できるってもっとすごい。原書の写真を見て、配合を想定して、焼成温度を想像しているわけでしょ。それはものすごくむずかしいこと。

窯入れの瞬間の温度はいくら高くてもパンは焦げない

西山
 バゲットも配合自体は10年ぐらい変わらないんですけど、焼き方はドンクの仁瓶利夫さんの一言で、3、4年前に変えました。クリスマスイブの日に仁瓶さんがいきなり京都に来られ、マクドナルドで4時間ぐらい僕と喋っていかれました(笑)。そこではじめて蓄熱量の話を知りました。フロイン堂さんの石窯の話をされて、『食パンの型はくっつけるなって習ったでしょ? どうしてか? パンが白くなるから。フロイン堂さんは、くっついていても白くならない。なんでかわかる? 窯の蓄熱量の問題なんだ』って。これはすごいことを教えてもらったと思って、翌朝、店にすぐ電話して『今日はまだバゲット入れてないよね。すぐいくからまだ焼かないで』って言って、いつも240度に設定してるのを、僕が260度にしたらスタッフがびっくりして、『大丈夫ですか?』『仁瓶さんが言われていたからまちがいない』。『とにかくやってみよう』って、クリスマスの日にですよ。僕とスタッフが窯の中をずっと覗いてて、窯の扉開けた瞬間、第一声が『仁瓶さんってすごいよね』(笑)。明らかにパンの表情っていうか、伸び方がそれまでのとちがうんですよね。
竹谷
 窯入れしたあと温度を下げたでしょ?
西山
 はい。入れる瞬間の温度が大切だって仁瓶さんから聞いたんで。
竹谷
 窯に入るときのパン生地の温度って32度ぐらいしかないんですよ。窯の温度って200度以上あるでしょ。真夏に冷蔵庫からコカコーラ出してくると、表面に水滴がつくじゃないですか。パンも同じで、200度の窯の中に32度のパン生地を入れると、表面は水滴だらけになる。この水滴は、当然蒸発するでしょ。1グラムが気化すると539カロリーの気化熱をパン生地から奪っていくわけですよね。だから、260度で窯入れしようと、280度で窯入れしようと、表面に水がある限りはパン生地の温度って上がらない。水滴のあるあいだに温度を下げてやれば、焦げないで窯伸びする。窯入れの瞬間の温度はいくら高くたってパンは焦げないですよ。それをいかに下げるか。私のようにひとりでやっているとすぐ下げるの忘れるからね(笑)。忘れるとたいへんなことになる。

長時間発酵を見つけた瞬間「これで寝れる」

西山
 何年か前、アルトファゴス時代の志賀勝栄さんのインタビュー記事で低温長時間発酵という言葉を知りました。フランソワ・シモンさんが『おいしすぎるバゲット』と言っていたので、どんなバゲットだろうってすごく興味がありました。そのときは志賀さんと面識もまったくないんで、畏れ多くて訊けないし、言葉から推測して作ろうと思ったんです。低温長時間っていうぐらいだから冷蔵庫に入れるんだろうって。スタッフと作っては食べ、作っては食べして。やっといまのバゲットに行き着いたとき、『すごいぞ』って。いままでとは別物だと思ったんですよ。で、『確認してくる』って新幹線に乗ってペルティエに当時の志賀シェフのバゲット買いに行った(笑)。
 長時間発酵を見つけるまでは、ぜんぶストレート法でやっていたので、夜中から仕事をしていました。見つけてからは、なんて便利な方法があるんだと思った。実は師匠の店で働いてた頃から疑問でした。菓子パン生地とかブリオッシュ生地を、生地玉といって丸めて冷蔵庫で置いているのに、なんでハード系はその日に焼いちゃうんだろう、って。ハード系も置いとけば楽なのに。だから、長時間発酵のバゲットができたときは、『これで寝れる』って思いましたよね(笑)。
竹谷
 なんで、昔はリーンなパンで長時間発酵やらなかったかというと、長時間発酵するとグルテンが強くなるから。菓子パンとかブリオッシュのように、高配合(砂糖や油脂がいっぱい入ってるもの)は、もともとグルテンの結合が弱いから、長時間発酵してもそんなに影響がない。リーンなパンは副材料が少ないから、長時間発酵するとグルテンの結合が強くなって、その分引きが強くなる。長時間発酵するときには、私はタンパクの弱い粉を1割か2割足してるの。グルテンが強くなる分だけ、最初からタンパクを少なくしておく。そうすると、一晩たっても二晩たっても、焼き上がったパンの引きが強くならない。
西山
 いまの話ですごく腑に落ちました。うちのバゲット、いまはフランスパン専用粉100%で作ってるんですけど、一時、硬くて引きが強いんで、薄力粉を20~25%入れて、フランスパン専用粉80~75%とブレンドしたんです。いまのグルテンの話で納得しました。僕は、イーストが少ないから引きが強いのかなと思ってました。
竹谷
 イーストが少ないと、発酵を長くとる。だから、イーストというよりは、グルテンの量なんですよ。グルテンはミキシングでもできるし、発酵でもできてくる。グルテンのつながりが強くなる。薄力粉よりは内麦入れたほうがいいです。薄力粉を混ぜちゃだめなわけじゃないけど、たぶん内麦のほうがフランスパンには合うと思う。
 グルテンは、発酵が長くなればたくさんできてくる。よく人間の脳は1割しか働いてないっていうでしょ。それが訓練すれば2割3割って働く。そんな感じで、小麦粉にも、ミキシングでできるグルテンと、発酵でできるグルテンがある、と私は信じてる。
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