竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-対談vol.30 ドイツパンに魅せられ続けて歩んだ道~絶えることない研究心とともに~
ベケライ・ダンケ 杉山 大一さん

前編 後編

自らも主催する「コンテスト」への想い















竹谷
 全国にパン職人仲間が多いともお伺いしています。それはどんなところから広がっていったのでしょうか?
杉山
 「カリフォルニア・レーズンベーカリーコンテスト」などへの参加がきっかけですね。熊本『タンドルマン』の渡辺裕之さんや、福岡『木輪』の芳野栄さんなど、さまざまな人と出会うことができました。
竹谷
 2000年の「第9回カリフォルニア・レーズンベーカリー新製品開発コンテスト」で審査員特別賞を受賞し、2002年には鉄人大賞を受賞するなど、しっかりと成績も残しつつ、参加者との繋がりも大切にされているのは、とてもいいことですね。杉山さんは、コンテストに応募する目的をどのようにお考えですか?
杉山
 静岡県という場所にいると、どうしても自分のレベルが今どの辺りなのかが、わかりにくくなってきます。コンテストに参加することで自分の実力を試すという意味が一番大きいですね。
竹谷
 ご自身がコンテストに参加するだけでなく、「全国高校生パンコンテスト」 実行委員長も務められていますね。こちらの活動についても教えてください。
杉山
 江戸時代、日本で初めて兵糧パンをつくったとされる静岡県伊豆国韮山の代官・江川坦庵公の功績を讃えて「パン祖のパン祭」というイベントを2007年から開催しています。そのメインイベントが「全国高校生パンコンテスト」です。2017年には11回目を迎え、部門も4部門に増やして開催したところ、過去最高の503作品の応募がありました。
竹谷
 大会はどのように行われるのでしょうか?
杉山
 まず応募作品のなかから「伊豆の国産全粒小麦部門」、「カルフォルニア・レーズン部門」、「地産地消部門」、「手仕込み部門」の4部門から各6名ずつ24名を選出します。そしてイベント当日に、2日間にわたって実技・試食審査・パンに込めた想いのプレゼンテーションを行い、最終的に受賞作品を決定するのです。
竹谷
 パン文化の発展に大きな貢献をされていますね。今年の応募が過去最高の503作品というのも嬉しいですね。
杉山
 昨年は続けてきた甲斐もあり、サントリー文化財団より地域文化の発展に貢献したとして「第38回サントリー地域文化賞」もいただきました。とてもありがたいことです。これからも「パン祖のパン祭」を盛り上げていきたいですね。
竹谷
 若い世代にパン文化を広げるためにも、今後も頑張っていただきたいですね。パン職人になるために必要なことはなんだと思いますか?
杉山
 パン職人に限ったことではないですが、観察力、調整能力、好奇心、そしてやる気が大切ですね。四季を通してブレが発生する粉を調整できること、そして教えてくれる師匠の動きをしっかりと見て、真似ることができること、それらは全て好奇心とやる気があれば自然と生まれてくるものだと思います。
竹谷
 現在もドイツに行き、日々研究を続けているそうですが、どのくらいの頻度でドイツへ行かれていますか?
杉山
 毎年1週間~10日間ほどお店をお休みさせていただき、ドイツへ行くようにしています。毎年欠かさずドイツにいらっしゃるサワー種の権威である博士に会うのですが、会う度に新しい発見がありますね。「カリフォルニア・レーズンベーカリーコンテスト」で行かせていただいたアメリカでの経験や、ドイツのマイスターからの教えなど、やはり現地で得た知識は、その後も糧になりますね。
竹谷
 確かに、海外、そしてドイツパンの本場で学ぶことは大切かもしれませんね。オープン当時からドイツパンを手がけていらっしゃって、当時に比べてドイツパンに対する世間の評価は変化していると感じますか?
杉山
 そうですね、ほんの少しですが評価は上がってきていると感じます。健康志向の高まりなども後押ししているのかもしれませんね。当店ではドイツパンの売り上げが3割を占めています。
竹谷
 販売方法で工夫していることはありますか?
杉山
 やはりお客様にドイツパンの魅力を提案、発信することをひたすら続けることが大切ですね。昔、ドイツパンでつくったサンドイッチを販売したことがあったのですが、それは売れませんでした。
竹谷
 それはどうしてでしょう?
杉山
 当店にドイツパンを買いに来るお客様は、お家に帰って好きなものを乗せて食べる人がほとんどだったのです。そういったお客様が当店に求めているニーズをしっかりと把握するのも大切だなと思いましたね。
竹谷
 訪れていただけるお客様のニーズはそれぞれ違いますよね。食べ方の提案までしてあげた方がいい場合もありますが、そこまではせずにお客様に好きなようにパンを楽しんでもらうというのもひとつのあり方ですね。

