竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-対談 地方からの挑戦、猛練習で得た世界大会優勝という財産~伝えていくパンづくり~ぱんや徳之助 渋谷 則俊さん

「iba cup 2015」優勝という大きな財産を掴むまで





竹谷
 ドイツで開催されるパンの世界大会「iba cup 2015」で日本人チームとして初めて優勝された経験をもつ渋谷さんですが、そもそも「iba cup」に挑戦することを決めた理由はなんだったのでしょうか?
渋谷
 当時「冨士屋」のお客様は、ほとんどが昔から通ってくれている高齢者の方でした。若い人にも「冨士屋」を訪れて欲しいと考えた時に「国際大会に挑戦しています」といった冠は宣伝に繋がるかもしれないと思ったのがひとつの理由です。また、倉田社長からよく言われていたことのひとつに「小さい世界でパンを作っていても面白くない、腕さえあれば世界に行けるんだ」という言葉がありました。その言葉を若い社員たちに伝えようと思った時に、世界に挑戦してもいない自分が言っても伝わらないと思ったことも理由のひとつになりました。
竹谷
 見事優勝を勝ち取った渋谷さんが「iba cup」に挑む際に大切にしたのはどんな事だったのでしょうか?
渋谷
 チームを組んだ浅井一浩シェフ(現在「トモニパン(千葉県成田市)」のオーナーシェフ、当時「ブーランジュリー・オーヴェルニュ」勤務)と最初に決めたのは、とにかく全ての部門、一切手を抜かず、一生懸命やり切り、そして絶対に優勝することでした。挑戦を決めてからの2年間は話し合いや試作、練習と寝る間も惜しんで全身全霊を注ぎましたね。
竹谷
 当時、渋谷さんたちが挑戦している話を聞いていて、本当によく練習しているなと思っていました。これほど大会のために練習したチームは前代未聞だったと思います。その努力が実って見事優勝という栄冠を掴んだのですから、素晴らしいことですね。
渋谷
 「こんなに練習したチームはいない」と色んな方に言われました。実際、今でも浅井シェフと深い交流があるのも密度の濃い2年間を共に乗り越え“優勝”を勝ち取ったからこそだと思います。また「iba cup」への挑戦を経て、確実に自分自身のキャパシティーが増えたことを実感しましたし、ちょっとやそっとではめげない心も培えました。
竹谷
 パンづくりにのめり込む期間を設けることは、パン職人にとって非常に大切なことなんですよね。優勝後の世の中の反応はいかがでしたか?
渋谷
 地方出身者が「iba cup」で優勝するのは初めてだったこともあり、さまざまなメディアに取り上げていただきました。挑戦理由のひとつだった“若い人の認知度を上げる”こともできました。
竹谷
 私も自分自身でベーカリーを経営してみて痛感しましたが、マスコミが注目する要素はベーカリーにとって本当に重要だと思います。“おいしいパン”というだけでは、お客様は買いに来てくれないんです。話題性や冠がプラスされて、初めて興味をもってくれるんですよね。
渋谷
 そういった意味でも「iba cup」優勝は本当に私にとっての大きな財産です。

新店「ぱんや 徳之助」にかける想い











竹谷
 2018年11月には新店「ぱんや 徳之助」をオープンされましたね。あまり「冨士屋」の系列店であることをアピールされていないように感じますが、敢えてなのでしょうか?
渋谷
 そもそも「ぱんや 徳之助」を立ち上げた理由が「親から受け継いだベーカリーではなく、自分のベーカリーを立ち上げたい」という思いがあったからです。「冨士屋」の系列であることを伏せ、「iba cup」の賞状やトロフィーなども置かず、お客様から「冨士屋」という固定概念を無くした状態で自分がつくりたいパンを販売した時に、どれくらい受け入れてもらえるのかを試したかったのです。もちろん販売するパンのレシピも一新しました。
竹谷
 しかし、創業者のお名前である“徳之助”を冠に、分かる人には「冨士屋」を感じさせてくれているところが素敵ですね。「ぱんや 徳之助」の看板商品となっているのはどのアイテムでしょうか?
渋谷
 「徳之助食パン」です。平日は60~70本、土日祝は100本ほど販売しています。
竹谷
 先ほど「徳之助食パン」をいただきましたが、かなりもちもちとした食感が際立っていますね。
渋谷
 お客様に「この食パンは何か違う」と思っていただけるように、他にはないもちもち感を目指し辿り着いたのが、この食パンでした。通常は10%くらいの湯種を、20%ほど使用してつくっています。また、食パンのサイズを通常よりも少しだけ小さめにすることでお客様の来店頻度を高める効果も得られていると思います。
竹谷
 意外に人気となったアイテムはありましたか?
渋谷
 この食パン生地を使用してつくった「クリームパン」ですね。これもどこにもない食感と味わいであることが人気の理由だと思います。
竹谷
 「iba cup」で優勝経験があるので、パン業界への貢献も期待されているかと思いますが、そのあたりはどのように考えていますか?
渋谷
 倉田社長からも「世界大会で優勝したんだから、8割は自分の店に、2割はパン業界のために貢献しなさい」と言われていることもあり、できることから始めて行こうと思っています。いま具体的にやっている事は、まずは自分の店の社員にパンづくりやその楽しさを伝えていくことです。
竹谷
 例えばどのようなことを行っていますか?
渋谷
 イベントで発売する新商品の開発は、全社員参加にしています。入社1年目もベテランも全員です。パンづくりは、自分の理想とするパンを想像して、その想像通りの味がしっかりと形にできてこそ完成するものです。それが出来ない状態だと、いざ独立や転職を考えた時にパン職人として半人前ということになってしまいます。そういうことにならないように、パンづくりをしっかり身につける教育を心がけています。
竹谷
 確かに本当の意味で“自分のパン”がつくれる職人に育てるのは時間がかかるものですよね。他には、何かありますか?
渋谷
 パン職人という仕事に対する「長時間労働」「重労働」といったネガティブなイメージを払拭できるように、自分の店から変えていく努力をしています。具体的には、ドウコンディショナーを3台導入することで朝の作業時間を短縮したり、開店時間を調整したりと工夫を重ねることで、現在は全店舗で以前の出勤時間から30分遅くすることができました。
竹谷
 ベーカリーで働く楽しさを理解できるまでには時間がかかり、わかる前に辞めてしまう人が多いんですよね。労働条件の改善は、ベーカリー全体が早急に取り組むべき課題だと思うので、渋谷さんのまずは自分のお店からという考えも立派だと思います。
渋谷
 少しずつですが、パン業界全体にこういった考えが広まり、その一端を私自身が担えるような存在でありたいと思います。
竹谷
 渋谷さん自身の活躍はもちろん、渋谷さん自身のつくりたかったパンを味わえる新店「ぱんや 徳之助」の今後の展開にも期待しています。本日はありがとうございました。
プロフィール

【渋谷 則俊さんプロフィール】
1972年生まれ。新潟県出身。東京の学校を卒業後、一般企業に就職。退職後、冨士屋のアルバイトからスタートし、埼玉県東川口の人気ベーカリー「デイジイ」での1年間の修業や「ドイツパン菓子勉強会」にてパン職人との連繋を得て、「iba cup」挑戦を決める。「iba cup 2015」では、浅井一浩シェフと共に、日本人チームとして初めての優勝を獲得。三代目「冨士屋」代表取締役に就任後、2018年11月には新店舗「ぱんや 徳之助」を開業。

対談場所

営業時間:9:00~19:00 定休日:水曜

JR越後線新潟大学前駅から1kmほど、新潟西バイパス新通ICから車で1分に位置する「ぱんや 徳之助」は、2018年11月にオープンしたばかりの話題の新店です。開放感あふれるシンプルなデザインの店内には、焼きたてのパンがズラリと揃います。人気はもちもち食感が特徴の「徳之助食パン」、そしてその食パン生地を使用してつくられる「クリームパン」です。計27台の広々とした駐車場も備え、車でのアクセスも便利です。

前編 後編

対談を終えて

渋谷 則俊さん

竹谷先生との取材の時期が「ぱんや徳之助」をオープンして約半年経った頃だったのですが、パンをつくる事だけで毎日がドタバタで自分がどんなパン屋をやりたかったのか、どんなパンをつくりたかったのか、ゆっくりと考える余裕がありませんでした。今回の竹谷先生との対談で改めて認識する事が出来ました。ありがとうございました。ただ、「ドイツパン菓子勉強会」の幹事なのに、まだドイツパンをつくってないので少し心苦しさがありました(笑)

竹谷さん 「iba cup」に挑戦しているときの渋谷氏のイメージが強烈だったのと、以前から意志の強い方という印象を持っていました。その渋谷氏が自分の考えるベーカリー「ぱんや徳之助」をオープンしたというので、是非、お店に伺いたいと希望し今回の対談が実現しました。とてもシンプルな外観と、内装の中に、個性的なパンが並んでいます。食べると見た目以上に衝撃的な食感です。米どころ新潟ならではの食感なのか、クリームパンも食パン生地で包んでいるとのこと。私の想像をはるかに超えていました。加えて、その個性的なパンがお客様に支持され、連日の売り切れ。売れ残るというパン屋最大のストレスから完全に開放されています。売れるパン屋作りはもちろん大切ですが、同時に中で働くパン職人のやりがいと時間を大切にし、両立させています。これからの新しいベーカリー経営者の姿を見れた気がいたします。

※店舗情報及び商品価格は掲載時点(2019年6月)のものです

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