新たな取り組みでドイツパン文化を広げたい





竹谷
 これからパン食文化をどのように広めていきたいと考えていますか?
杉山
 健康志向が高まり「健康食品=おいしくない」という概念が崩壊、健康食品であってもおいしいのだという認識が根付いてきました。そんな現代でライ麦のよさをもっとアピールしていきたいと思いますね。
竹谷
 ライ麦は食物繊維も多いですし、ドイツパンはミネラルも多く、低カロリー、アミノ酸も多く含むなど本当に栄養価が高いパンですよね。
杉山
 今はコンビニで袋入りのパンが手軽に購入できます。私たちベーカリーが考えなくてはいけないのは、オリジナリティのあるパンづくりを続けることです。昔ながらの製法を守ることも大切ですが、冷蔵中種法なども積極的に取り入れてなるべくロスを少なくする努力も必要ですね。
竹谷
 これからはどのような展開をしていきたいと思っていますか?
杉山
 ネット販売をもっと活かしていきたいと思っています。自社サイトからの注文は全国から受け付けています。また、結婚式の引き出物カタログのなかで「ドイツパンセット」などの売れ行きも好調です。こちらも力を入れていきたいですね。
竹谷
 他にも新しい販売方法や取り組みはしていますか?
杉山
 最近始めたのが、買い物難民への販売です。お肉屋さんや寿司屋さんなどさまざまな小売店が少しずつ商品を出し合って、まとめて買い物困難地域に売りに行くというスタイルですね。こちらも今後も続けていこうと思っています。
竹谷
 杉山さんがパンをつくる上で大切にしていることはなんでしょうか?
杉山
 常にテーマを持ってパンづくりに取り組むことですね。パンづくりは、とてもクリエイティブな仕事です。イメージをカタチにするために、何度もチャレンジして、さまざまなアレンジを加えていきます。時には人からアドバイスをいただくこともあります。その積み重ねで、新しいアイテムをつくり出せる喜びは、何事にも代えがたいですね。この喜びを感じるためにも、これからも日々研究を続けていきたいと思っています。
竹谷
 パン職人として見習っていきたいですね。お話の中で、パン食文化の明るい未来が見えた気がしました。本日は本当にありがとうございました。

プロフィール

【杉山 大一さんプロフィール】
先々代が開業した「杉山製パン」を継ぎ1996年に有限会社ダンケを設立、翌1997年3月に「ベケライ・ダンケ」をオープン。会社設立前には、ドイツのマイスターの元で研修も受け、ドイツパンの製法を学んだ。2000年の「カリフォルニア・レーズンベーカリーコンテスト」では審査員特別賞を、2002年に鉄人大賞を受賞。「パン祖のパン祭」や「高校生パンコンテスト」の実行委員長も務め、2016年にはサントリー地域文化賞を受賞。

対談場所

営業時間:10:00~18:30(土・日・祝は~16:00) 定休日:奇数週の日曜と月曜祭日の場合

静岡県伊豆の国市三福の住宅街に位置する人気ベーカリー「ベケライ・ダンケ」。全国からも多くのファンが訪れる名店です。同店の人気商品はドイツパン。ドイツで学んだ技術を活かしつくられる上質なオリジナル種と、自家製粉のライ麦を使用。どれも甘く柔らかな酸味と香りで、一度食べたら忘れられません。ライフレークが入った「フロッケンブロート」(780円)や「ミッシュブロート」(520円)、「カイザーゼンメル」(129円)など、種類も豊富に揃います。「人生死ぬまで勉強」というオーナー杉山さんの研究心により今日も新しいパンが店頭に並びます。

前編 後編

対談を終えて

久しぶりに竹谷さんにお会い出来て、とても嬉しく思いました。私が竹谷さんに初めてお会いしたのは日清製粉の第17回パン講座で竹谷さんは先生、私は生徒でした。そのころからドイツパンに興味を抱いており、竹谷さんの紹介でドイツキールの研修先のマイスター、ヴィルヘルム・モトホスト氏に出会いマイスターは永眠されましたが、今でも奥様や弟子のマイスター、トーマスと毎年ドイツに行き技術交流をしております。さすが、竹谷さんは何時も理論的なパンづくりで素晴らしく思っております。
パン祖のパン祭の全国高校生パンコンテストでは初代審査委員長を務めていただき、最後の講評の言葉は今でも伝説な名言です。「パンはpHで調整し酸で整える2017」

竹谷さん 久し振りに伊豆の国市・田京のベケライ・ダンケさんに伺った。外観はそれほど変わらないものの店舗がリニューアルされ、パン棚など、随所に杉山氏の工夫が見られる。厨房も掃除が行き届きここも作業環境を整え、消費電力を削減すべく細かい配慮がされている。ドイツパンへのこだわりと造詣の深さは業界でもよく知られているが、この伊豆の地で、10種類のサワー種ドイツパンとノンサワー2種類、それにカイザロール、合わせて13種類のドイツ系パンが売り上げの30%を占めるとのこと。本物を提供することで、待ちの販売だけでなくインターネット、カタログ販売、催事など攻めの販売が出来ることも強みになっているとのこと。ソフトブレッドでは生地玉冷蔵・冷凍を積極的に導入することで人件費の大幅な削減と品質向上を実現している。とにかくお話を伺っていて驚異的な観察力と記憶力に驚かされる。
昨年サントリー地域文化賞を受賞した「パン祖のパン祭り」と「高校生パンコンテスト」は既に11回を重ね、ますます充実しつつある。これは初回から実行委員長を勤める杉山氏の熱意と行政を含めた調整能力の高さによるものである。

※店舗情報及び商品価格は掲載時点(2017年7月)のものです

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